置いてけぼりの愛
次の炎柱になるのはおれだ、と意気込んでいた。なのに、なったのはあの杏寿郎という男だった。杏と名が入ったあの男が、自分はなにぶん嫌いだった。 自分は元は旗本の家の人間だったそうだ。今は金もなく、知識と武芸の身あるぐらいで父はおれに困った時は警察の道に進めるように、と体を鍛えてくれた。とにかく田舎を出てきたがる者たちも警察の道がよほど良いと見えたのか、試験に行ってみたら予想以上に人がいた。そして、試験の中でおれは鬼に出会うことになった。いくぶんか刀と縄を使うことができて助かった。命からがらに逃げたあと、おれは自分の家を捨てた。 どうやって生き残ればいいのか、頭を使うようになった。金はいるが、絶対的力のもとに命の危険で困ったときに金は役に立たない。父からの教えを反復練習しながらとある家の用心棒として金を稼ぐようになった。それでもあの鬼に出会った。それから何回か働く場を変えたが鬼はなんどでもやってきた。 荒んだまま賭場の巣窟で飲んだくれたままいたおれは師匠に出会った。師匠は鬼に好かれているのだお前は、と言っておれは師匠に無理やり炎の呼吸を覚えさせられた。最初こそ無理やりだったがおれにくっついてくるあの鬼を殺すことを目標に最後まで頑張ることにした。それが終わったらおれは警察になろうと思った。遅咲きだろうとなんだろうと、自分のやりたいことをやろうと。 「君が、#名前1#か?」 「……だれですか」 「叔父が君を育てていると聞いて会いに来たのだ! 炎の呼吸を使うもの同士、仲良くしよう!」 「どうも」 炎の呼吸同士の相性はどうなのだろうか、と思ったがその日の任務はとても簡単に終わった。一瞬の動きで彼のしたいことが分かるのだ。初めての試みだったが、やりやすかった。 うむ! 炎と炎、掛け合わせれば何倍、いや何十倍にも燃え上がることができそうだ! そう叫んだのが今日の相棒である煉獄杏寿郎。師匠の甥っ子である。彼はとにかく快活な性格で、刀を持つ天賦の才があった。師匠は彼のことが苦手だったそうだ。自分の弟とよく似ているとそう言っていた。師匠は弟とは似てないのだそうだ。でも煉獄杏寿郎と師匠の顔はどことなく似ているような気がした。 予想以上の速さで終わってしまったので次の任務までは時間がある。仕方なく二人で藤の家に泊まらせてもらった。おれはさっさとこの男から離れたかったのだ。煉獄はとにかくよく話しかけた。同じ流派を外で見たのは初めてだ、と。炎の呼吸は家で伝承されるものだから。話を聞きながら柱の一家というものにおれはとにかく忌避感があるのだと気づいた。そして納得した。師匠は自分の兄弟がぼろぼろになっているのをいいことに、おれを柱として育てることによって自分が兄弟より勝ったと思いたかったらしい。 残念ながら結局それは無駄になったわけだし、おれを追いかけていたあの腹をひっくり返してやりたいほど憎んでいたあの生き物は、煉獄杏寿郎によって殺されたという連絡を聞いた。おれの名前を最後まで呼んでいたそうだ。彼は、そのまま道を駆け上がり柱になった。おれは、鬼殺隊をやめた。師匠はおれに何も言わなかった。やめるのか、と一言だけ。おれのことを引き留めようともしなかった。 鬼殺隊をやめてとある歌人のもとで歌と俳句を学んだ。俳句はいい。短な音の中でおれは自分の気持ちを織り込むことを覚えた。見るがままに詠むのはおれには合わなかった。それよりも、気持ちを表現する方が楽しかったし褒められた。 そのうち、自分の師匠の歌会に出てみないかと先生に言われて汽車に乗ったのだが。 「#名前2#! 久々だな!」 「……煉獄杏寿郎」 「ああ、俺だ!」 神様はきっとおれのことが嫌いらしい。