手が届きそうな距離にいてよ
オス同士でつがいになるというのは動物界でもかなり珍しい話らしい。そりゃあそうだろう、動物は人間よろしく理性をもとにこの人を好きになってはいけないなんて考えずに好きになったやつとつがいになって子孫を残したいって思うんだから。 ある動物園に行った時に妙に気になるペンギンを見つけた。ある意味悩んでた俺にこの動物園の券をくれた梶井のアドバイスの一種だったのかもしれない。 飼育員の人が「彼らが気になるんですか?」と話しかけてきた。彼ら、というのはさっき見つめてたペンギンのつがいだ。飼育員さんは俺を人混みから離すとこっそりと秘密を教えてくれた。 ーーオス同士でつがいになったペンギンたちがいたんですけどね。自分たちの子供が欲しくて別のところから卵を持ってこようとしたりして皆から怒られてたりしたんです。どのペンギンも子孫を残すのに必死だから当たり前といっては当たり前なんですが……。どうしても私はそれを見てるのが辛くて。園長に許可をもらって、育児放棄された卵をあげてみたんです。そしたらペンギンたちは交代で温めてちゃんと卵を孵して雛に餌をあげて二匹で育ててるんです。ほら、まだ灰色の毛が羽に残ってるあの子です。 指をさされて見たところに不細工なペンギンを見つけた。生え変わりの時期にあるせいか遠くから見ると斑模様のみすぼらしい鳥の印象が強かった。オス同士だから子どもを育てられないなんてことは無いんだよな。なんて動物から教わるなんて驚きだ。 「ただいま」 「………」 家に帰っても中也はまだ怒った素振りでソファーに体を沈めていた。体育座りでご自慢のスーツがシワになるのも気にしないで座る彼の背中からみすぼらしさが感じられたのはあのペンギンたちのせいかもしれない。 「中也、晩御飯は?」 「いらん」 「そう………」 中也は基本的に正直に自分のことを言ってくれない。以前、紅葉さんが「世間でいうツンデレ、じゃのう」と笑っていたけど俺はそのつんでれという言葉を知らなくて曖昧に流してしまった。後から知ったことだが、気持ちと正反対にしゃべったり行動したりして後で後悔するような人のことを指すらしい。ボスがエリスさんを連れて嬉々として話す時の6割は嘘なので本当かどうか分からないし、もし本当ならつんでれじゃなくて天邪鬼じゃないのかとも思ったが尊敬する上司の言葉を邪険にするわけにもいかず曖昧に流した。 周りは俺のことをぞんざいに扱う中也とよく一緒に暮らせるなと言うが、俺からすれば可愛い恋人が自分にしか見せない一面を持っているというのはかなり嬉しい。前に梶井にそんなことを話したら「君はおよそマフィアらしくない顔立ちで紳士的な性格をしているくせに外れているところはきちんと外れているよね」と褒めてもらった。 中也と同じマフィアでいられることは何よりも嬉しい。中也に依存するわけじゃないが、中也に死ねと言われたら俺は死にこそしないものの、中也の前から消え失せるくらいには彼に心を預けている。そんな俺が今彼を怒らせているのは梶井のいう『マフィアらしくない顔立ち』と『紳士的な態度』のせいだった。 マフィアにスパイが入り込むようにマフィアからスパイを送り込むことは普通にある。俺はその潜入によく使われる人間で、男女問わず色仕掛けをしてみせたりどこかの会社の御曹司となって標的に近づくこともある。いつもは中也にきちんと言ってから任務に行くのだが、今回中也が裏切り者の太宰と合同任務にあたったという話を聞いて頭に血が上りなんの言伝もなしに色の作戦を行った。結果は上々で、きちんとデータをとってきたのだが中也はご立腹だった。元はといえば俺のこらえ性がないことが原因なのだが、帰ってそうそう中也に怒られ、精液くさいと家を追い出されてしまった。生憎と合鍵を家の中に置いていってしまい、窓も締め切られ、中也の名を呼び続けたのだが自分でも服のイカ臭さに辟易して梶井のもとに邪魔をした。風呂を借りて体の汚れを落として、部下に新しく一式の服を買ってきてもらった。できるだけ一般人と同じくなるようにという注文を守り、サングラスのプリントがされたタンクトップに黒のカーディガン、青いパンツに靴は編みブーツだ。変装によく使うワンスタイルに着替えて、今までの服は燃やして山奥に捨てるように指示をした。 さあ、いざ帰ろうという時に梶井から件の動物園の券をもらった。なんだこれ、という俺に被せるように梶井は「ペンギンを見てこいよ」と言った。 「中原、お前がレディ・エァンシーと一緒に仲睦まじくいるところ見てたから。ちゃんと自分の立ち位置確認してこいよ」 「………感謝とか、言った方がいいか?」 「紳士ならそこはFワードで返すんじゃないか?」 「fuxxin'genius!!」 ・ ・ ・ キッチンに無造作に置かれていた鍋をのぞくと茹でたパスタがオリーブオイルの香りを漂わせて入っていた。ザルを引き上げると水も垂れない。どのくらいこのままにされてたのか。冷蔵庫の中にはラップをかけられた深皿があった。手にしてみると冷たいミートソースがたっぷりとラップを結露させて入っていた。 「中也、作ってくれたのか」 「…………」 「ごめん、俺気づかなくて」 「……別に」 そう言った中也の背中は先程よりも小さくなっていた。頭を膝頭に埋めてスーツがさらに伸びた。シワになるだとかそんなこと言ってられないほどに悲惨だ。そんな様子があのペンギンにまた被る。オス同士で雛を育てたペンギンのつがい。幸せそうにプールを泳ぐ羽が生え変わりしそうな雛。 「中也、結婚しようか」 なんて、言葉が簡単に出てきた。 中也はようやくこっちを向いた。泣き腫らして真っ赤で、ご自慢の赤茶色の髪の毛とよく似た色を顔に作っていた。目にはたっぷりの涙が下まつ毛にせき止められて鼻水は鼻の穴から少し垂れていた。前髪はボサボサにあげられて、シャツにはボタンを引きちぎったあとがある。タイは緩められて首にギリギリかかっていた。開いては閉じ、言葉にならない音と声を繰り返す中也が不細工なのに運命を感じる俺は相当だ。 こいつと一生を添い遂げて家族になりたいだなんて。