指でしゅっとすれば会えるでしょう
彼とは大学時代、オリエンテーションで隣に座っていたというごく普通の知り合い方をした。彼と僕とは正反対の性格だったが二人とも海外に出てみたいという気持ちは一致していた。男ふたりのバックパッカー生活は大変なこともあったが楽しかった。言葉をならい生活を覚え土地柄に触れていく。危険な目に遭うこともあったが総合的に見ればいい経験だったし楽しかった。終わりに、と僕らは日本に戻った。#名前2#にとっては一時的な帰国で彼の頭の中では僕らはまたどこかへ旅立とうとしていた。対して僕は定職につきたかった。2人の道は随分と前から分かれていたと思う。それに目を瞑り2人で笑っていた。決定的な別れが来た時、戻りたいと#名前2#は笑った。その顔が今でも忘れられない。#名前2#はいい機会だから、と髪の毛を切りパスポートも更新した。明るく笑って#名前2#は行ってしまった。2人でしていた旅がそこで終わったのだ。 僕はその後鈴木会長に拾われて秘書の仕事をしていた。#名前2#からは時たま写真と手紙が届く。仕事も充実している。優しい上司と愉快な同僚たち。楽しかったしこの時間が続くと思っていた。 ある日送られてきた写真は彼とお嬢様の恋人である京極くんとツーショットの写真だった。デジカメ自撮り!と付けられた文字と彼らの距離感の近さにムッとした。お嬢様に宛てられた手紙には京極くんからの言葉もつけられていたらしく、お嬢様はニコニコとしていた。見せて貰えたらこのモヤモヤもなくなるだろうか。情けないことに一回りも年下の青年に僕は嫉妬していた。 家に帰って彼のために作ったアルバムを開く。開く度にそのアルバムは僕の心を輝かせた。写真から伝わってくるのは現地の美しさや生活する人々の温かさ。手紙はいつもあーした、こーしたとしか書かない彼は全ての思いを写真に込めてくれていた。あの寒川という男もカメラマンだったらしいが#名前2#の写真の方が何倍も綺麗だった。 気づいたら手紙を書いていた。彼は携帯を持ってないのだ。僕は一言だけ書いて国際便で送った。彼は、どんな返事をくれるだろうか。笑うだろうか、同意してくれるだろうか。馬鹿にすることはないだろう。 数日後、家にチャイムが鳴った。オートロックのボタンに声をかける。 どちら様ですか。 西野さんにお届けものです。 聞き覚えのある声にエントランスの鍵を開けて玄関に向かった。どくどくと心臓の音がする。ピンポン、と音がしてノックが3回、2回とリズムよく叩かれる。レオンの真似をして2人で決めた合図のノックだった。ゆっくりと扉を押した。開かれた扉の向こうで#名前2#は笑って立っていた。 「会いたかった?」 僕の答えは知ってるくせに#名前2#はずるい。泣いてしまう僕に#名前2#は腕を開いた。 「会いに来ちゃったよ、お前の笑顔見たくてさ」 でもそんな泣き顔見たいわけじゃないんだけどなーー。#名前2#は僕の頬をぐにぐにと捏ね回したあとキスを仕掛けた。驚いて涙も止まる僕に#名前2#は「赤ちゃんみたいだ」と笑った。 「だってキスした」 「好きだったから」 「……君、女が恋しいって」 「素直にお前を抱きたいっていえば良かったのか?」 「………言ってもよかったのに」 #名前2#の方が驚いたような顔をした。僕は感傷的な気持ちに引き摺られて恥ずかしいことを言っている自覚はある。それでも言わなきゃコイツは分からないし、分かってくれない。 「お前がそれ言うー? ずるくない?」 「ずるくない」 だから、早くちゃんと言ってくれ。僕の言葉に#名前2#はむーっと顔を膨らませて「はーあ、手紙の作戦は意味なかったか」と言う。バカ正直に聞き返すと#名前2#は赤い顔で答えてくれた。 「手紙の作戦?」 「誰にでもあんなに手紙なんか送らねえよ。綺麗なもん見せたくて、好きだって伝えたくて、言葉にできないいろんな思いを詰め込んでたんだ」 チョコレートドーナツでもやってただろ、と#名前2#は笑った。そんなの気づくわけないよ、と笑うと「えー、本当にー?」と残念そうな顔をしていた。 本当は、気づいていた。彼の思いは全部、僕に言葉として伝えられないものまで全部伝わっていた。それを無視したのは僕だ。 「ちゃんと言葉にしてくれなきゃ」 「……」 #名前2#は照れたような顔で僕の肩を掴んだ。しっかり合わせられた視線は僕も恥ずかしさを覚えた。 「好きだ、付き合おう」 ストレートな言葉に僕は「よろしくお願いします」と笑った。きっと彼にも僕の想いは届いていたのだろう。#名前2#は嬉しそうでそれでいて自信たっぷりの顔で「よかった」と笑った。可愛い顔だった。