信じられるのはひとつだけ
ベラナバスが連れて帰ってきたナディアと共にある男がひとり窓からでてきた。そのスーツ姿はラズを思い起こさせたけど顔は見るからに白人だった。刈り上げた髪の毛をがりがりとかきながら「この扉は俺が壊した方がいいか?」と言う。 「小僧、お前の方が早い」 ベラナバスの鋭い視線に僕はびびっていた。恐る恐るスーツの男に近づくと「お疲れ様だな」と声をかけてくれた。怖い思いをした後だとこんな小さな言葉にも感動する。ほんの少しこぼれにそうになった涙を我慢して僕は扉を崩していった。スーツの男はナディアの方にも近寄ったがナディアは「あんたもベラナバスと同じ罪人よ!」と叫んだ。男は何も返さなかった。 「#名前2#・#名前1#。魔術師だ、よろしく」 「え、あんたが!?」 「本当に居たんですね……」 「え? どういうこと?」 驚いているシャークたちとハテナをうかべる僕とダーヴィッシュ。シャーミラが説明してくれた。魔術師同盟はベラナバスを師匠として尊敬している伝説の存在だ。それに加えてもう1人、ベラナバスよりもずっと前から悪魔と戦っていた人がいるのだ、と。 「それが#名前2#という人なの」 どう見たって#名前2#はベラナバスより年下だ。僕の視線を受けてか#名前2#は「俺は悪魔の世界に入ったらほとんど外に出なかったんだ」と教えてくれた。 「自分の魔術のコントロールも上手くいかないのにデモナータにいたから最初の頃は大変だったよ。今はもう平気だが」 「コントロール……」 「魔術は人によってできることが違う。ベラナバスみたいに全方向にやれるやつもいれば、俺みたいに一芸特化もいる」 そう言って#名前2#が手を動かすとぱちぱち音がして火花が舞った。さらに動かすと今度は霧を手に纏う。 「俺の場合はこれーーって言いたいけど魔術の結果でな。ちょっと色々込み入ってるんだ」 「ふーん」 「俺の事はもういいだろう、名前を聞かせてくれ」 そう言われて僕らは自己紹介してなかったことに気がついた。シャーク、ダーヴィッシュ、僕、シャーミラと話したところで#名前2#は「そうか、お前が……」と目を細めた。 「弟を連れていかれたらしいな」 「はい」 「だからってここまで来るなんて。お前の人生設計はどうなってるんだ」 僕は少し考えた。アートを助けるはずがへんてこりんなことに巻き込まれている自覚はあった。ベラナバスとナディアを見ればわかる。でも、アートを助けなければならないという自覚があった。曖昧に微笑んだ僕に#名前2#は何も言わなかった。 僕はもう少し話を聞きたかったが#名前2#はベラナバスに話があると行ってしまった。ベラナバスは目の前の命よりも人類という大きなものを守ろうとする。それと同じ立場に#名前2#はいるんだろうか。それがとても気になった。 ナディアはずっと泣いていた。#名前2#がいなくなると即座に気まずい雰囲気になる。さっきまで殊勝なことを言っていたシャークも口を閉じていた。ベラナバスと#名前2#が戻ってくる。気づいたら#名前2#ははだしになっていた。 「ナディアのことは心配するな、あいつは昔からああだ。こんなに脅かされたのは初めてだがな」 「それよりもお前達はこれからどうするんだ」 「……」 シャークとダーヴィッシュは視線を交わした。ベラナバスたちと合流するつもりは無かったのだから帰ってもいいのだ。ベラナバスは戦う気があるなら靴を脱げと教えた。魔力の通りが悪くなるらしい。2人は靴紐をほどき始めた。 「次はどうする?」 「その前に相談だ」 ベラナバスは僕を見て光のかけらについて質問した。#名前2#たちは話を聞いていたが割って入ることもない。僕とベラナバスの一騎打ちのようなものだった。僕とベラナバスは契約をした。アートを助けてもらう代わりにカーガッシュを探すことを約束した。ベラナバスに一生奴隷として扱われるかもしれなくても、今アートを助けるためにはそれしかなかった。 僕はカーガッシュという言葉を繰り返しながら光のかけらを見つめた。点滅した光を探すけど全く見つからない。頭を切り替えた。知っているモノを想像した。