幸せにならない僕を許して
めでたいことに今日、友人が結婚する。男ではなく、女。しかも俺より年下だ。元から足の悪かった子だが、いつからか目も悪くなっていた。それを知らされたとき、どうすればいいのか分からなかった。会いに行って迷惑じゃないかと考え込んだ。一週間後にようやく心を決めて会いに行った。 「心配した」 俺がそう言うと友人は俺の声に笑って頭を下げてと言った。頭を下げるとかさかさと腕を伸ばすので近寄って俺の顔に手を当てた。 「やだ、そっちじゃないわ」 「ちがったか」 叩きたいのかと思った。そう答えると友人は馬鹿ねえとあきれたような声で手を上にあげていった。頭に行ったと思ったらおそろしいほどの力の弱さでぽん…ぽん…と頭を叩いた。 「……頭を叩きたかったのか?」 「ちがうー! これはね、撫でてるのよ!!?」 叫んだと思ったらぐしゃぐしゃと俺の髪の毛をかきまぜた。俺に八つ当たりしないのかと聞くとそんな馬鹿なことしないわよと笑われた。 「つらくないか?」 「そうねえ……。辛くないことなんか、人間ないでしょ? いいのよ、生きてるから! 見えなくっても聞こえるし触れるのよ? 今までと何が違うの?」 いやはや逞しい友人だ。俺は友人の頭をなでてよく頑張ったなと褒めた。友人が俺の胸で泣いたのはそれが2回目だった。 結婚式の会場となった教会には沢山の人がいた。友人、ミシェーラの髪の色をイメージしたのか黄色の花が多かった。いいにおいだ。俺は心の中でそれを幸せの匂いだと思っていた。トビーとミシェーラが招待客にそれぞれ挨拶をしている。順番待ちだ。前に並んでた子が俺を見上げて体を固めてしまった。ごめんと思いながら視線をゆっくりとそらした。 「トビー、ミシェーラ、結婚おめでとう」 「#名前2#! 来てくれたのね!」 「友人の結婚式ぐらいはと思ってね」 トビーが挨拶をくれる。美しい二人だった。カメラなんか持ってきていないので心のシャッターに2人を収める。サムシング・フォーとしてか古びた髪飾りをつけていた。 それにしても……。こんな俺にも挨拶してくれるとは、ミシェーラはいい旦那さんを見つけた。 「お兄ちゃんもこっち来てるのよ。挨拶してけば?」 「いやいや、いいよそんなの」 あいつもここを出て行って頑張って暮らしてるらしい。HLで楽しいかどうかは分からんが死んだという話は聞いてないし、仕事仲間も楽しい人ばかりらしいというのは聞いている。ミシェーラもこの前トビーを会わせに行ってきたと言っていた。 「ごめん、今日は挨拶だけで」 レセプションには参加しないことを伝えるとミシェーラもトビーも残念そうな顔を見せた。トビーとよく話してるわけじゃないが、いつの間にか友人のポジションを手に入れたのかも。 「……ううん、いいの」 「また遊びに来てくれよ。君のミシェーラの話を聞くのが好きなんだ」 トビー、ほんとにいい人かよ。泣きそうになりながら花束だけ渡して自分の家に帰った。ジャケットを脱いで椅子に座る。ああ、これを言うのを忘れていた。 「ただいま、母さん」 写真の中の女性は媚びへつらうような笑顔だった。 俺はミシェーラと友人だ。出会った最初から気が合ったわけじゃない。あいつの兄、レオナルドが俺とミシェーラを会わせたのだ。俺には元から片目がなかったから障害者同士仲良くなるだろうという話なのだろう。俺はレオナルドのそんな考えは好きじゃなかった。ミシェーラの方も気遣われることに嫌だとは思ってもそれを口にはできなかったようだ。レオナルドの人が良すぎて俺たちは仕方なく会話することにした。 ミシェーラは兄の前だと元気な妹を装っていたが、時折……本当に時折苦しそうな表情をしていた。レオナルドが妹に囚われているのではないかとミシェーラは心配していたのだ。 ミシェーラの足がそうなった原因を俺は知らない。俺の片目がない原因もミシェーラには言わない。言ってもただの傷の舐め合いになるだけだ。だから俺はミシェーラを慰めない。