柱になって前よりもさらに溌剌とした男を見ておれは頭を抱えた。名前を呼ばれたことなどあったか? と疑問にも思ったが鬼殺隊の記憶は奥深くに埋めてしまったため、全く覚えていなかった。 「元気にしていたのか? 君は子どもをなしたい、と辞めていったと聞いているが」 「いや……なに、ちょっとした嘘だ」 「! 嘘だったのか、ならばなぜ辞めた?」 圧を感じた。おれは元々はお前が殺したあの鬼を倒せればそれでよかったのだ。 「あそこにいる意味を、見いだせなくなった」 「……そうか。なら、意味があればまた戻るか?」 「えっ。さ、あ……それは、どうだろうな」 「俺は戻ってきて欲しいからな!」 あっそう、とおれは頷いて席を移動することにした。今回の任務に邪魔にならないような場所にいるよ、と言うと煉獄はにっこりと笑った。 「また後でな!」 父に兄がいるというのは聞いていた。柱になれなかった男、と呼ばれていることも。母が亡くなり、父が体を酒に浸していたとき叔父のことを思い出した。会いに行こう。会って呼吸を教えてもらおう。烏たちの連絡網で叔父に会いに行くと、叔父はだれか少年を鍛えていた。彼は一点を見つめて刃を突く練習をしていた。#名前2#、と呼ばれていた青年は鋭い視線だがそこに暗い感情が全くなかった。 「そうだ、いいぞ」 「はい」 無味乾燥した声だったがその手は何かの熱があった。炎の呼吸だからではない、強い力によって湧き上がる熱だった。彼に負けたくない、と俺は自分の家に戻った。誰かの力に頼るでもなく、自分の道を切り開こうと思った。そうすれば、彼のように熱を手に入れることができるかも、と。 強くなりたかった。家族を今度こそ守れるように。周りが鬼に対して憎しみを抱く中、俺は強くなればいつかは名前の知らない彼に会えるのではないかとそれだけを目指していた。鬼は斬るべきもの。それだけは揺るがなかった。 ある日の任務で俺は#名前1##名前2#という男に出会った。彼が炎の呼吸の使い手であることは聞いている。継子にしているわけでもない。叔父のもとで育てられた子だ、と思った。彼は成長してもその目が変わっていなかった。この体のどこに熱があるのかとも思う。しかし、その奥深くに燻った火は少しつつくだけでじわじわと広がっていく。彼と担当した任務はいつもの何倍もはやくに終わった。相性がいいのだろう、と思った。嬉しかった。彼と同じ強さに立っていると実感した。 俺は#名前2#の任務完了の話を聞く度に自分もより一層強くならねばと思った。そして、あの鬼に出会うことになる。#名前2#の名前を何度も呼んで追いかけようとする鬼。こいつは絶対的な悪だ、と思った。初めて鬼を心の底から憎んだ。怒りと憎しみとが刀につたわり、その日の任務はかけなくてもいい時間をかけていたぶって殺してようやく日の光を浴びてようやく終わった。 俺がその鬼を殺した数日後、#名前2#は鬼殺隊をやめた。子どもをなしたい、とそんなことを言ったらしい。俺と一緒に、鬼を殺してくれないのかと裏切られたような気持ちになった。それからは柱としての任務でわざと忙しくした。ふと気を抜くと#名前2#のことを思い出しそうになるからだ。 お館様から「隊士がいなくなる」という任務を仰せつかったのはあの鬼を連れた隊士に会ったすぐ後のことだった。補助の隊士たちも来ると聞いているが、誰が来るのだろう。誰でもいいか。どうせ#名前2#ではないのだ。 きっと#名前2#がいたら「隊士がいなくなる」という事件になる前に俺と二人で終わらせていただろうに。久々にそんなことを考えた。詮無きことだと分かっている。だが、置いていかれたと思う気持ちは今でも無くならなかった。