あなたは与えることを愛だと思っていたから。

 訳アリの俺は元から従者としての教育を受けているわけでもなく。めんどくさがりの性格が災いして、次期王……の弟のレオナ様の従者になった。めんどくさいお坊ちゃんの執事として俺が宛てがわれたのはきっとお坊ちゃんも俺も「お荷物」と思われているからだろう。第一王子の完璧な所業と人を困らせてばかりのレオナ様とでは扱いが雲泥の差だ。おおかた、ワガママなレオナ様の手で俺をクビにしたかったのだろうと思う。そんなことになったら俺も金がなくなって困る。それだけは避けたいところだった。  レオナ様は幼い頃から「愛情の差」ってものに敏感だったのだろう。子どもながらに兄と同じにしてほしいというワガママを見せたら周りからはめんどくさいと思われてしまった。そして俺が配属されたわけだが………。なにも、レオナ様は最初から俺に懐いていた訳では無い。 「初めまして、レオナ様。#名前2#と申します」 「……#名前2#?」 「はい」 「…………。おれはれおな!! おまえのしゅじんだ!!」 「えっ」 「!?」  遊び相手が欲しかったのか、もしくは自分だけのものが欲しかったのか。初手で俺が「何言ってんだこの人」という顔をしてしまったせいでレオナ様からの第一印象は最悪だったようだ。ぎゃんぎゃん獣みたいに泣いていたレオナ様を見て前途多難な生活を考えてため息をついた。とにかくクビにならないことが最初の目標だった。  従者としてレオナ様に嫌われようと面倒を見るだけだ、と思っていたがレオナ様はそういう考えではなかったらしい。自分が機嫌の悪い素振りをしていても知らんぷりしていた俺を見てレオナ様はまた泣いてしまった。普段はうるさいくらいに俺に文句をつけて蹴ってきてワガママを言うくせに泣く姿だけは一丁前に王子である。めんどくさいなあこの王子は、と思いながら放置しているとレオナ様は途中ですんっと泣き止むのだった。  俺はレオナ様に早く大人になってほしい、と思っていたが……レオナ様は俺が思っているよりも成長していた。 「なあジラ。#名前2#がおれをみないのは、やっぱり、おれが二番目だからかな」  まさか、レオナ様がトイレの中ですすり泣くとは思わなかった。ウソ泣きしても無駄ですからね、と言いすぎたのかもしれない。トイレは鍵をかけて一人になれるからかもしれない。いつも相棒のように持っているライオンのぬいぐるみにレオナ様は泣き言を吐き出していたのだ。 さすがの俺も鉄の心はしていない。レオナ様との会話についてもう少し考えてみようと思うきっかけだった。  翌朝、起き抜けのレオナ様にお茶を振舞った。故郷でとれたカルダモンティーである。レオナ様は「何だこの茶は」としかめっ面をされた。 「いえね、昨日の夜にジラからカルダモンティーが飲みたいと聞かされたので」  レオナ様はビックリした顔でジラを見た。もちろんジラがそんなことを話すわけが無い。レオナ様は俺にちょいちょいっと顔を下げるように指示した。言われたとおりに片膝をつくとレオナ様は「なんでジラはお前に先に話しかけたんだ?」と心底真面目な口ぶりで聞いてくるので笑い出すのを必死にこらえる羽目になった。 レオナ様はちょっとポンコツだし、ワガママで面倒な子どもであることに変わりはないけれど、泣くことを覚えていない子どもはもっと面倒だ。 子どもは泣いてた方がいい。うるさいし、めんどくさいけれど。  レオナ様をよく見ていると好きな物も嫌いなものもとてもハッキリしている。そして、寂しがり屋だ。お兄様の方から楽しそうな華やぐ声が聞こえるとぎゅっとジラと自分の手をつなぐ。 「……。レオナ様、今日は外にでも行きますか」 「ん。なぜだ」 「えーーっと。外に、新しい花を植えたってアジジが言ってたので」  庭師のアジジの名前を出してもレオナ様は「だれだ、それは?」と興味をもってもらえなかった。しょうがない、とレオナ様を抱き上げてバルコニーに出させるとほわあと柔らかな声が出てくる。 「見えますか、あそこにいるのがアジジ」 「あの男か?」 「はい。会話する時は気をつけてくださいね、一生懸命顔を近づけますので」  こんな風に、と俺もアジジのマネをしたらレオナ様はきゃいきゃい笑った。 離れろ、はなれろー!と叫んでいるものの本当に離れるとこの人は怒る。