だれでもよくっておれでもいい

 メロンというオスは見るだけでどこか恐くなる。ひた隠しにしているその殺気というものが自分の体にビシビシ来るからだろう。彼はマスクで顔を隠しているがその実、びっくりするほどに眼が物語っている。彼は俺に何を求めているのか、何も考えたくないが、その瞳には「欲しい」という執着がみてとれるのだ。自分はその執着がいちばん怖かった。  彼と俺とは住む世界がちがうのに。なんでその視線で雄弁に「自分の傍にいろ」と言うことができるのか、どれだけ考えても分からない。俺は彼からとにかく逃げることにしていた。 * * *  その日は珍しく学食で食べようと思った。普段はちゃんと弁当を作っているのだが、今日に限っては朝から学食のカレーなるものに興味をそそられてしまった。朝からテレビニュースで学校のランチメニューについて特集が組まれているのを見てしまったせいだ。うちの学食ってどうだったっけ。そんなことを思いながら授業を受けていた。  食事は一人でとるのが好きだ。友達たちにはいつものように「また授業で」と言って学食のある棟へ向かっていた。なれない手つきで注文をしてカレーを受け取ると、隙間のように空いてる席に座り込んだ。湯気のたつそれにかぶりつくと想像以上に辛かった。辛い、と思った時にはそれはもはや熱さと痛みに変わっていた。慌てて水をがぶ飲みすると周りの動物たちが心配そうな目になっていることに気がついた。 「すみません、大丈夫です……」 「全然大丈夫じゃないでしょそれ」  その声を聞いただけでぞわりと肌が蠢く気がした。ゆっくりと顔を上げるとあのメロンが自分の前の席に座っていた。シカの置いていた荷物をどかしてもらってメロンはわざわざ#名前2#のところに来たらしい。メロンはいつものようにマスクをしていた。その視線はひっしと#名前2#をとらえて離さない。メロンはここで食べる気はないらしい。やっぱりマスクは取れないのだ、と思った。彼は両手にここの自動販売機に設置されているペットボトルを持っていた。ひとつはメロンのもの。ひとつは#名前2#のものなのだろう。今までの経験から何となくわかった。  メロンはさりげなく#名前2#の方に天然水と書かれたペットボトルを置いて「置いてくなんてひどいよ」とまるでここの学生のように話しかける。大学なんて全員を把握出来ている訳でもない、ましてや制服などないのだから。メロンがここの学生でないことも、この学食にいる生き物たちには関係ないのだ。#名前2#はどう返事をしようか迷って「ごめん、あとで連絡を入れようと思ってたんだ」とズレた答えを出した。 「いいよぉ、代わりに……今度こそ、連絡とか無視しないでね」  手がのびて自分の手の上に重なった。ひぃ、っと声が喉の奥でもれてしまった。 「#名前2#、その洋服キレイだね」 「……ありがとう。自分で作ったんだ」  震えてないか気になったがメロンはにこにこと俺を見ているだけだった。メロンはへぇ、と頷くだけ。大して興味のなさそうな言葉なのにメロンは俺の前からどこうとしない。意地の悪そうな視線は俺を射抜いたままだ。横にいたシカたちはいつの間にかいなくなっていた。メロンの手をつかむ力が強くなっている気がする。俺は苦笑いで自分の服をつまんでみた。 「この服、陸のものと違うかな?」 「そんなことない。綺麗だよ」  嘘をついてる、と思った。直感だけれど。 「メロンの服もかっこいいよ」 「ありがとう」  会話はそこで終わり、俺は自分のカレーに集中することにした。自分の手はスプーンを持つことがすこし難しい。専用の装置を使っているものの、口まできれいに運ぶのというのは難しい。俺のそんな姿を見てメロンはスプーンですくうと俺の口に持ってきた。食べないの? と言いながらぐいぐい押し付けてくる。 「……ありがとう」 「ううん、いいよ」  メロンはこう笑ってるときは普通な気もしてくる。この場合の「普通」とは、俺のことを敵視のような劣情のような、そういう気持ちを持ってないときの姿のことである。  #名前2#は海から来たペンギンである。自分の生態に合わせて使いやすい洋服を作っていた。海での生活が長く、洋服を着るのも本当はできる限りしたくない。なので、服を着るのが楽になるようにできるだけ1個で済まされるものを着ている。オスなのにメスみたい、と言われることもあるが#名前2#は気にしたことがなかった。自分の体に合うものを着ているという自信があったし、メスみたいと言われても嫌ではなかった。  だから自分を褒めてくる生き物を見ると感謝こそすれ、その真意はどうなのかと目を確認することが多かった。メロンの真意は全く読めなかったが彼にあるのは生易しい好意ではないとだけ思った。 * * *  メロンは恋だとか愛だとか、そういう気持ちは縁が遠かった。母親のせいで恋も愛も欲望も、なにに違いがあってなにが同じでなにが適切に使われるべきなのかもわからなかった。覚えていることは母親の喘ぐような声とうごめいた皮膚の模様。自分の体にその模様があらわれる度にあのおぞましさを思い出す。#名前2#を見たとき自分の母と似たような洋服を着ていたという理由で追いかけた。ペンギンで、オスであることなんてどうでもよかった。そこに母がいる、と思ったのだから。  初めて会話したときの#名前2#はメロンの目をしっかと見詰めて「うわ」と言った。そんな言葉をかけられるとは思わず、ちょっとだけひるんでしまった。そのひるみの隙に#名前2#はメロンの視界から逃げようとした。だから、メロンは思わず「その服、どこで買ったの!」と叫んでいた。  メロンは#名前2#に変なやつだな、という顔で見られていたが#名前2#が自分で服を作ったこと、脱ぎやすくて着やすい服を考えていたらこんな風になったと教えてくれた。しぶしぶ、という顔なのにメロンを突き放そうとはしないその姿にメロンはなぜか気安さを感じていた。わけも分からない好感というものを動物は抱くことがある。それはきっと世界では恋と呼ぶ。メロンはそんな言葉を使わなかった。メロンは自分を見てほしい、話を聞いてほしい、そばにいてほしいという気持ちに「本能」と名付けた。本能はきっと#名前2#にもあるものだ。#名前2#がいつ、それを自分に向けるのかメロンは楽しみだった。  メロンは#名前2#のもとに来るたびに、ちょっとずつ自分の有用性をみせた。だが#名前2#の視線は初対面でのあの胡乱さを見る顔で変わらない。メロンばかりこんな思いを抱いているのはずるいと思う。#名前2#にもはやく自分みたいに「本能」のまま求める姿を見せてほしい。だが、ここで離れていっても#名前2#はメロンがいなくなったことを喜ぶだけで終わってしまうだろう。それはそれで気に喰わない。だから今だけは、まだ。#名前2#のために尽くすオスでありたい。いつかメロンのことをすべてむさぼるような一口で丸のみしそうなオスになってくれるまで、メロンは待つことにしている。