純情を忘れられない貴方へ
最近変な夢を見た。というのも、俺の大切な上物である石切丸が現世にいるという夢だ。近侍固定のままに1番にカンストさせたせいなのかどうか今度ちゃんねるで聞いてみようと思うがまあそんなことがあったのだ。石切丸はどっかの神社にいて境内を竹箒でざかざか掃いていた。いつもの薄抹茶みたいな着物じゃなくて神社らしく白に青の袴だった。うわ、俺の石切丸イケメンすぎかよと思いながら俺はその光景をどこか既視感のもとに見ていた。そこに現れる1人の男子生徒。高校生か中学生かそんなもん。石切丸と少し話してまたどこかへ行ってしまう。そこで俺は目が覚めたのだ。 「起きたのかい?」 石切丸がその朗らかな顔をぽくぽくと朱に染めて俺の上体を起こさせた。手を怪我してから石切丸は今まで以上に俺に付き添うようになって今じゃおはようからおやすみまで全てこの刀剣に任せっきりのような感覚がある。いや、元からつきっきりではあった。今は口実があるからこうやって表立っているのだ。今日の夢はまた夜寝る前にアラビアンナイトのごとくお伽話のように仕立てて話そう。 今日の日記に書くことは、裏だっていた時の石切丸だ。ちなみにこの日記は閲覧ロックされたパソコンで行われている。 石切丸の朝は早い。ほかの本丸よりも随分と早い。朝3時頃には山伏と共に起きて祈祷をする。祈祷用の部屋は道場にわりと近いところにあるので毎朝2人は掃除をしてホコリをとってから行動を始める。戦場でもそれくらい真面目に仕事をしてほしいが石切丸は戦場に出るとこれでもか、という程にシビアに指揮してさっさと本丸に帰ってくる。たまにうちはグレー本丸と呼ばれるがその原因は俺の石切丸だ。 さて、うちの祈祷は毎日きっかり2時間相当な集中力をもって行われる。集中力というのは計り知れない。石切丸にとってはものの5分程度らしく午前5時40分頃に起きる俺のためにのそのそとやってくる。 「おはよう、主」 「んー、はよう」 俺は朝は弱いのだが最近は仕事が入りすぎて6時前には起き上がる体に改革された。悪いとは言わないが目の隈は段々と酷くなっていることは否めない。布団に入って5分もしないうちに寝るのはどうやら睡眠不足の証拠らしく薬研に「毎日気絶してんのと同じじゃあ疲れもとれねーぞ、」と釘をさされてしまった。話がそれた。俺は朝起こされてまず着替える。刀剣たちも増えた今寝巻きのまま彷徨くのは長として示しがつかないだろうという初期刀の歌仙の意見に従った。 長という自覚があまりないのだが、歌仙に「石切丸が破壊されるのは嫌なんだろう?」と言われれば俺は従うしかないのだ。俺にとっての魔法の呪文はテクマクマヤコンやちちんぷいぷいとかじゃなくて「石切丸が破壊されるのは嫌なんだろう?」だった。石切丸は俺の恋仲である。さすがに人ではないので彼氏だとか恋人だとかは言えないがまあ細君だとか背の君だとか言おう。俺は学がないので南蛮語よろしくシュガーだとかマイディアとか言うほうが楽なのだが石切丸には発音以前に聞き取ることが難しそうなので我慢している。実をいうとハニーとかそんな感じで呼んでみたい。 そう、それで。石切丸は俺の細君サマなのに俺に遠慮している節がある。実態は1歩下がった良妻賢母ではなく50歩下がった守護霊(ストーカー)だ。隣においで、と言っても中中来てくれなかった。しかもアイツときたら俺のものをまあ盗む。盗まれていた当初は俺も腹を立てていたし、代わりに入れられていた新品のボクサーパンツなど有り難くなかったので突っかかったりしたこともあったなあ。 ただそうやって突っかかったとき、石切丸は苦しそうな悲しそうな我慢したような顔をしていた。俺は怒っていたのでそんなのには気づかずにいたのだがある時しびれを切らしたふうにして次郎太刀に叱られたのだ。 『主ってば気付いてないのかい? 石切丸は、ずっとずっとあんたを待ってたんだよ! そのせいで今はちゃんと喋りに行けないだけさ!!』 あの時は俺はもうポカンとしたんだよな。何言ってんのかわからないし、ずっとってどーゆーことだ、とも思った。それで、ちゃんと話し合いすることにしたんだった。 「石切丸、話をしよう。2人で、ちゃんと心の内を話すんだ」 俺が珍しく長らしく動いたもんだから歌仙はかなり驚いていたようだったが俺だってこれくらいは出来る。まあ雰囲気だけだが。末弟には兄らしく振る舞うことは出来ないもんだ。 「君のことは一目惚れだったよ。顕現されて、すぐだ」 「そうだったのか?」 「ああ」 石切丸はその一目惚れ以来、俺にずっと付いてきた。でも話しかけるには勇気がいる。1歩を踏み出す勇気がもてないままにずるずると日々が過ぎて俺から告白されたんだとか。 「あの時は自分の妄想が出てきてしまったのかと、……本当に、この世界をまるごと疑ってしまった」 付き合ってからもやっぱり勇気が持てず、前よりももっと恥ずかしさがもつようになって。でも、一緒にいたくて。色々と盗んでいたらしい。 「すまない、私はまだ臆病者なんだ」 そうやって笑う石切丸は今にも壊れちまいそうで俺はとてもじゃないがその臆病加減が治るまでこれからも待ってやろうなんて気になれず石切丸をそのままかき抱いた。 「石切丸、一緒にいよう」 「え、えっ、……ぇぇえ?」 「荒療治だろうけど、一緒にいりゃあ慣れる。