少しだけ遊んだ後で庭に行きませんか、と誘った。城下にはまだ行けないと言われているが庭に行くくらいなら平気だろう。 「……#名前2#も一緒か?」 「そりゃあもちろん。ああ、嫌なら誰か別のやつを……」 「嫌ではない!!!!」  レオナ様はおずおずと俺に抱っこしろ、と言った。ジラもそう言ってるぞ!とレオナ様は不安な気持ちを隠すためかジラを強く抱きしめている。。 「いいですよ」  しゃがみこんで手を開くとレオナ様は駆け足で俺のところに入ってきた。クッションもないので、俺もレオナ様もごちん、と音をさせてぶつかった。俺もものすごく筋肉量ああるわけではないのでかなり痛かった。レオナ様もそうだろうと思う。しかし、レオナ様は笑っていた。本当に嬉しそうな笑顔だった。  庭に来たレオナ様が遊んでいるのを見て放置していたらメイドがジュースを持ってきてくれた。知らない顔だ。 「ありがとう、えっと……」 「バハリです。#名前2#さん」 「バハリ。……新入り?」 「ついこの前から。レオナ様と#名前2#さんをサポートするように、と」  ついには俺もレオナ様専用が公認になったらしい。木の上によじ登っていたレオナ様は俺とバハリが話しているのを見て「#名前2#!!!」と必死な声を出した。 「どうしましたかー!!」 「下りられない!!!!」 「………。レオナ様!」 「なんだ!」 「そういうのは、アホがすることですよ!!」  後ろからバハリの笑う声が聞こえた。レオナ様は顔を真っ赤にさせて「早く迎えに来い!!」と叫んでいる。二メートルしか上に上がってないものの、レオナ様には大冒険だったらしい。迎えに行くとレオナ様は俺の首にぶら下がってきた。こんなデカいネックレスは嫌ですね、と言ったらぶら下がった足を俺の腹にぶつけてきたので言葉には気をつけようと思う。 * 「#名前2#、どこにいるんだ馬鹿者ー!」  幼いながらに達者な口ぶりで俺を呼ぶ声が聞こえる。俺は大きな木の陰に隠れて食堂からくすねて来た砂糖菓子を食べていた。バレたらうちのお坊ちゃんも欲しがる。あげると俺が怒られるし俺がくすねたこともバレる。面倒臭いからそんなのは嫌だ。 「……#名前2#、どこだぁ」 「何処にいるでしょうねー!!」  わざと返事をする時レオナ様は「声が聞こえたぞ!! 今行くからな!!」と叫んだ。ぼぉんと魔法がぶつけられる。砂にさせるユニーク魔法だ。このまま壊させてもいいのだがやり過ぎると俺が怒られる。わざとターバンの裾をひらめかせるとレオナ様は「いた!!」と大声で叫びながらこっちに向かってきた。獲物を見つけた時は体を低くして声を出さずにしろ、と言っているのにいくつになっても聞いてくれないお人だ。 「#名前2#、俺に探させるなんて馬鹿だな!」 「すみませんねえ」 「ふん! 謝って済むのなら警備のものたちはいらないのだ!」  それを言うなら警察だと思いますよ、とは言わずにレオナ様を抱き上げた。きゃいきゃい言っていたこの人も一気に高くなった視界に黙ってしまった。 「ほうら、レオナ様は普段見れない世界~~」  レオナ様は黙って俺にしがみつき見回していたがすぐにふいっと顔を逸らしてしまった。命じられて留めているシャツのボタンが引きちぎられてレオナ様の顔がもそもそと胸元に入ってくる。 「でも、ここは俺のものにはならないんだろう」  涙声で語られたそれに俺は甘い言葉をかけてやれなかった。この子は聡い子だ。どうせ俺が「そんなことないですよ~」と言ってもあとから嘘をついたとかで責め立てるに決まっている。面倒ごとは避けたい。 「そうっすねえ。ここは、兄上様のものになるでしょうね」  俺が頷くとレオナ様はまたショックを受けたらしくぎゃんぎゃん今度は大声で泣き出した。泣きながら「お゛ま゛え゛ばお゛れ゛がらばぁえぅうんぁっ、う゛ぅっ」と言われた。正直何を言われているかよく分からないがとりあえず頷いておいたらまた泣かれたので言葉の意味を誤ったっぽい。  翌朝のこと。レオナ様を起こしに行ったら珍しく既に自分で起きていた。着替えもしたかったのだろうが上手くいかずにくちゃくちゃになった洋服がベッドの上に散乱している。 「レオナ様、着替えようとしてたんですか? えらいっすねーー」 「……。ふんっ!!」  