痘痕とレモン果汁

 夜食を食べるのはもはや癖になっている気がする。徹夜して眠たい体を無理やりに動かして壁にぶつかりながらなんとかキッチンに向かった。サーヴァント向けの大きなコンロではなく個人で使えるタイプの小さなキッチンにカップ麺とレンジでチンしてお湯を沸かすタイプのカップを用意して準備はOKである。後はこのまま眠たい頭を持ち上げて待っていればいい。そう思っていたのに。ぬぅっとサーヴァントは現れた。突如として現れてそしてそのまま俺の首を掴んだ。痛かった。眠たい頭に鋭い痛みが走って体が緊急事態発生と教えてくれる。綺麗なシンクには褐色の肌と赤い服が見えた。「え、エミヤさん」声が震えていた。怖かったのもあるし痛かったのもあるし多分眠かったのもある。エミヤさんは「夜食かね?」と聞いてきた。その声はいつも通り柔らかいのに首だけはずっと掴まれている。いつも武器を握って包丁を握って人のために何かしている彼の手が俺の首を掴んでいる。 「はい、」  声が震えていた。サーヴァントは英霊であるが、その存在は確実ではない。嫌いな人がいればすぐに殺そうとするし、人間と力が違いすぎてどこで人が死ぬかも分からない。強固な怯えは鎖となって自分を縛る。いかに藤丸候補生が「彼は良い人だよ」と言っても自分と藤丸候補生は違う存在なのだから同じカテゴリーにいなければ敵認定されても仕方ないのだ。 「……こんな時間に、こんなものを、食べていたら、体を壊す」  ぴっ、ぴっ、と指で示されてなんだかその指から何か出てくるんじゃないかと怖くなった。そう、この前徹夜明けでスタッフ数名と見た触手映画のような。勝手に想像しただけだが勝手に気持ち悪くなったので俺はすみませんと強硬手段でカップラーメンを放置して自室に戻った。腹が減って仕方なかったが寝るしかない。スマホも放り投げて俺はベッドにくるまった。  翌朝、机の上にコーヒーと「怖がらせたいわけじゃないんだ」という手紙が置かれていた。唾を思わず飲み込んだ。あのサーヴァント、もしかして俺の部屋に勝手に入ったということだろうか。眠りの浅い俺に気づかれないで? マジで?? 怖さがマックスになって俺はさっさと部屋を出た。コーヒーは申し訳なくて腹が受け付けない、と他のスタッフに飲んでもらったが丈夫なやつなので大丈夫だ、と思いたい。今自分がやってることがなかなかに最低なことは分かっているのだがそれにしたって昨日のことと言い俺は疑り深くなっていたのだった。  いつも通りとはいかないもののレイシフトを完了してぼうっとデータの塊を見ていた。どこか異変が起きないかピリピリするよりも全体を見回せるように気を抜いたほうが良いというのが俺の仕事の考えである。勿論合う、合わないがあるので俺一人がこんなことをしている所を見られるとまあサーヴァントたちのやっかみがひどい。だったらお前らがやってみろよ、と言いたくなる。ダ・ヴィンチなんかは「サーヴァントとマスターの絆は特別だからね」と言うが、特別な絆でクレーマーになられたら困る。 「おい、眠いのか」 「……いや、大丈夫だ」  隣からの声にデータを見ながら返事をする。ここで少しでも目を離したときに何かあると困る。後悔するのは自分だ。 「ほら、飲み物持ってきたから」 「…ああ、ありがとう」  差し出されたそれを受けとった。俺がこの状態になっていると誰か世話を焼いてくれるのはいつものことだ。ミルク多めのコーヒーだ。仕事中ぐらい牛乳飲みたい!と騒いだためである。飲んだ瞬間まずすぎて思わず吐きそうになった。だが目の前にある機械に出すわけにいかない。吐き気をこらえて必死に一口だけでも、と飲み干した。ありえないえぐみがあった。何だったのだろう、今のは。 「おい、このコーヒー用意したの誰だよ」 「え?」  俺の隣にいたやつはどちらも知らない、と言った。しかも二人とも女性だった。俺が聞いたのは男の声である。おいおい、一体何が起きているんだ。急いでキッチンに向かいコーヒーを流しに捨てた。ちょっと、とブーディカに叱られたが流れて行く液体を見て何か勘付いたらしかった。 「ねえ、今の飲んだの」 「……お前らの大事なマスター帰らせなきゃだろ、機械にかけないように精一杯だっての」 「……。そう、ごめんね。えーっと、弱体解除でしょ。あ、ちょうどいい所に! サンソン、ねえ、お願いしてもいい!?」  突然大声を出されて驚いたがサンソンは俺を見るとつかつかと近寄って「何が起きてる?」と聞いた。 「あたしも分からないんだ、#名前2#がコーヒー捨てたと思ったらそこに仕込まれてたみたい。一口だけどでもでっかいダメージだろう?」 「この人はサーヴァントじゃなく人間だ、消耗が激しすぎる」  いやそんな会話してるうちに俺は倒れそうなんですけどね、と。投出してしまった仕事を思い返しながらそんなことを思って俺は倒れた。  あのコーヒーに入っていたのはエネミーの毒らしい。サンソンのスキルで俺を助けてもらい、そのあと倒れた俺を介助するようにナイチンゲールとアスクレピオスのいる医務室へと運ばれたらしかった。と言うのも、それを教えてくれたのはあのエミヤなのだ。食べやすいように、とパンがゆを作ってくれた。俺が普通のおかゆは嫌いだ、とどこで聞いていたのだろう。ナチュラルに「君はこちらの方がいいと思ってね」と差し出してくれたのだ。 「うまい」 「それはよかった」  エミヤは俺にナイチンゲールたちの診断を伝えると安静にしていてくれ、君が倒れたということでスタッフたちは大慌てだったぞと苦く笑った。俺だって好きで倒れたわけじゃねえよ、と思ったが黙っておいた。  エミヤは部屋を出てはぁーーっとため息をついた。バレてはいないらしい。 「完食した、か」  彼のために作ったのでもちろん完食してほしいという気持ちはあったがあのカップラーメンの時のことがあったので心配だったのだ。謝罪のために用意したコーヒーも他の人に流されて腹が立った。ならば。自分の食事を必ず食べなければならない状態になってしまえ、とそう思った。毒をひそませたのはある種の賭けだったがきちんと成功した。弱っている彼を見てぞくぞくと気持ちが高ぶった。この弱った男を助け、回復させて、そうして食事を与え続けるのだ。彼の身体の隅々まで自分で作ったとわかるように。  そうなればいいのに、という理想論ではない。これは、確実な未来だった。