から」 本音は俺が石切丸不足で本当にダルな時間を過ごしまくってて書類作成を手伝ってくれる長谷部や歌仙に怒られたからなのだが、これで俺も石切丸も長谷部たちもみんなハッピーになれる。 「な、一緒にいよう」 石切丸はその柔らかい顔をひくっと赤らめて両手を頬に当てて頭を下げてしまった。真っ赤な顔はちゃんと見えたし、靱を持った黒茶の髪の毛から隠れ見える耳はそれはもう真っ赤で嫌がってはないんだなーとどこか遠いことのように思ったんだったか。 「石切丸?」 石切丸は声にならない叫び声をしこたま挙げたあと、俺の方を向いた。振り乱れた髪の毛と涙ぐんだ顔とまだ赤さの引かない肌はえろっちい。うわあ、キスしてえとは思ったがこの刀剣男士は力づくでやると倍以上の力で押し返してくるので俺の方が危ない。許される線引きというものを俺が見極められるようになるまでは我慢だ、我慢。とか思ったよ、最初はさ。でも無理だったよ。普通にキスしようとして普通に殴られて俺は気絶してその日を終えた。 あー、こうやって見ると古傷が……。痛む肩をさすって仕方ないことだったと割り切って……割り切……割り切れないな。 「主、こっちを」 そっと伸ばされた手が俺のほっぺたを撫でてスプーンを差し出してきた。石切丸には「あーん」とか言うような考えはないので匙を出してやってる、としか考えてないんだろうなあ。もぐもぐと咀嚼して「んまい」とだけ頷いた俺は今日もやっぱり付き添いこそあれど夜は1人寂しく寝るんだろうなあとため息をついた。 石切丸と枕を交わしたいという思いはあるが歌仙曰く風情がない、と叱られ今剣には「まだ和歌も出してないのに手を出すんですか?」と何気に上手いけど俺の心をぐっさりとえぐる言葉を言ってきたのでまだ歌の勉強中だ。 あーあ。今夜はパンツが無くならないと有難いんだが。 彼はきっと昔に自分に会ったことなど覚えていない。まだ彼は幼い童だったし、その時の主は彼を八百万の神様の1人だと思ったらしく比古という名前を付けてかわいがった。主は老齢でもう布団から出るのも大変だったのに彼…比古が来ると嬉しそうに「比古。比古や。こっち来」と呼ぶ。彼も嬉しそうに笑いながら布団に駆け寄るんな光景が私達には嬉しくてどこか切なくてずっと見ていた。いつしか主は老いのもとに沈み草葉の陰へとその体を埋めた。私たちの本丸は解体され、皆刀解されることになったのに。 「…あれ?」 私は気づいたらとある神社の神主の体を乗っ取っていた。もはや悪霊になってしまったのではないか、と思ったら本霊様の声が耳に響かせ申し上げた。 「比古を、頼みますよ」 それからの日々は辛くも楽しかった。人の体は上手く動かせないし、この神社から本丸に来ていたらしい比古は私に泣きついて「おじいちゃんや皆に会えなくなっちゃったよお、どうしよう!!」と叫んだ。涙をぐすぐすと流しながら私達を思ってくれる彼が嬉しくて私は人の体で初めて涙を流した。彼を守ろう。そう思っていたのに。 「おーい! 三条さん!!」 「やあ、#名前2#くん」 私は一番してはいけないことをしてしまった。彼の真名を知った時私は願った。#名前2#が審神者になればいいのに。と。その願いは本霊に聞き届けられ、彼には前には見なかった霊力が沸沸と体から湧き上がっていた。清新なその気は惚れ惚れとするほど美しく初めて見た私は赤面した顔を隠すことが出来なかった。どうしてこの時代の神主たちは扇を持っていないのだろうか。持っていたとしたら絶対に使うのに!! 「聞いて聞いて、俺ね! なんと、審神者適性試験に受かったんだ!!」 開いた口が塞がらなかった。彼が審神者になってしまう? そう考えてようやく自分は彼をこの街から追い出そうとしていたのだ、と気づいた。審神者の話など#名前2#にすべきでなかった。審神者になってほしいなどと思うべきでなかった。 今となっては後悔しかなく私は震える声で「夢が、近づいたね」と笑った。 #名前2#はもうあの幼き頃の、比古であったころの本丸に来た記憶を夢だと思い込みそしてそれが正夢だと信じている。お爺さんになるまで自分は審神者の仕事を続け、そして緑の君に会うのだ、と。まさか自分が彼の初恋の人などと思っていなかった。よく近侍として控えていたから懐かれているだけなのだ、と。そう考えていたのに。 私は自分で思っていたよりも我が儘な付喪神だ。 本霊様に私は頼み込んだ。#名前2#の元に生まれたい、と。彼の元で顕現されたい。それだけで私はこの一生を終えてもいいと。 私の強い願いに本霊様は条件を出した。私がこの体で良しと言われるまで得を積め、というものだった。それまでに#名前2#の本丸に違う大太刀が来たらこの話は反故となる。それでもよいか、と言われて私はすぐさま是、と答えた。迷っている暇に大太刀が来られては困る、とそう思った。 そうして。私の願いは叶えられた。 「石切丸と言う」 初めての言葉は震えた。待ちに待った彼が私の本体を手に立っていた。何十年も前から見慣れた鍛刀場。私は鍛刀されたのだ。#名前2#…いや主の霊力が全身にみなぎっている。刀剣男士としての2度目の生はこうして色鮮やかにはじまった。と思われたのに。現実はそうはうまくいかないものなのだ。 目の前に悲しそうに、たたずむ主の背中を見て駆け寄れない自分が苦しい。鯰尾くんが主に近寄って話を聞いている。恋人なのにその立場をゆずるなんて……なんという悲劇なんだろう。