花が散る・もうすぐ息が止まる
#名前2#に恋人ができたらしい。いつの間にか俺たちの関係は消えていた。遠坂が#名前2#を殴ったと、これも噂で聞いた。家に遊びに来た遠坂に確認すると「まあね、殴ったわ」と頷いた。 「お嬢様でもね、友達が傷ついたってわかったら力を振るうのよ」 普段はお嬢様じゃないくせに、学校ではしっかりとそのキャラを保っている。桜も心配そうにしていたが流石に学年の違う俺たちの厄介事に巻き込む訳にはいかなかった。 「いーい? 今度こそ、ちゃんと恋人はいるのかって聞くの! 士郎、あんたがやらなきゃ意味が無いのよ!」 「そんなの……突然聞きに行ったって仕方ないだろ…」 「突然だろうがなんだろうが行くのよ! あいつ、大学に行くって言ってるの。士郎はそれを追いかけるって言える!? 今の踏ん切りがつかない状態で!」 その日は遠坂と特に会話らしい会話もせずに眠った。ちゃんと友達をしてると思っていた。でも、その恋人の存在は聞いてないし大学の話も聞いてない。#名前2#のことを、今の俺は知らない。記憶喪失になってしまったからという言い訳は効かない。昔の自分がずるく見えて涙が出てきた。 #名前2#と弁当を食べる。普段通り作ったはずなのに上手いと思えなかった。#名前2#も心配そうにこっちを見ている。 「具合悪いのか?」 「い、いや……大丈夫だ」 「ならいいけど。あんまり酷くなったら保健室行けよ。弱味見せてるとまーた間桐が絡みに来るぞ」 頭の中で慎二の顔が思い浮かんだ。あれでいて友人思いな所があるやつだ。別に嫌な気はしないと笑うと「そんなもんかなあ」と首をかしげた。 午後の授業、#名前2#はサボると言って出てこなかった。内申は平気なのか?と聞くと驚いた顔を見せた。俺の言葉をよーく噛み砕いたのか#名前2#は腕組みして口をとがらせた。 「……遠坂か。大学に行くこと聞いた?」 「あ、ああ……。バレたらまずかったか?」 「まずくはないけど。…サボる方が嘘だから気にするな」 「ん?」 「用事があるから早退する」 #名前2#はそれだけ言い残して教室を出ていってしまった。恋人についてはやっぱり聞けなかった。 次の日、#名前2#は学校にも来ていなかった。話を聞きたいのにそれも出来ないなんて。気分が沈んだまま学校を終わらせて買い物に行くと#名前2#が歩いてるのが見えた。横にはとても綺麗な女性がいる。声をかけたくとも彼らの雰囲気が親密そうに見えてできなかった。 あの人は病院でも1度も見た事ない。やっぱり食事はおいしく感じられなかった。そのまま熱を出して俺は寝込むことになった。 「士郎、やっぱりなんか変よ」 「私もそう思います……。熱からくる風邪だけ、なんでしょうか」 「んー、ねえ二人とも。#名前2#くんと連絡つくかしら?」 「#名前1#くんですか? 呼べば来てくれると思いますけど……」 「さっきタオル交換しに行ったら名前呼んでて……。きっと士郎にとって大切な人なんだろうなあって」 藤村先生には士郎は恋人の話をしてもその名前も性別も教えていなかった。凛も桜もどうしようか、と顔を見合わせたが士郎のためを思い電話をかけることにした。 はい、#名前1#です。掠れた声が電話口から聞こえた。 「もしもし、私、遠坂凛。今、訳あって士郎の家に居るんだけど……。熱出して寝込んじゃったのよ」 「……それで?」 「保護者の藤村先生から言われたの。士郎が貴方のことを呼んでるって。記憶を失おうが士郎はやっぱり士郎よ。貴方のことをちゃんと好きになってる。それに逃げないで答えてよ。振るっていうのなら、それはもう止めないわよ。でも、何も言わずに逃げるのだけは辞めて。ちゃんと士郎と向き合ってちょうだい」 がちゃんと電話を切ってやった。息を荒くしてしまった凛に桜が「姉さん……」と落ち着かせるように声を出す。 「いい、大丈夫よ」 「#名前1#さん、来るでしょうか……」 「来るわよ、あいつ負けず嫌いなところあるもの」 凛の言葉通り#名前2#はすぐにやってきた。自転車で飛ばしてきたのか汗をかいている。