むすっとした顔のレオナ様は昨日の俺の発言が気に食わなかったらしく俺の差し出した手を無視した。まあそれは気にすることでもないので「あっじゃあ一人で頑張ってくださいね」と俺はレオナ様を放置して枕のシーツを剥ぎ取る。 本当はベッドのシーツも取りたいがレオナ様がどんと座っていらして取れなかった。俺のその姿を見てかレオナ様はまた「ぁああ゛ー!!」と叫んだ。うるさい。 「#名前2#のばか!! おれが王子だからって!! おれのちいにしか興味がないんだ!!」 「まあ、そっすね」  ついつい本音が出てしまった。レオナ様は驚いた顔をして俺を見つめている。口をゆるめた輪っかみたいにさせて手を握りしめて泣くのを我慢したポーズになっている。やっばい、と思った時にはもう遅い。 「#名前2#のばがやろ゛っっ!!!!! えっだいに!! おぁぇぐぁほしがるおどこぃなうかぁああああ!!!」  獣のように泣き叫ぶレオナ様に手を伸ばすと大人しく抱かれるポーズになった。反射ってすごい。 うるさいのも我慢して抱きかかえるとやっぱり俺の服の中に頭を突っ込もうとする。もう俺の服のボタンとか留めない方がいい気がしてきた。 「何言ってるか分かんねっすよー王子様ー」 「ばが!! #名前2#はばがだっでゆっだぁあ゛!!」 「えー本当にー? 俺としては口説き文句にしか聞こえませんでしたよレオナ様」  口説き文句なんて言葉、レオナ様は分からないと思ったが段々とレオナ様は癇癪をおさめ始めた。ずびずびと泣きじゃくった顔を俺の洋服で拭いて「そうだ。#名前2#が俺のおよめさんにならないからいけないんだ」としゃっくりを出しながら言うのだった。  何歳も年下のプロポーズに吹き出してしまったのは言うまでもない。レオナ様はまた怒っていたがこれ以降、ことあるごとに俺に結婚しろと迫ってきたのは酒宴での笑い話になるだろう。 *  レオナ様は好き嫌いが激しい。むしろ、食わず嫌いが激しいのだ。このままじゃ大変だ、とコック長から言われて俺も面倒になってきた。人の愚痴を聞くのはごめんだ。今日もピーマンは苦いから、とレオナ様が俺に皿を渡してきたので今回はちょっとだけ考えることにした。 「レオナ様……。ピーマンは、俺の味方なんですよ」 「ん!?」 「寂しい……。俺の味方がレオナ様に嫌われてしまった……」 「#名前2#! お前は俺の味方ではないのか!?」 「味方です。ピーマンもレオナ様の味方です」 「嘘つき!!!」  レオナ様はその日一日、俺はピーマンのスパイだったなんだと騒いでいたらしいがこれまでのワガママ騒動から考えると可愛らしいと思われたのか他の従者たちはニコニコとして話を聞いていた。コック長はレオナ様に「#名前2#を戻したかったらピーマンを倒すしかありませんね……」とクタクタにして刻んでハンバーグに詰め込まれたピーマンを見て何とか完食。俺もスパイではないという証拠にピーマンを食べさせられ、スパイという不名誉なあだ名を取ってもらうことに成功したのだった。 *  好きってなんだ?  レオナ様に聞かれた俺はなんて答えればいいのか分からなかった。中途半端に答えるのはまずい。王族とはそれくらいに訳分からないものだ。 「……その人、その物のことで、頭がいっぱいになります」 「! そうなのか!?」 「はい」 「………」  レオナ様はちょこっと考えるポーズをしたあと(この前テレビで見せた映画のせいか、考える人の像がお気に入りになってしまった。)俺の足を蹴ってきた。恥ずかしがった時のポーズだ。 「#名前2#は、おれのことで、そうなったりするのか」 「はぁ………え、は?」  何言ってんだこのお坊ちゃんは。レオナ様は恥ずかしそうにまた俺の足を蹴りつけた。 「ど、どうなんだ」  ここでYESと言えば上司に何言ってんだ、と怒られるしNOと返せばレオナ様はまた泣いて騒いで大変なことになるだろう。どちらにも角が立たない答え方はないものか。ここは正直に話すことにした。 「レオナ様は俺にとってとても大切な方です。でも、これは好きじゃないかもしれない。俺がさっき言ったような頭がいっぱいになるってことがね、あったんです」 「………。今は、そいつは、いないのか」 「いなくなってしまいました」  彼女は俺の前から消えてしまった。外交で来てたとかいう王様に見初められて35番目のお嫁さんとして彼女は消えてしまった。