ぼくと君のことばあそび

 カラのカラ。そう読んだ時、卵の殻を見せてくれたその人は笑っていた。 「それはね、カラのソラと読むんだよ」と教わった。空という漢字にカラでない読み方があることを俺は知らなかったのだ。犯罪者上がりの俺にきちんとした学なんてものはなく、空は空っぽのカラだとしか思っていなかった。 「カラのソラってなんだ?」 「殻の空というのはね、乾かした卵の殻の内側に空を描いたものなんだ」 「ソラをえがく?」  ソラって上にあるものだ。なんで絵なんかに残すんだ? しかも卵の殻なんかに。不思議に思った俺にその人は少しだけ笑いながら面白い話をしてくれた。  ーーあるところにいた男の子は外を見ることが出来ないところで育った。生まれた時から窓もない場所に閉じ込められていてそれが世界だと思っていた。母親は一緒にいたが、父親はいなかった。時たまくる男は母親をいじめるので男の子は嫌いだった。  男の子が遊ぶためにもらうのはゴミばかり。それでも男の子は卵の殻を使って遊ぶのが得意だった。つなげてヘビにしたり、箸にさせば剣の鍔にもなる。なかなかに優秀なゴミだった。  その中でも得意だったのはこの殻に絵を描くことだった。器用な男の子は外側と内側に全く別の世界の絵を描く事が上手だった。 「……それで?」 「それで、空を描いた」 「見たことないのに?」 「ソウゾウして、ソウゾウした」 「???」 「君には少し難しかったかな」  その人は俺の頭を撫でてまた笑った。笑うとえくぼが出ると気づいたのはその人が俺の前からいなくなって俺に知識がついてからだった。  想像して創造する。その人の異能はきっとそういうタイプだったんだろう。  俺が犯罪から体を引き離して真っ当な人生を生きることにした時、腕っ節以外に何もできなかった俺は露天商になった。用心棒をやり続けてもよかったのだが、片足を失う羽目になったのでやめたのだ。  この露天商になるには横の人のつながりが大事なのだが、用心棒をやっていた時の女性に手伝ってもらってこの場所をいただいた。  店というか歩道に出すのは殻の空と名付けた卵の殻だ。殻の中に星空を描き、星座を加える。コツン、とあの人からもらった卵の殻をぶつけるとフワフワ揺れ始めて割れ口から段々と透明になっていき磨りガラスのようになった。金具をつけて飾れば完成だ。インテリアとして置きたい人もいれば電気の笠にする人もいれば風鈴のように吊るしたいという人もいる。  コツン、ともう一度叩くと俺の異能が反応する。水面に響く音のようにじんわりと街に共鳴していく。この響きが俺は結構好きだ。 「相変わらず素晴らしい異能だ」 「……こんにちは」 「やあ、こんにちは」  この人は昔に色々とあったお医者さんだ。今は何をやっているのか知らないが聞かない方がいいとは知っている。 「ひとつ、貰えるかい?」 「1個200円です」 「高いねえ」 「こちらも大変なんですよ」  食いつないでいくには殻の空を売るだけでは足りない。お医者さんもそれを分かっているようでお札を1枚俺に手渡した。 「お釣りはいらないよ」 「ありがとうございます」  お医者さんのような人に好かれるっていうのは、いい人生だと思う。金運的に。 「なあ、そう思わないか?」  太宰くん?  中原くん?  芥川くん?  中島くん?  

