世紀末的初恋

 #名前1##名前2#は服部平次、遠山和葉の第2の幼馴染みだと見られていた。#名前1#は服部、遠山家ほど家族ぐるみで仲がよいという訳ではなかったがそれなりに有効な関係を築いていた。平次、和葉にとっては#名前2#は年上のあまり頼れない男の人という印象だったが。  #名前1##名前2#はまあ、これといって顔がかっこいいわけでも身体能力が高いわけでもない男である。特技といえば、父子家庭だったためか家事能力が高いということぐらいだ。それ以外は冴えない男。大人からしたら達観しているだけの何も出来ない少年だった。家が近かったため平次や和葉と仲良くなったが、近くなければ何の接点もなかっただろうと思う。  #名前2#はよく「平次は和葉とお似合いや」と似合わない関西弁を使いながら平次と和葉を褒めていた。褒めていた、とは#名前2#の主観であって言われていた2人にとっては嬉しくない言葉だった。平次や和葉が否定しても「そない照れなくてもええんやで」と#名前1#はニコニコして取り合わない。平次の必死な弁解は中学まで行われたが、やはり意味はなく#名前2#は結局、平次たちとは離れた高校に進学した。平次の無意味な片思いが失われることがなかったのはある意味で残酷だった。 「脈なしやな、平次」 「………うっさいわ、アホ」  和葉の慰めを適当に振り払い、平次はぐだんと窓に寄りかかる。今日は久々に#名前2#が大阪に帰ってくるそうなので会いに行く日なのだ。久々にメールをしてみたが、適当な返事ばかりだ。そろそろスマホに変えろとは何回も言ってるのにアナログ人間の彼はガラケーが精一杯らしい。RINEの方が便利だと言っているのに彼はどうにも性にあわないようだった。  平次がなぜ#名前2#に惚れたのか。最初は頼りない、つまらないと思っていたのに。これは面白いことに和葉に関係があった。 「和葉、俺はなぁ、誰かを好きになっちゃアカンのやと」 「なして? なして好きになっちゃアカンの?」 「オトンはなぁ、好きになっちゃアカンやつ好きになったと。せやから、俺は誰かを好きになっちゃアカンのや」 「……難しゅうて、あんちゃんの話分からへん」 「はは、せやったか。そら、すまんのう」  和葉はその時には全く知らなかったのだが、ませていた平次は母親から話を聞いていた。なぜ#名前1#家が父子家庭なのか。なぜ遠山家も服部家も微妙な関係を保ち続けるのか。答えは簡単な話だ。#名前2#の父親がゲイセクシャルだから。その噂はこの町内に既に広まっていて、ゲイの息子が誰かを好きになったらまた嫌な噂が広まってしまう。そのため、#名前1#という男は自分の息子に「誰にも恋するな」という釘をさしたのだ。 「男の子は男の子好きになっちゃアカンのやて」  和葉と分かれたあと、平次は#名前2#がぽつりと言った言葉を聞いてしまった。そっと横顔を見るとその目はどこか遠くを見ていた。誰を好きになったのか分かってしまった。叶わない恋なのだろうな、と思った。初恋は叶わないという。平次は恋と思った時には失恋していた。  失恋したと思っていた。だが、それは違うかもしれないと思う事件があった。事件、と言うにはあまりにも軽い出来事だ。まだ中学の時の話だ。剣道部に入っていた平次と#名前2#は合宿所の大部屋で雑魚寝をしていた。汗臭い空間に、男達の足の臭さやデオドラントスプレーの臭いが混ざってひどい部屋だったが部活の合宿の醍醐味だとみんな騒ぎながら寝ついた。平次が#名前2#の隣を陣取ったのは偶然ではなく努力の結果である。その晩、眠っている時に平次は誰かに手を握られた。ん?と思った瞬間には唇が落とされていた。#名前2#がひとり着けていたトリートメントの匂いがした。薄目で見てみると、#名前2#が布団の中にまた潜り込む姿が飛び込んできた。