やっとこさ恋に落ちたとこさ
好きな人と歩いているといつもと同じ道とは思わなくなるらしい。姉とみた映画の中で男が語っていた。男は友達と呼んだ男の手を握って歩いている。おれにはその場面の意味がよく分からなかった。姉に聞くとくすくすと笑って「つまりね、この主人公は友達のリチャードが好きってこと」と教えてくれた。ああ、パトリック。君はなんて素敵なことをするんだろうとおれはニコニコしてしまった。姉とパトリックの言葉が頭の中で反芻される。咀嚼したのにまたそいつは戻ってきて「好きな人と歩いていると」という部分をリフレインするのだ。好きかどうかはおれにもよく分からないけれど、大切な友人のことを思った。おれはあいつと一緒にいると心臓がどきどきするけど、あいつはどうだろうか。 #名前2#と学校へ行く道が同じと気づいたのはクラスで自己紹介をしたときだった。最初、道を行くのに戸惑った清麿を横目にすたすたと迷いなく歩いていく。その制服を見て「あっ」と思い、清麿もあとをついていった。今まではガッシュを連れて歩いていく側だったのに、清麿は戦いが終わった世界で少しだけ燃え尽き症候群とでも呼べばいいのか、何も無い毎日に「あれ?」と違和感をおぼえたのだった。その結果、彼らしくもない、道に迷うということをしてしまった。 それに比べると、#名前2#の迷いのなさはなんというか、ビームみたいなものだったと思う。真っ直ぐ前を向いて、清麿のことなど気にしてないような素振りでざかざかと歩いた。そして立ち止まったと思ったら「今日から 高校か」とわざとらしい口調で呟いてまた歩き出した。迷子になっている、と分かったのだろうか。それにしては遠回りで不器用な助け方だった。でも、良い奴なんだろうなというのは察したのだ。 自己紹介をするときも彼はぴしっと背筋良く立った。薄い金髪ということもあって彼は立つだけでも目立っていたのに。 「#名前1##名前2#です。親の転勤に合わせてこっちに引っ越してきました。えっとドイツとのクォーターです。ドイツ語はあんまりしゃべれないけど。えーっとあとは……あ、花を見るのが好きです。よろしくお願いします」 #名前2#は自己紹介も変だった。真面目なのにどこかズレてるような。花が好きなの?と聞かれて筆箱を手に取り「花柄って元気出るじゃん?」と言うくらいには。 ガッシュの心の優しさは人間に当てはめるとこんな風になるのかな、とたまに思うようになった。彼を見ているとどこかガッシュを思い出した。あの瞳が似ているのだと思う。言葉も、動きも正反対なのに。 危なっかしさもあったが#名前2#は真っ直ぐに人を助けに行くのだ。その向こうみずな姿に清麿が慌ててあとを追いかけるのは時間の問題だった。高校生にもなってなんでまた似たようなことをしてるんだ、と我ながら不思議だ。廊下を走っていると「保護者も大変だな」と言われる。保護者。なんだか陳腐な言葉である。保護者というよりは、友情の方がいい。しかし、#名前2#とは友情なのかよく分からなかった。 友情ともちゃんと言えないまま#名前2#を追いかける日々を過ごしていたある日のこと。いつもの帰り道のはずだった。#名前2#は突然、清麿の手をがしりと掴んできた。なにか俺、やらかしたかなとビックリさせられるくらいには強い力だった。#名前2#の方は顔を真っ赤にさせてこちらを見ている。そしてじっと見つめたあと、清麿の顔が変わらないのを見て「???」と首を傾げた。 「ど、どうしたんだよ#名前2#。急に俺の手なんか握って」 「……。ごめん、なんでもない」 「いや、絶対そんなんじゃなかったじゃん!! 車が来たとかでもないみたいだし」 「ほ、本当に何も無いんだ」 #名前2#はまるで泣きそうな顔で俺から手を離した。全然良くない。俺の方が、よくないんだ。#名前2#にそんな表情をさせたのは俺だろうって分かってるのに。 「ごめん、おれが勝手にやっただけだから」 #名前2#は最後まで謝っていた。分かれ道に着いたらすぐに背中を向けられた。謝りたいのはこっちだ。不快な気持ちにさせたならごめん、と。でも、それって結局なんの解決もできてない。 翌日の朝も#名前2#とはぎこちないままで。教室内ででかいため息をついた俺に横に座っていた清水が「幸せ逃げるよ」と笑った。 「…………。昨日、でかい幸せを逃がしたなあっていうのは自覚あるんだけどな」 「あれー、なになに。#名前2#くんにふられた?」 あっけらかんと言われて思わず清水を二度見した。清水はにこにこと笑ったまま何が入っているか分からない巾着のポーチをいじっていた。 「君が悩む原因っていったら#名前2#くんぐらいでしょ」 「……それは否定しないけど」 「#名前2#くん、不思議なところあるよね。独特の世界観というか」 「そうだな」 その世界をちょっと知るだけでも楽しかった。#名前2#と同じものが見られるという感覚は不思議と心が踊った。だから、昨日のあれもよく分からなかったけれど、理解したいと思ったのだ。 「まあ、そのせいで今回はこんがらがってるみたいだけど。ちゃんと話してみる方がいいんじゃない? あたし、#名前2#くんがあんな表情してるの初めて見たもん」 え?と後ろを振り向くと#名前2#はもうこっちを見ていなかった。薄い金髪が風に揺れている。その頭が赤くなっているのを見てなぜか俺の顔も暑くなった。