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 薄茶色のコートをはためかせ、真っ白な包帯が目に痛々しいその男はにっこり笑って「あの人に好かれてもいいことなんかありませんよ」と言った。実体験のような物言いに「そんなものか?」と返したが笑みが深くなるだけで何も言い返さなかった。 「キレイですね、この卵」 「卵じゃない。卵の殻だ」 「そうでした、卵の殻だ」  ふふっと太宰が笑う。こいつが来るとどうも俺の異能は効かなくなる。相殺する能力なのかもしれない。俺は太宰の視線を受けながら卵の殻に金具をつけていく。最近知り合った少年たちにプレゼントするためのものだ。空を見ても何も感動しないやつが一般的な考えだけれど、少年たちは俺と出会った時に空を見て泣いたのだ。  きれいなそらだ。  そう呟いた彼らと昔の自分が重なった。自分も空のひとつひとつの表情に感動したものだ。雲ひとつない空に、カラノソラを教えてくれたあの人を送ったことを思い出す。 「思い出深いんですね?」 「………分かるのか」 「#名前2#さんの表情を見れば」 「そうか……」 「私にもひとつ貰えますか?」 「いるのか? お前が?」 「はい」  自殺志願者にこんなものがいるんだろうか。不思議に思いながらどれがいいんだ?と並べると「描いてほしいものがあるんです」と言い出した。 「描いてほしいもの?」 「はい」 「………」 「ダメですか?」 「いいや」  別にそうお願いする人も何人かいる。青空を描いてほしいとか、子どもだと地球を描けとか、あとは宇宙柄がいいという学生もいたりする。ヨコハマの今日の空というタイトルをつけて描かせる人もいる。ヨコハマ土産がこれでいいのか分からない。  太宰くんに何を描けばいいんだ?と聞けば「貴方が最も綺麗だと思う空を」と言われた。 「……それでいいのか」 「はい」  瞳が開いて太宰の中に俺が映り込む。綺麗か綺麗じゃないかは俺には分からない。あの人がいたら綺麗なのかどうか聞けたが今はいないのだから仕方ない。  泣きそうな太宰の横で絵を描く。あの人を送った雲ひとつない青い空。絵の図法も何もないただただ青が重なり不思議な色合いを作る。  コツンと卵の殻をぶつけるとふわふわ揺れて殻の空を作った。 「何を作りたい?」 「………。何が、いいんでしょうか?」  それも俺任せなのか。面倒くささを覚えながらも金具をとりつけた。かぽり、と豆電球をつけて木で作った土台を下にはめる。 「なんですか、これ?」 「スタンド式インテリア、だな」  俺が初めてきちんと作った殻の空は家でこんな風にして置いてある。 「そうなんですか」  太宰は笑いながら殻の空を受け取った。青空がこんなにも似合わない男も珍しいものだ。 「お前には似合わないものだな」  太宰は立ち上がって苦笑いしながら「そうですね」と頷いた。太宰はそのまま人混みに紛れていった。空を見ると今日一番の曇り空。太宰にぴったしだと思った。
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 黒いコートに黒い帽子に赤茶色の髪の毛。不機嫌そうな顔のまま中原くんは俺の元に近付いた。体重がないみたいに足音がしない。手を振ると顔を真っ赤にさせてづかづかと近づいてきた。 「あんた、ボスと知り合いだったのか!?」 「ボス……?」 「……しらねえ、のか?」 「客のことは闇雲に聞かないことにしてる。聞かれたい人には聞いてやるけどな」 「そう、だったのか」  へにゃりと地面に尻もちをついた中原くんに俺は手を貸してやった。握った手は少しだけ汗っぽくてそしてとても暖かなものだった。  中原くんとはかなり昔からの付き合いだ。用心棒稼業をしている時からだから時間としては……何年となるのか。頭の悪い俺には分からない。数を数えるのは面倒だ。ただひとつ言えるのは俺は中原くんが苦手で中原くんは俺を憎からず想っているということだ。 「………店、仕舞うんだって?」 「…? 