甘い言葉は言ってやらない。 レオナルドがミシェーラのためにと行動するのを偽善者という人がいる。ミシェーラのように自分のせいだと泣くやつがいる。レオナルドを知ってる人間はそんな考えクソくらえだと思っている。レオナルドは自分をよく見せるための行動だとは思ってない。あいつにそんな考えできるわけない。妹を助けるお兄ちゃんになりたいんだとレオナルドは言っていた。前を向くトータスナイト。レオナルドはそういう男なのだ。あいつは人が良すぎる。俺やミシェーラが気取ったところであいつの考える未来は曲げられない。 「そんなに泣くなよミシェーラ」 「だって、私のせいでお兄ちゃんがァ……。お兄ちゃんが、ぁああん! うわあああん! あぁぁああああ!」 最初はめそめそと小さく泣いていたくせにいつの間にか大声で泣き叫んだ。ミシェーラを泣かせたら俺が怒られるが今回だけは我慢する。 「……泣くの我慢すんなよ。俺たち、まだ子どもなんだぞ」 見えない片目の方も熱くなってきた。俺も、泣きそうになっていた。抱きしめたミシェーラは小さい。俺とミシェーラは友人になった。 ミシェーラには兄がいた。見守る父親がいた。優しい母親がいた。俺には誰もいなかった。 「あんたもう働けるんでしょ。学校なんか行かないで、うちに金入れなさい」 母親の言うことは絶対で、俺はその日のうちに学校をやめた。学歴もないやつがそんないい仕事につけるわけでもなく。俺は畑を借りて農作業に明け暮れる日々が続いた。エレメンタリーの子どもを乗せたバスが横を通り過ぎる。あの子どもたちは幸せなんだろうと変なことを考えた。幸せなんてものについて考えるのは無駄と知っていたはずなのに。 ミシェーラに無性に会いたいと思う日があった。うちの電話線は既に切れている。公衆電話で金を入れずに電話番号を押す。繋がらないそこに話しかけた。 「ミシェーラ。俺たち、まだ子どもだよな……? もう、違うのかな……?」 もちろん誰も答えない。電話口で流れる音が段々と耳障りになって家に帰る。母親はもう薬の中毒から抜けられなくなってしまった。生きてるのか死んでるのか分からないくらいだ。きっと、このままこの女(ひと)は誰にも悲しまれずに死ぬのだ。そう思うと少し悲しかった。俺もきっとこうなるんだろうという予測があった。 ある日、レオナルドがうちに来て電話をくれた。うちは新しいの使うから、となんとか言って。やさぐれていた俺はそんなの要らねえよと壊してしまった。自分から壊してしまった。レオナルドは次の日もやってきた。今度はタイプライターだった。 「これは世界に一つしかない」 「……」 「俺のじいちゃんが使ってて、父さんも使ってて、この前もらったばっかりだ。俺は1回も使ってない。やるよ」 「……それ、世界に一つって言わねえよ」 「いう」 「なんで」 「手紙を欲しがってる女の子がお前にプレゼントするものだからだ」 レオナルドが帰っていった。母さんに見つからないようにタイプライターを隠した。夜に、手紙を書いた。届けるのに郵便局を通すよりも家のポストに入れた方が早かったし金がかからない。 返事はすぐに来た。向こうも郵便局ではなかった。 「頑張りすぎよ。私もあなたもまだ子どもなの。いい? 辛かったら泣くのよ」 働き始めてから初めて、その日にようやく泣いた。 目が見えなくなったとミシェーラから手紙が来て以来、俺は点字を覚えるようになった。 俺の母親が死んだ時、ミシェーラは俺を慰める手紙を送ってくれた。 ミシェーラの婚約者の様子がおかしいと言われた時、俺はレオナルドに会いに行けと送った。ミシェーラのヒーローはいつだってレオナルドなのだ。 俺はまだ友人と手紙を送り続けている。手紙を届けるのはレオナルドから郵便局員に変わって、最近はトビーが書き手も送り届けてくれる。 「#名前2#、今日はお兄ちゃんからの手紙もあるのよ」 友人は今日も笑ってる。もうきっと兄のことで泣くことはないだろう。