彼女は今では幸せにしているのだろうか。不思議なところではある。幼い恋だったので、ある意味身を亡ぼす前に知れてよかった恋だった。フェミニストに聞かれたら怒られそうなことを心の中で呟いていたらレオナ様が俺の前に手を伸ばしていた。 「#名前2#なくな!」 「ん!?」  叫ばれたと思ったら時間差でほっぺたを叩かれた。 「#名前2#、お前がその人を忘れられないのならな、」  すうっと息をすったので俺は無心につとめた。大声を叫ばれることは分かっていた。 「おれが! そいつを忘れさせてやるからな!」  レオナ様は言い終わるが早いか、だーーーっと走って行ってしまう。バハリのスカートの中にレオナ様はもぞもぞと隠れてしまった。 「あのう、……」 「そっとしといてあげて。俺、レオナ様のベッドを整えてくる」 「はあ……」  恥ずかしがってるであろうレオナ様のことを考えると笑ってしまう。昨日からレオナ様は俺に何だか優しい。  母にレオナ様にブロポーズされたよ、と冗談でテクストを送るとすぐに返信がきた。 「ちょっと、やめてよ。アタシは孫が見たいんだから」  母の揺るぎない返事に俺は笑ってしまい。そうだよなあ、俺もいつか奥さんを持つんだ。あの甘ったれお坊ちゃんのメイドだかと……バハリとかと結婚して、夫婦そろって仕えていたら…… 「面白いだろうなあ」 「何が面白いのだ」 「おかえりなさいお坊ちゃん」 「れおなだ!」 「おかえりなさい、レオナ様」 *  風邪をひいたレオナ様に与えられたのは腕のいい医者と、暖かそうな布団が2枚と、綺麗にされたジラのぬいぐるみ。そして俺だった。 「#名前2#、おまぇは……はなれるな、…」 「はいはい、分かってますよ」  ジラを片腕にかきいだいて、自分の様子も見にきてくれない親に文句を言いながらレオナ様はベッドで泣いていた。風邪をひいているレオナ様には俺の手も今は冷えてるんだろうか。 「レオナ様、冷やしませんか」 「……。#名前2#、どこか行くつもりだろぉ」 「行きませんよ」 「やだぁ、#名前2#は、ここにいればいいんだ!!」  レオナ様はぐずぐずと泣き出してしまった。ゔぇええん、ぇええん、あ゛ぁああんと悲鳴のような唸り声のような声をずっと聞かされている。声を聞いて様子を見に来てくれたバハリに冷えたタオルをお願いすると「すぐに」と準備しに行ってくれた。 「#名前2#、メイドとはなすな!!」 「そんなこと言われたって離れられないんだから仕方ないです」  ほら、起き上がらないで。寝てください。レオナ様のお腹を優しく叩くと布団にまた潜り込んだ。熱が出て体が痛いらしく寝れない、寝れないとレオナ様は泣いていた。持ってきてもらった冷えたタオルを首と背中につくように設置するとレオナ様は「ひゆぅああ」と変な声を出した。また布団に引き戻して手を繋ぎ撫でていたら俺の事を睨みながらも睡魔に負けてすぅすぅと寝入ってしまった。 「よく寝てらっしゃいますね」 「ほんとにね」 「#名前2#さんにも懐いてますし」 「……懐いて、るんですかね。これって」 「え?」 「レオナ様って、両親の愛情が欲しいけどちゃんと貰ってるじゃないですか」 「……」 「俺には、それでも泣くことがあるのかなって思うんですよね」 「あの、#名前2#さん」 「はい?」 「レオナ様に、お話されてみたらいかがでしょうか」 「……え、今の話ですか?」 「はい」 「いやいや! ダメですよ、こんなどうでもいい話。聞かしたなんてバレたら俺が怒られますもん」 「そういう、ものでしょうか」 「はい」  レオナ様は愛情の差を恋しいというだけで、自分に愛が与えられていることは分かってる気もする。涙のあとをつけて寝ているレオナ様の頭を撫でた。放熱しているせいでいつもより熱い。 「子を愛してない親にとっては、病気の子どもなんて邪魔なだけですから」  レオナ様には親という人種の虚無な目を見たことあるのだろうか。もしかしたら、この王族の中でもそんな淀んだ目に出会うこともあったのかもしれない。反抗できない子どもを痛めつけて憂さ晴らしをする大人に出会うこともあったのかもしれない。  ただ一つレオナ様は俺たちと同じような経験をしたと言っても、今は#名前2#・#名前2#というこの人の味方が着いていることだけは確かだ。