〇を食わずして×に遭遇

 女子中学生。その言葉のみだと何か如何わしいものを感じられる。だが、華のという言葉がつくとそれは一気に華やぎフワフワとしたものに変わる。鏡花には縁遠い、そんな言葉だ。 初めて会ったとき、谷崎ナオミの後輩であり友人である華の女子中学生、#名前1##名前2#はまるでお姫様のようだった。 実際、どこかの社長令嬢らしくそれらしい振舞いが板についた可愛らしいという言葉が似合う人だった。 自分からあまりにも遠い存在で何を話せば良いのか分からなかった。俯いた鏡花に#名前2#は優しく手を伸ばしてくれた。 「わたくし、#名前1##名前2#と言いますの。貴方のお名前を聞いてもよろしくて?」 その言葉にも鏡花は何と答えればよいのか分からなかった。『私は泉鏡花です』と答えればいいのに真っ赤になった顔ははくはくと水を失った魚のように惨めらしい姿だった。恥ずかしくて更に縮こまった鏡花にナオミはくすくすと笑いながら「この子は泉鏡花さんと言うのよ、#名前2#さん」と教えた。自分で紹介したかったな、と少しだけ寂しさを感じた。 「では鏡花さん、一緒に紅茶飲みませんか」 セヱラァ服から伸びた手には1本の薄ピンクの引き攣った傷がついていた。 「この紅茶、友人から貰い受けましたのだけれど万人向けすると思いましたのでナオミさんにお渡ししようかと思いましたの。ついこの前会ったときに外国人向けの紅茶がないとおっしゃられていたのでどうかな、と。だけど、探偵社の皆様のお口に合わなかったら出すのも嫌でしょうからこうしてお茶会を開くことにしたんですの」 「#名前2#さんにはいつもお世話になっちゃってごめんなさい」 「いいんですの、わたくしナオミさんたち探偵社の皆様に助けてもらったのにお礼をあまり出来なかったので小さなことですがきちんと返していきたいんです」 鏡花は#名前2#とナオミの間に挟まってどうしようかと思った。目の前に置かれたティーカップからはさきほど嗅いだ匂いがしている。フワフワとして甘い匂いだ。 これはもう飲んでいいのだろうか。お茶会って普通は何するんだ。 鏡花の頭がぐるぐるとしている一方でナオミと#名前2#は菓子の準備をしていた。乱歩に教えてもらったやつではなくて、もっと洋風のそれらだ。クッキーは香ばしい匂いをさせていた。 お茶会は不思議なものだった。くだんの紅茶は美味しい。これならたまに飲んでみたいかもしれない。お金を貯めて1缶買えば何日も保たせられるだろう。クッキーも美味しかった。甘酸っぱいジャムとバターの味が口の中で解けるように混ざり合う。ナオミの手作りだというそれらはとても素朴でなんだか包まれそうな感じだった。 「そういえば、今日はお付きの人はいないんですの?」 「ええ…。メイドたちは今日、行きたい所があるそうなので行かせてやることに」 お嬢様にはお付きのメイドがいることが当たり前らしい。不思議な世界だ。やはり鏡花とは一線が画される。鏡花はつきりと傷んだ胸に気付かないふりをした。 #名前2#はその時どうしようか、と思っていた。絡んできた男たちはまるで頭の悪そうで世の中を舐めてかかっているようで、#名前2#は吐き気を覚えた。 「ねえねえ、暇なんじゃないの? いいじゃん、ちょっと楽しいことするだけだよ」 「そーそー! タノシイことね!」 自ら努力しないで人におんぶに抱っこで生きているようなこんな男たちは大嫌いだ。それに、ひとつ問題があった。#名前2#は男という存在が苦手だった。だから今日も社長以外がいない時にナオミのもとにやってきてお茶会をしたのだ。掴まれた腕から汚泥が#名前2#の胸に這い上がってくる気色がする。離れろ、離れろ…! 「あれ? なんか、顔が……」 自分では気づかないほどに顔が歪んでまるで醜女のようにひび割れていく。男たちが怖さに手を離そうとした瞬間、彼らは#名前2#の視界から消えた。あ、と呟いた言葉は誰のものだったのか。#名前2#は息をついて地べたに座り込んだ。紺色のスカートが砂利にまみれた。助かった。素直にそう思った。 「あなたは意外と阿呆なのですね」 鏡花は思わず口に出していた。男が苦手なら最初からそう言えばよかったのだ。なんでメイドがいないことは言えるのにそのことは言えないのだろうか。 言ってくれたらナオミだって、今日初めて会ったばかりの鏡花だってきちんと駅まで送っていったのに。 鏡花は先程までのあの遠慮はどこかへ放り投げて#名前2#の腕を何の気兼ねも無しに握りへたりこんだ#名前2#を立ち上がらせた。鏡花よりも少しだけ高い身長を今だけは良かったと思えた。#名前2#は涙を今にも流しそうだった。 「わた、わたくし…! こわくて…!」 「大丈夫。ちゃんと送ってく」 鏡花は泣きじゃくる#名前2#の手を握りしめて歩き出す。白魚のようだと思った手は小さな子どもと変わらなかった。鏡花がただ#名前2#を遠ざけただけだった。 #名前2#は泣いたまま鏡花の手を握りしめる。何かを聞かなくてもこの手からその気持ちは伝わる気がした。