都会に住んでいた頃の木ーー。これはいっせいに点滅した。直接知らないものでもテレビとかで見たことのあるものだと光が点滅した。僕はベラナバスたちに声をかけた。 「ね、僕が知らないような変わった場所やものの名前を言ってみて」 なぜだ、と言うベラナバスとすぐに口を開いた#名前2#。 「ニューグレンジ」 「それだ!」 僕は急いでニューグレンジという言葉を頭の中に呟いた。ベラナバスは不機嫌そうな声で「お前……」と呟いた。「いいだろ、久々に顔を出したかった」と#名前2#が答えた。光が点滅しはじめる。#名前2#と濃い青色のまどをくぐった。どんよりとくもった雨の日だった。 「ここがニューグレンジ?」 「……ああ。大昔に、つくられた。何千年もの間、人間界を悪魔から守るための場所として。作ったやつが魔術とともに去るまで平穏が続いていたんだ。人間には運命がある。だが、自分の道で進まなければならない」 「……」 なんの話かよく分からなかったが#名前2#の悲し気な顔に何も言わなかった。デモナータに戻るとみんなはさっきと同じように待っていた。とにかく直接知らなくても光を使えることがわかった。頭の中で何度もカーガッシュと唱える。しかし点滅しない。ベラナバスにそう伝えると顔をこわばらせてすごんだ。僕はどうしても見つからないと返した。 シャーミラが首をかしげ、むずかしい顔をしていた。なにか言いかけていったん口をつぐんだ。 「カダバーを探さなきゃね」 「弟を助けるためにか?」 「それもあるけどカダバーから聞きだすためよ。カーガッシュについて何か知ってるかもしれないでしょ?」 シャーミラに言われてベラナバスは仕方ない、と頷いた。僕はカダバーではなくアートの顔を思い浮かべた。頭の中で声がするが無視した。アートの顔を一瞬思いだせなかった。ぐっと気を引き締めて思いうかべる。大丈夫、僕はまだ忘れてない。 オレンジ色のまどの先はクモの巣だった。ベラナバスと#名前2#は苦い顔をしていた。そばに一匹悪魔がいる。おぞましい見た目だった。小さい体に大きな頭、うすい緑色のはだにシラミの大群が頭にうごめいていた。悪魔は甲高い声をあげて逃げていく。だれも追いかけなかった。にげていく先に城を見つけた。クモの糸でできた城だ。中世の城よりも大きくて塔が無数にあり、跳ね橋もいくつかかけられていた。 「ここ、知ってるの?」 シャーミラの問いかけにベラナバスと#名前2#が頷いた。 「残念ながらようく、な」 「私は話を聞いてはいるが来たのは初めてだ」 「あのよお、ここって」 シャークの言葉に#名前2#はうっすらと微笑み「魔将、ロード・ロスの城だよ」と教えてくれた。僕はなぜか見た事のある景色だと思った。だがデモナータに来たことなんてあっただろうか。映画か何かで同じようなものを見ただけじゃないのか。自分に言い聞かせながら進むことにした。 「カダバーはどこにいるの?」 「ロード・ロスの城の中だ」 「なぜわかるんだ?」 「あいつは手下以外の侵入者は基本的に殺すことにしている。カダバーは泣きついてここに入った……そういうことだろう」 #名前2#は僕を見てそう言った。尋ねた方のダービッシュは自分が無視されたのかと不満そうな顔だ。その時ナディアが僕らに笑いかけた。 「そうね、私達は許可なき侵入者ってことよね」 ダービッシュが背後を振り返った。まだまどは開いている。問いかけるようにベラナバスを見た。 「……戻るな。倒すのは無理でも取引はできるだろう」 「取引? 悪魔と?」 シャーミラがまゆをひそめる。#名前2#は肩をすくめた。さっきの言葉もそうだけど#名前2#はロード・ロスを知っているみたいだ。 「ロード・ロスは他の悪魔とは違って苦痛をあたえてもてあそぶ方を好む。より自分を楽しませてくれる方をな。カダバーにできないことをすれば……、こっちにひきわたしわれわれを解放してくれるかもしれん」 「そううまくいくと思ってるの?」 「そう思うしかない。というより、弱気を持ったままだとあいつの前では餌にしかならない」 悪魔たちはぞくぞくと押し寄せてきた。