そこだけは、あのクソみたいなスラムの子どもとは違う。バハリは何も言わずに冷やしたタオルを俺の首にまいた。 「つっっめた!!! えっっ、なに」 「珍しく感傷的だなあって思いまして」 「……。俺だって感傷的になることくらいあるよ」  翌朝のレオナ様は晴天の太陽のように元気になっていて「太陽様、おはようございます」と声をかけたら怒られた。冗談でも言ってはいけなかった。  レオナの持っているジラは特別なぬいぐるみなんかじゃない。母上がライオン夫婦のぬいぐるみを買ってきて、スカー様とジラ様だ、と俺たちに渡した。兄も自分もスカーが欲しかった。乳母は兄に「お兄ちゃんでしょ?」と譲らせようとした。私はそれが嫌でたまらなかった。譲られるものに興味はなかった。私と兄はジャンケンをした。兄が勝ち、私が負けた。私は大人しくジラを選んだ。兄は私に「代わろうか?」とスカーの方を差し出した。ひどい気持ちになった。私はなにか口汚いことを叫んで部屋を飛び出した。#名前2#はジラと名付けたこのぬいぐるみが何か大切なもののように見えてるらしいが本当は違う。これは、ただのワガママの象徴だ。  熱に浮かされた頭は痛みと不快さとでいっぱいだった。そこにほんのりと聞こえてくる#名前2#とバハリの会話は十分には聞こえなかったけれど、#名前2#が女と会話していことだけでも辛かった。  #名前2#はおれのなのに。  咳にやられた喉は乾燥してガサガサしていてレオナはしゃべるのも億劫だった。そっと#名前2#の手を握り直すと、#名前2#は会話を続けながらもレオナの手を握り直した。たったそれだけの事だ。流されるわけじゃない。レオナは頭の中で色んな言い訳を考えながらも#名前2#の手の温もりと大きさと繋がっている感覚を大事に頭の中にしまいこんですやすやと眠ってしまった。  レオナ様には人の心がないのだろうか。折角準備したケーキを投げ捨てられた人の気持ちを考えたことはあるだろうか。絨毯にもべっとりとついてしまったクリームを回収していたらレオナ様は俺にナイフやフォークといった食器も投げつけてきた。食器は王族しか使えない代物だ。それを人に簡単に投げるなんて。 「#名前2#!! ばが!! しゃくねつのおおばかもの!!! なんでだ!! なんでここを出ていくのだ!!!」 「レオナ様、あの、」  レオナ様は俺の話を聞いてはくれなかった。わんわん泣いてしゃがんでいた俺の背中に乗ってきた。俺だって離れたくはないけれど、レオナ様の風邪の原因が俺だ、と噂が立ってしまったら仕方ない。王族の体を傷つけたと言われては俺もここで働くことはできなくなる。 「いいごにずる゛……。ぜっらい、いいごにな゛る゛……! らがらぁ゛」 「レオナ様。今日は、レオナ様が元気になったことをお祝いするためのお時間です。笑顔ですよ」  やだ、とレオナ様は首をふった。背中から剥がして正面を向かせるとぐちゃぐちゃの髪の毛で目元を真っ赤にさせて鼻水をたらす王子様がいた。 「レオナ様、ちょっとだけ離れるだけです」 「……ほんどうに゛?」 「ええ。もちろん」  いつかは会えるだろう。レオナ様が大きくなって外に出られるようになったら。それまでは少しだけお別れだ。 「……。#名前2#は、」 「はい?」 「#名前2#は、どんなお嫁さんが好みだ?」  ぎょっとした。多分俺も周りも同じ顔をしていたと思う。いやいや何言ってんだよこのお方は、ワガママも大概にしてくれよ、と。ただ、最後までそういうことを質問してくるのはレオナ様らしいと思った。 「そうですねえ。三つ編みが似合う人は好きですよ。レオナ様みたいな」  汗をかくレオナ様のために髪の毛を三つ編みにして結んでいたのだがレオナ様はへへっと笑った。風邪が治ってからすぐに俺がいなくなることを聞いて泣いていたので笑顔を見たのはようやくだった。 「かみのけはバハリに習うからな!」 「はいはい」 「俺のことをちゃんと迎えに来るのだぞ!」 「はーい、頑張ります」  俺のことを、わすれるなよとレオナ様が小さく呟いた。勿論です、と返すとレオナ様は泣きたそうなところを必死に我慢して笑顔を作ってくれた。ブッサイクですね、と言ったらレオナ様は残っていた料理も俺に投げつけようとしたのでやはり口の軽さは気をつけなければならない。