誰に聞いたんだ」 「露天商の中には俺の会社と繋がってるやつもいるってことだ」  なるほど、地場代をとるような会社に勤めてるってことか。そうじゃなきゃ用心棒と対峙するなんてことはない、とは俺は気づかなかった。 「土産にいらないか? 金は貰わないでやるよ」 「バカいえ! 俺を甘く見てんじゃねえよ!」  ほらと渡されたお札をいただいた。釣りはいらないと言うのも聞くのもバカバカしい。俺達はこういう関係だ。 「何が欲しい?」 「……」  中原くんは俺をじっと見つめたあと「うみがみたい」と言った。 「海?」 「同じ青だろ」 「海かあ」  俺も昔は空より海が好きだった。殻に海を描いてぶつけてみても磨りガラスには変わってくれなかった。 どうしてか分からなくて聞きに行ったら苦笑いして教えてくれた。  ーー海は、違う人が作ってるんだよ。カイノカイって言うんだ。貝殻の中にね、海を作るんだ。  想像を創造する。あの人は俺以外にもそうやってさずけていた。カイノカイが貝の海なのか海の貝なのか分からないけれどとにかく作ってるやつがいるんだ。中原くんにそれを伝えても意味が無いのに、俺はぽつりと「貝殻が要るんだ」と呟いていた。 「貝殻?」 「そう。卵の殻じゃなくてな」 「………」 「でも俺は海は描けない。俺の役割は空だから」 「……そうかよ」  中原くんは寂しそうにして少し黙ったあと、お前が初めて感動した空ってあるのか?と聞いてきた。 「感動した空?」 「ほら、なんかあるだろ? 水平線に沈む太陽とか! 満天の星空とか! あ、天の川とか!」 「………ソラ、か」  あの人から聞かされたお話には続きがあった。閉じ込められた空間で育った少年が空をイメージして描いたものを見せてくれたのだ。  異能で作られたであろうそのイメージはとてもキレイとは言い難い代物だった。赤くて青くて黄色と緑がちらばっていて桃色の何かがべたべたと円を描いていた。でもそれを瞳に写した時の衝撃と感動を未だに忘れられない。 「……」  筆をとってパレットに色を落とす。イメージだけの空の雄大さは本物ですら敵わない。少年、いや子どもは無条件に想像を許される存在だ。大人になったら出来なくなることを一所懸命にやっているのかもしれない。  描き終わったそれに紐を結び力を込める。磨りガラス状態にする前に異能で小さくさせるのだ。音を響かせ段々と隙間を埋めていく。 「……」 「………」  俺も中原くんも黙ったまま殻の空が小さくなるのを見ていた。コツン、と卵の殻をぶつけるとじわりと震えて変化していく。 「相変わらずすげえな」 「…ありがとう?」 「そこは素直に褒められとけよ」  そう言われても褒められても何もならないことは知っている。客の信頼は大事だが、もういなくなる自分には不要なものだ。 「……。俺のせいか?」 「なにが」 「いなくなるのは」 「……いや」  中原くんのせいじゃない。あえて言うなら、俺に近い少年を2人も見たのが原因だ。でも中原くんはそいつらに会ったということを知らない。  目の前の中原くんは涙をこらえてくしゃりと顔をしぼませている。俺のために泣いてるのだとしたらやめて欲しい。中原くんが俺のことを想うからって俺は中原くんに何かをしてやりたい訳じゃない。 「中原くん、完成した。これ携帯端末につけるやつ」 「……」 「中原くん?」 「……ああ、ありがとうな」  中原くんが人混みに消えていく。真っ黒な服装をした彼だが身長が低めなのですぐに見えなくなった。  中原くんは最後にひとこと呟いていた。でも俺には関係の無い言葉だろうと検討をつける。学のない俺には難しいことは分からない。 「どうせならアンタの特別がほしかったのに」