ああキスされたのだ。幸せだとか、嬉しいだとかそういった気持ちよりも#名前2#だって「そういう気持ち」があるのだと思ってしまった。彼の心は父親に縛り付けられたままではなかったのだ、と。  そんな事もあって、平次は#名前2#のことを未だに好いたままだ。諦めが悪いといえばそこまでだが、#名前2#が変わっていないのならまだ勝機はある。粘り強く待っていればいいのだ。  久々に会った#名前2#は相変わらず冴えない顔をしていたが、身長は伸びたらしい。「のっぽやな」と笑うと彼も笑う。「平次はかっこようなったな」と言って頭を撫でる。幸せだ、と素直に思う。だが言葉に出てくるのは「当たり前やろ。そん目節穴とちゃうん?」とひねた言葉だった。 「……せやな」  また、やってしまった。こんなこと言えば、#名前2#は切なさそうな顔をするのは分かっているのに。 「………平次、どっか行こか。久々に」 「……どこ行くんや」 「あじさい公園はどや?」  昔、よく3人で遊んでいた公園の名前だった。嫌な予感がする。嫌だ、と言いたかったのにひねた口は「懐かしい名前やな。今更、昔話でもするんか?」と挑発のような言葉を吐いていた。 「そうだよ。昔話だよ」  #名前2#は笑っていなかった。 「久々だ。ここに来るのは」  関西弁ではなく標準語。今までの違和感が消えてすごくしっくりときた。#名前2#は平次に背中を向けたままだった。かぐや姫を連れていかれた時、育てた老人たちは大層ショックを受けただろう。でも、どこかへ行きそうだというのはその人を見てれば分かるものじゃないだろうか。今の、#名前2#のように。 「俺さ、今度日本を出るんだ」 「……」 「西の高校生探偵のことだから気づいてただろうけど俺、父親の血を継いでるからかな、ゲイなんだよね。日本にいたらやっぱり偏見の目が多いしさ。国籍を変えるんだ」 「……どこ行くんや」 「それは言えない。……ごめん、秘密にしとかなきゃ出ていく意味無いだろ」  それはそうだ。聞いた自分が馬鹿だった。自嘲気味に笑うと#名前2#は顔を歪めて「俺がいなくなるのが嬉しいのか」と断定するように聞いた。 「んなわけないやろ」  そう言ったつもりだった。口は動いてくれなかった。 「せやな。せーせーするわ」  ちがう。ちがう。口を抑えてももう遅かった。#名前2#は泣きそうだった。泣きたいのはこっちだ。 「………。日本人としていられるの最後だから言わせてもらうけどな。俺は、お前が好きだったから」  だから幸せになれよ。和葉と仲良くな。  ずるい。そんな言葉だけ残してどこかへ行くなんて。いつもなら冴え渡る推理脳も使い物にならない。 行かないで。 声は出てくれなかった。 「好きだよ、平次」  そう言いたかったんだよ。だけど嫌われるかもしれないと思ったら言えなかったよ。  お前に近づきたくて関西弁も練習した。父さんは関東の人だったから関西弁を覚えるのは大変だった。未だに板についてないって言われてたし、お前も違和感思ってたと思うけどよく我慢してくれた。  好きな人の幸せを願えればいいなんて綺麗なことは言えないからな。和葉とお似合いだって自分に言い聞かせてた。否定する姿は嬉しかったけど、俺の知らない女の子と付き合うのかもって思ったらひどく苛立ってな。和葉なら俺の中では許せるんだ。何様だよって話だけどな。  俺が平次のことを幸せにする人だったら良かったのに、俺の心は生憎と持てば持つほどお前を不幸にしてしまうからお前の前から消えることにした。結婚式には呼んでくれとか面倒臭いこと言わないから、せめて俺のことを頭の片隅1ミリくらいに置いといてほしい。お前のことが好きでしょうがない馬鹿な男がいたってそとを、忘れないで欲しい。