持っていた鍵がずるりと落ちた。 「っあ、すみません」 「#名前1#くん、ありがとうね。来てくれて」 「い、いえ……」 落とした鍵を拾い、ついでに麦茶も渡された。ごくごくと飲み干して#名前2#はハンカチで汗を拭く。案内するわ、と藤村が#名前2#を呼んだ。士郎の部屋に入ると、士郎はベッドの上で座って待っていた。 「士郎、寝てなきゃだめじゃない!」 「藤ねえ…ごめん、でも…」 「でももだってもなーい! 病人は寝るの! ほら!!」 士郎が寝かしつけられてついでに、と首に巻かれたタオルも新しいものと交換する。#名前2#は勉強机にあった椅子を持ってきて座った。 「士郎、大変だな」 「……藤ねえたちが大袈裟なんだよ」 「みんなお前のことが心配なんだよ。記憶喪失になった時、強く頭を打ってるからな。ここに来て何か病気が見つかるんじゃないかって、あたふたしてる」 「ははは。別にそんなんじゃないんだけどな」 士郎の顔を見て#名前2#は「俺のせいか」と呟いた。疑問形ではない。本当にただ言葉が漏れたのだ。士郎は目を伏せて「ちがう」と答えた。 「俺が悪いんだ。#名前2#のこと勝手に好きになった。記憶喪失になってまで何かをやり直したかったはずなのに、結局#名前2#に迷惑をかけてる」 「……」 「ごめん、#名前2#」 士郎はそれだけ言って「もう寝られる気がする」と完全に目を閉じた。深呼吸し始めた彼を見て#名前2#は「これは俺の独り言だけど」と話し始めた。寝て完全に忘れてしまおうと思っていた士郎はゆっくりと目を開けた。#名前2#は窓の外を見ている。士郎のことを見てはいなかった。 「女の子に付き合って欲しいって言われたんだ。頭ん中には士郎が出てきたけど……記憶喪失になったんだからもう自然消滅したって思って付き合った。結局それは無駄だった。悪いことしたってちゃんと謝ったけど許してもらえなかった。当たり前だよな、ただその子の気持ちを弄んだだけなんだから。……士郎のことを好きになる度に、記憶喪失になったあとのお前は俺のことをどう思ってるのか考えた。友達のフリをしてても、昔と比べることを止められないんだ。恋人同士だったらなあった思ってしまう。…大学行くこと決めたのはそんな気持ちを振り切るためだった。でも、遠坂にさっき電話で言われた。俺がやってることはただ逃げてるだけだって」 #名前2#の視線が士郎に向けられた。熱でなのか、気持ちのせいなのか。涙が出てきて視界がぼやけている。伸びてきた手が雫をぬぐった。 「士郎。俺はあなたのことが好きです。記憶喪失になる前の貴方も、今のあなたも好きなんです」 おれも、と口を動かしたがそれよりも先に咳が出てきた。驚いたような#名前2#を見る。変な顔をしている自覚があったが、#名前2#が大笑いするほどだったんだろうか。 「あははは! まさか、今ここで咳するなんて。はー 笑った」 「ごめ、っごほ!」 「いいよ、無理しなくて。……返事は、首でもできるだろ」 タオルを緩めてぶんぶん縦に振った。#名前2#はまた笑いだして今度は俺も笑えた。藤ねえが様子を見に来るまで俺達はツボにはまってしまってずっと笑い転げた。#名前2#が帰る時に窓を見ていたら自転車に乗った#名前2#が見えた。向こうも気づいてくれた。手を振っている。俺も手を振り返した。 「もういいの? あのくっだらない痴話喧嘩は」 ぎく! 扉の方を見ると遠坂がすらりと立っていた。 「遠坂……」 「全く、あんたたちってば! 藤村先生だってすぐに『あれが士郎の恋人さん?』って聞くくらいだったのよ? それなのにうじうじしちゃって、長引かせて…! 恋人いるのって病院にいた時に聞けばこんな風にはならなかったのよ!」 「ごめ゙ん゙…」 「声ガッラガラね……。まあいいわ。桜も心配してたから、後でちゃんと声かけるのよ。いいわね?」 「あ、ありがどう、遠坂」 「……いいわよ、別に」 遠坂は本当にいい女なんだと思う。ふっと笑って出ていく遠坂を見ながらそう思った。今日はゆっくり眠れそうだった。