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 真っ黒のコートに黒くパサついた髪の毛に光のない瞳。芥川龍之介という名前は指名手配犯のもののようできっと偽名だとは思うけれど、俺はただ「アクタガワ」という音が好きでそう呼んでいた。 「ヤツガレの名前はそう気安く呼ばない方がいいですよ」 「そうは言っても、ねえ? 君は俺の友達だから呼びたいんだよ」  嘘をついた。友達ではないと思う。ただの冗談でいい。芥川くんは少しだけ目を開いてからふっと笑った。 「友達、ですか」 「ああ、歳は随分と離れているけれどね」 「……友になるのに、歳は関係ないでしょう」  芥川くんに最もなことを言われてしまった。今度は俺が驚きで目を開く方だった。 「はは、そうだな」 「そうですよ」  俺が笑ったのが不思議に思ったのか芥川は少しだけ首をかしげた。 「それで、どうしたんだ芥川。何かあったのか?」 「……え、った、あの、カラが、じゃなくて、……」 「……」 「すみません」 「いや大丈夫だけど」  テンパってる芥川見てるのは面白かったが本人は全くもって面白くなかったようだ。わが友人ならきっと笑うと思うのだが。 「お店を、畳まれるときいて……」 「ん、ああ、そうだな」 「!?」  芥川は驚きとショックでどうかしてしまったのかヨロヨロと後ろに倒れそうになった。危なすぎて困ったのでコートをつかみこっちに引っ張ったらぽぉんと胸に芥川が飛び込んできた形になった。 「!!!? すすす、すみませ、ぅあ!?」 「大丈夫だから落ち着け、芥川」  可愛い反応になんだかヨコシマな気持ちが湧き上がるが我慢してお客用の椅子に座らせた。椅子に座ってもまだ芥川は顔を真っ赤にさせて今にも蒸発しそうだった。 「そうだ、プレゼントに何かやるよ。どれがいい?」  店用に飾っていた殻の空と、カバンの中に入れていたものも広げて見せると芥川はおそるおそる「作ってもらってもいいんでせか?」と聞いてきた。  セリフを噛んだことに泣きそうになっていたが頭を撫でると少しだけ落ち着いた。 「どんなのがいいんだ?」  芥川はものすごく困って汗をぴょんぴょんかきはじめたように見えたが、すぐにこちらを向き直った。 「夕焼けを、お願いします」 「夕焼け?」  あまりリクエストされない空だ。手持ちの中にもひとつ、ふたつ程度。それでいいのか?と聞いてみると強く頷かれた。 「いいよ、分かった」 「あ、りがとう、ございます」  芥川くんに深々と頭を下げられた。可愛かったけど、その可愛さは別の人に向けられるのかと思って憎らしくなってデコピンをした。どうしてそうされたのか分からないと涙目な芥川くんが可愛かった。 「夕焼けが好きなの?」 「? そうゆうわけじゃ……」 「そーなんだ」  好きだって言うならこの夕焼けのやつまとめてプレゼントしようと思ったけれど、そんなに好きじゃないならあげてもいらないだろう。 「でも」 「うん?」 「夕焼けがあると揃うんです」 「揃う?」 「#名前2#さんの空が、揃うんです」  芥川くんはまるでなんて事ないように言ったがそれって、……おいおい、マジかよ。 「それであんなに変なリクエストがあったのか」 「変、でしたか?」 「いや雨雲の曇り空とかいうリクエストってなかなかないから」 「……」  照れたように芥川くんはコートの中に顔をうずめた。可愛いんだってそのポージング。  完成したそれを芥川くんは大事そうに持って帰った。ここが漫画の世界なら奴からお花が出てただろう。その日の仕事を終えて家に帰ると芥川くんからメールが来ていて殻の空の写真がばばーっと添付されていた。思わず笑ってしまったのはご愛敬だ。
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 白いシャツに黒いサスペンダーに黒いズボン。the・少年の風貌をした彼は俺の友達の中島敦くんだ。 「こ、こんにちは!」 「ああ、こんにちは」  彼と知り合ったのは彼がまだ自分の仕事を見つけていなかった時。倒れていた彼に俺が飯を奢っただけ。俺自身の仕事もかなりキツかったのがバレていたのか一番安いものを頼み、泊まっていけばという言葉にも頭を下げて返し、そのままお別れしたのだ。再会には時間はかからなかった。同僚のものすごく頭のいい人に、ここの卵の殻のオブジェを買ってきてくれるなら場所を教えてやろうと言われたらしい。「面白い同僚さんだね」と笑ったら、精神年齢はアレなんで……と目が泳いでしまった。あまり突っ込んではいけない同僚さんだったらしい。  