お前は黙って俺にいじめられてろ

 触られている。いつの間にそういう雰囲気になったのだろうか。擦られている指が熱を持つ。映画はまだ終わっていない。  休みが被ったと言う時、#名前2#は映画を見に行こうと言う。彼の勧める映画は近場の映画館ではやってないことも多いが、その面白さは理論的に説明のできる、つまりキャラクター人気ではなく作品の芸術性、伝統、革新などそういった要素からなるものだった。その日観た映画は主人公の男に全く共感できないものだったが、彼がどうしてこんな男になったのかを追いかけた伝記的作品で始まりを乗り越えたなら面白いと思える作品だった。……と適当なことは言えるが正直にいえばセルゲイは途中から映画を見ていられなかった。  手を乗せてゆったりと見ていた。身長が大きいため、普段は映画館の真後ろに座るのだが見る人も少なく、予約も少なかったため悠々と真ん中に座っている。歳をとったので昔のように大画面で楽しむよりもスクリーンに少し余裕を持ったところに座り一目で字幕も映画も楽しむようにしたいのだ。面白い、と素直に思い始めた頃に#名前2#の手が重なった。ホラー映画でもないのに手を重ねることは珍しかった。少しの恥ずかしさと嬉しさとがあり、じんわりと熱くなる手に#名前2#はそっと手を滑らせた。指をなぞるように擦られる。爪をなぞり、指に戻り、骨ばった自分の手の甲と#名前2#の少し硬い手のひらが押し付け合うように重なっている。周りの人達は自分たちのいる列よりも前に座っている。後ろを見ることはしないだろうと思うがそれでもセルゲイには恥ずかしかった。手を抜き取ろうとすると#名前2#がすぐに握りしめる。指と指が絡み握られて自分の手の大きさと#名前2#の手の小ささを否応なく感じる。この手にいつもセルゲイはしてやられるのだ。 「外すの?」  #名前2#の小さな声が聞こえた。参ってしまう。セルゲイは首を振った。#名前2#は予告編で飲み干していたジュースのカップを手に取ると、ころんと氷を取り出した。一欠片の小さな氷だ。#名前2#はそのまま氷をセルゲイの手の上に乗せた。冷たい、と逃げる隙も与えず#名前2#の手がのしかかる。逃げられない、と思った。逃げることはできる。だが、セルゲイはそのままじっと耐えていた。#名前2#は濡れた手で氷をいじりながら指を絡めたりなぞったり時たま弾いたりと遊んでいた。映画のエンドロールが流れ始めると#名前2#は、いつものように彼はハンカチをカバンから出していたのだが、セルゲイの手と自分の手と手すりとを拭いて素知らぬ顔で前を見ている。誰かが後ろを振り返っている。セルゲイも努めて前を向いていた。  ジュースの入ったカップが店員に手渡された。ありがとうございました、と女性が笑う。#名前2#はセルゲイに「面白かったな」と言うがセルゲイはそんな話をしていられなかった。 「セルゲイ、カフェにでも寄る? それとも、家に帰る?」  #名前2#のその顔は下から覗き込んでいるというのに、まるでセルゲイを付け狙う獣のようだった。  #名前2#は家に着くとソファーに座り、「こっち来ないのか?」と言う。セルゲイのことなどもう分かっているのに意地悪である。それでも彼の言うように着いていくのは言うことを聞くと、体に染み付いているのである。座ったセルゲイに#名前2#がのそのそと近寄る。勃起したそれを片手で一撫でした後、ぐいと頭を腕に抱えられた。 「セルゲイ、なあ、分かる?」  #名前2#がわざと低い声で喋る。鼓膜を震わせているだけだ、と自分に言い聞かせても#名前2#だと思うだけで反応してしまう。回されている手が耳を擦る。髪の毛を撫でる。目を向けようとするとすぐ手が動いて#名前2#の方を向けようとする。人差し指と中指がとん、とこめかみを叩くのだ。 「久々の休日なんだ、折角だから昼間をいやがるアンタがどうにかその気にならないかと考え込んでた」  とん、とん、と音が聞こえる。耳のところを指で叩かれている。痛くはない。とくとくと早くなる鼓動を感じている。とん、とんと音が響く。 「なあ、俺の計画は成功したかな」  ふわりと笑う彼の唇に顔を近づけた。私だって君に早く愛されたかった、と言いたいがそんな直球な言葉を彼には言えなかった。  胸の突起を#名前2#が齧っている。力を入れているわけではない。しかし、甘噛みなのかも分からない。舐めるようにしていたところに歯を当てたのだ。今までそんなことされたことない。「恥ずかしい」と一言いえばいい。#名前2#の口はひとつしかないのだ、片方にだけ与えられる強い快楽には従えない、と。ただ#名前2#のその姿を見ていると頭を撫でてしまうのだ。可愛い、と思ってしまうのだ。矛盾した考えを持ちながらセルゲイはぁうっ、と呻いた。#名前2#が見上げる。噛んだまま舌で強く舐められた。あれは舐められたと言っていいのだろうか。擦られたという方が正しいのではないか。気持ちよさを感じてしまう自分に怖さを抱き、#名前2#にそんな体に変えられていることに少しだけ喜ぶ。 「気持ちいい?」  #名前2#はうっとりと笑っていた。外は昼時で小さな子どもたちの声も聞こえてくるにも関わらず、今自分たちはベッドの上でこんなことをしている。#名前2#はセルゲイの元に顔を近づけるとキスを送る。 「ねえ、気持ちいい?」  そんな風に聞かなくても分かるだろうに。#名前2#に触れられただけで反応する体と、対処しきれないくらいの快楽と愛しさとを渡されているのに。 「Да, Да」 「! イエスだね」  膝を押し付けられてまた体が反応する。痛いほどに待っているのに#名前2#はさっきは弄っていなかったもう片方をしゃぶろうと涎をつけた指でなぶり始めている。 「まて、#名前2#、もう」 「ううん、待たない」  またなぶられる。また逃げられないあの気持ちに襲われる。#名前2#に食べられてしまう。それが怖いのか恥ずかしいのか嬉しいのかセルゲイ自身にも分からなかった。 「セルゲイの胸、大きいからいつか、ね。やりたかったんだ」  揉みしだくように下から持ち上げられる。#名前2#のそこも膨らんでいるのに彼は全く気にした風もない。膝をセルゲイの股に押し当ててはいるもののその先に進まない。ずり、と押し付けるように腰が揺れてしまう。#名前2#もそれに気づいて微笑んだ。 「セルゲイ、こっち見て」 「……」 「もう少し我慢して、もっと気持ちよくさせるから」  優しそうな笑顔の裏にあるのはセルゲイに対する過剰な愛情だ。普段は我慢している男が、今日はわざと外で触れ合ったのだ。それが何を意味するのか分からない訳でも無い。つばを飲み込み、セルゲイは笑い返した。