裏があってのおもてなし

 目の前で、泣きながら畳に頭を擦り付けるこの脆弱な男は誰だろうか。 「すまない、許してくれ、長谷部ッ…!」 なんで俺の名前を呼んでいるのだろう。俺は、主と話をしたくて。 主、あれ、主はどこに…… 「俺が悪かったからっ……!!」 ああ、これが、 「俺のあるじだ」  へし切長谷部の主は弱い人だった。そして心根が折られていてまるで誰かを信じようという気配のない人だった。綺麗なものほど信じないのが彼の信条で、近侍は初期刀の山姥切国広で固定されていた。だが、彼は布を被っていようとも綺麗な刀であることに違いなく主の元に行く時はイスラム教の女のように布を顔に巻き付けて目だけが表に出るようにしていた。それでも主の機嫌が悪いと嫌がられて食事をとらなかったり物を叩きつけられたりとしていた。次の日、主は謝る。すまなかった、山姥切国広と。それは主が唯一刀の名前を呼ぶ瞬間。山姥切国広にのみ与えられた特権だ。なので、山姥切国広は主から与えられる生傷を気にしていなかった。俺を刀と認める唯一の時間だからな、と言う彼に嫉妬しないものはいなかった。だが、そこで行動するほど刀たちは主について知らなさすぎた。  本丸にはあまり刀はおらず、戦果はいつもギリギリだった。手入れは惜しみなくされるし、山姥切国広の口を通じて褒めてもくれる。食事も風呂も睡眠もとらされて、そして……虚しい日常を送る。主は山姥切国広を呼び、前日の夜に整えた本日の予定を渡してまた仕事につく。刀たちはその紙に書かれた指示を山姥切国広の言葉で聞いて動く。それだけのこと。……それだけで満足できるか?  ある時、長谷部はついに行動を起こした。ただ主命が欲しかった。主命を貰える間は自分はこの本丸の刀であると、そう思ったのに。 「……なら、俺の前から消えてくれ」 え? 「お前みたいなやつを見るとな、イライラするんだよ」 何を言ってるのですか主。 「綺麗なかんばせで人に近づいてもてはやせば俺が下にくだるとでも思ってんのか?」 俺はそんなこと考えてなんか、 「お願いだから消えてくれ。顔も見たくない」 心のどこかで『やってしまった』という声が聞こえた。  主のことを分かっていた気がした。勝手に主のことを決めつけていた。だけど、優しいところがあると俺は知っているのだ。懐から取り出した金平糖の袋を妖精たちにあげているのを見てこの人は審神者という職が嫌ではないのだと知った。鍛刀してもその成功率が少ないらしいのだ、この審神者は。つまり、新しい刀剣男士が呼び出せないのだ。なので、この本丸には太刀も打刀も脇差も短刀も最低2振りぐらいはいて、それ以上がこない。主はそれを気にやんでおられた。長谷部の中でそれが知られた時に思ったことは、なんといじらしいお人なのか、という感慨だった。今までの虚しさが掻き消えて、この人のために尽くそうと思えた。刀としてこれから頑張ろう、そんな時に特設ステージが開かれた。 京都、市中。時間が夜に固定されており、打刀や脇差、短刀で潜り抜けるステージだ。長谷部も打刀であったし、その機動の高さから投石兵を持たされて出陣した。結果は惨敗。高速槍、と審神者の中で噂のその敵に長谷部は勝てなかった。 山姥切国広が報告に言った際に、わざとついていった。山姥切国広は戸惑っていたようだが、兄弟の堀川国広に言われて何も言わなかった。主の部屋の襖が開かれて、必死にひれ伏し、謝った。だが審神者は山姥切国広しか見ていなかった。 「報告は?」 「ここに」 「………やっぱり槍か。何とか、は出来ないからな。レベル上げしかないだろうな」 「………」 頭を下げ続けたへし切長谷部を審神者は無言で見つめたあと、何も言わずに襖を閉めた。その拒絶が長谷部にヒビを入れたのかもしれない。  へし切長谷部は審神者にとっていらない刀なのだと思い込んだ。また下げ渡されるのではないか、折られてしまうのではないか、山姥切国広は誰の味方なのか。訳が分からなくなって終いには刀装をつけないまま市中へ出陣してしまった。当然、初戦撤退。すみません、主と繰り返し呟かれる声を審神者は無視して手入れをし続けた。 その日以降、へし切長谷部の出陣の回数はめっきり減った。  強硬手段として、審神者の部屋に押し入った。誰もが寝静まった時間、草木も眠る丑三つ時。そこで長谷部が見つけたのは脆弱な審神者だった。  刀数が少ないこの本丸では遠征に行かせるのにも一苦労だった。資源の回収が効率よくできるステージはレベル制限のために行けなくなっている。その他のステージでは回収した分が手入れに回るのでこの本丸にはあまり残らない。長谷部が腑抜けたまま出陣を繰り返していたら、おそらく本丸の資源はとっくのとうに狩り尽くしていただろう。泣きながらそんなことを語った審神者にへし切長谷部は羞恥心をもった。多面性を見せた弱々しいこの審神者はずっと審神者業を辞めたがっていたのだ。それに気づかずに長谷部はなんと苦役をしいたのだろう。 審神者は涙を流しながら長谷部の横に座って話を始めた。へし切長谷部の不穏な空気が消えたのと同時に、審神者の緊張の糸も切れて先程までずっとわんわん泣いていた。いい歳した男が、と思われるかもしれないが彼はそうやって辛いことを押し込めて過ごしていたのだ。 今から聞かされるのは、山姥切国広すらも知らない審神者の秘密だ。 「俺っ、本当は審神者なんかやめたいんだ……。イケメンな奴らも嫌いだ。俺を虐めていた奴らにそっくりなんだよ。綺麗な顔してやることはえげつない。俺を騙してポルノビデオに出演させた。未だに怖いんだよ、刀って。みんな綺麗な顔してるから。 ………ごめん、お前達は何も悪くないんだ。その顔も、ここに刀剣男士たちが少ないのも。お前らのせいじゃないんだ。でも、心がついていかない。だから、辞めたい。人と会わなくてもいい、って言うから審神者業をやってたけどここじゃあ俺がどんどんダメになるから」 「………」 「今日なんかへし切に直談判だ。……もう、潮時だろ」 「………だからァ? 俺ごときの、俺ごときの意見でそうやって自分を折られるのですか」 「は、」 「貴方が何を怖がっているのか知りませんが、そうやって内に溜めていたら戦うものも戦えませんよ。顔が嫌ならそう言えばいい。資源がないならみなもっとやり繰りします。刀剣男士が呼び出せないならそれは、それで構いません!」 「いや、そこは良くないだろ……」 「構いません。だって、ここまでやって来たのでしょう? ここまで主の采配でやってこれたのです。どうしたこの後を進めないなどと思うのですか」 「………」 「前を見ましょう、主」 あと、俺のことはへし切ではなく長谷部とお呼びください。 付け足した言葉に審神者はふはっと笑った。最後にそれいうかぁ、と笑いながら涙を貯めた目をこする。 うん、頑張ってみるわ。 はい。  へし切長谷部の主は弱い人だった。そして心根が折られていてまるで誰かを信じようという気配のない人だった。だがそれはもう過去の話だ。 今の主は、刀剣男士との距離を計り兼ねる不器用な人なのだ。