その日はプレゼント用にひとつと、再開記念にひとつ空を描いて渡した。人気の高い青空と星空にしたら、ほかの同僚も欲しがってまた中島くんがやってきた。後輩はパシられる生き物だから仕方ない。 「今日もまた"お使い"かい?」 「……? あ、おつか、!? 違います! 今日はそんなんじゃありません!」  俺の含みを持たせた言葉に気づいて中島くんは面白いくらいに慌てた。可愛らしいその姿に自分の笑みが深くなるのが分かった。可愛い子はいじめたくなる。でも中島くんはすぐに顔を変えて真剣な目つきで俺を見てきた。 「あの、#名前2#さん」 「うんー?」 「お店、もうすぐやめるって本当ですか?」 「………。誰かから聞いたのかい?」 「いえ、……違います」 「それなら、頭のいい同僚さんかな?」 「………」 「どちらにしろ、俺は本当に店をしまうつもりだよ」 「な、なんで……」 「んー、なんでかな」  自分でもよく分からない。ただ、中島敦という少年と芥川龍之介という少年に出会って俺は何かが変わった。人生の岐路に立たされて俺はある道を選択した、それだけのことだ。道のために店をやめる。単純明快にしてシンプルな行動だ。でもそれを中島くんや芥川くんとかに説明するのはフェアな人生じゃない。 「内緒ってことで」 「~~ツ!」  中島くんは何か言いたそうな顔をして、そして泣きそうな顔になった。顔を暗くさせて、目元が真っ赤になって涙が雨のようにぼたぼたと流れていく。 「ぼ、く……! まだ、#名前2#さんに、何もッ…! 返せてないのに!!」 「……」  中島くんの素直なその言葉に嬉しくなって、でも慰めることはできなかった。手を伸ばして頭を撫でても抱きしめてやっても彼には残酷な思い出としてしか残らない。  中島くんの幸せの中に俺との思い出が入らない。  俺はにっこり笑ってその肩を叩いた。また会えるよ。大丈夫さ。嘘みたいな本気の言葉を吐いた。長年生きた大人なら嘘だと思う。まだ風船に喜ぶ子どもなら本当だと思う。思春期という謎の空間に突入した少年の中島くんはどう思うのだろうか。 「中島くん、君との記念に新しい空を描こうか」  パレットを取り出して黄色の絵の具を持ち出した。リクエストでもされなきゃ滅多に書かない俺が嫌いな空の絵だ。 「……? 星、ですか?」 「ううん、これは違うよ」  昔の人は空のことを太陽・月・星・雲のある空間だと思っていた。でも今の辞書には地上の上にある空間と定義されている。個人的にはもっと昔に教わった語釈が好きだ。 そら【空】  地上にあるあらゆるものを包むもの。  今の中島くんはどんな空に包まれているんだろう。暖かい空気? 寂しいという雰囲気? それとも嫌いだけどとてもきれいな月の愛? 焦がれた太陽の恋かな? そのどれもが折混ざって彼を包んでいるとしたらそれはなんて…… 「素敵な空だろうね」  え?と中島くんの口が動いたと同時に絵が完成した。いつも通りのオブジェの加工をして中島くんの手の器に乗せる。太陽と月を描いた世界で一つだけの中島くんの空だ。 「空ってね、俺たちを包んでるらしいんだ」 「包む……?」 「そう。こう、卵の殻みたいにスポッとね。それで中にいる人やもののために空は変わるんだ」 「……この空は、」 「君が夜を嫌うことも昼に焦がれることもないようにっていう思いをこめさせてもらった」  中島くんは俺の方をハッと見て「気づいてたんですか?」と聞いてきた。残念ながら中島くんの思うようなことを俺は気づいてない。 「君を助けた時、君は俺を助けるために一泊することを拒否した。月を見る君はとても切なそうだったからね」 「……」 「太陽もいいが月もいい。空は君のために姿を変えるからね」 「僕、あの」  中島くんは俺に何かを伝えたかったのかもしれない。でもそれは聞くべきじゃないと思った。どうせ会えなくなるかもしれない奴に心の半分を渡そうなんて馬鹿なことはしちゃいけない。 「じゃあな、アツシくん」  こんなにも勝手な俺だけど名前を呼ぶくらいは許して欲しい。殻の空と同じように、俺も中島くんへ祈ってあげたいのだ。  中島敦。  素敵な祈りの言葉じゃないか。