キャッチャーインザインポッシブル
人に好かれるための努力を馬鹿にするわけじゃないがそれで自分を見失ってしまったらそれはもはやなんの意味もないと思うんだよ。ベンジーがわざわざ試験にパスしたのはイーサン・ハント、つまりお前に憧れたからだって俺はちゃんと本人から言われていたんだ。それを聞いて「ああ、そうなのか。行動派ギークめ、くそっ!」と思ったのは確かだぜ。ずるいとも思ったな。俺は根性無しのまま一生を過ごすと思ったのにベンジーは紐なしバンジーに突っ込んだんだ。そして奇跡の生還…って言うのは失礼か。けろっと帰ってきた。それでも俺はベンジーが何をするのもただ見守っていたよ。……はいはい、ストーカーだなんだなんて勝手に言ってくれよ。俺はただ見てやりたかっただけだよ。あいつってば手を貸せば怒るし、褒めてやらなきゃ拗ねるし、いつも自分のパワーをみんなの為に使ってやろうとするし、なんだそれって思う時あるけどそんなベンジーを見てるのが好きなんだから仕方ねーだろ。 ああ? ああ、この『好き』はライクだよ。 ローマの休日って知ってるよな? ローマ法王の休日? 俺はそっちの方が知らねえや。ヘプバーンの演じる王女が街にひとりで出ていくと思うか? もちろんお目付け役がいたのさ。俺はな、そーゆーのになりたいんだ。話がわからない? ……お前らはライ麦畑でつかまえてって知ってるか? ああ、ならよかった。つまりはそれさ。ライ麦畑でとんがった崖から落ちそうな子どもを助ける係だよ。俺はほんとに困ってどうしようもなくなるようなベンジーだけは助けてやりたいんだ。だってそこしか俺はあいつに触れない。え? 分かんない? だからぁー、ベンジーに勝手に手を差し出しちゃいけないってこと。イーサンだって同じだろ? へたに手を出されたら足手纏いになる。そう思ったことをお前がなくても周りは思うの!! アイツに俺は何度も助けられてきたからな。まあ、あいつは知らないだろうが。……知らねーよ、確認してみろ、気づいてないから。俺が勝手に救われたでいーよもう。 ……おいおい、ルーサー。まさかライ麦畑でつかまえてって知らないのか? ああ、ならあれだよ。コナンVSルパン。この前の任務終わりで見に行ったろう。あの飛び出てった王女と不二子みたいなもんなんだよ。 「#名前2#は、どんな恋愛がしたいんだい?」とイーサンが聞いた答えがこれだった。#名前2#は僕達が思っているよりもベンジーのことが好きだったみたいだ。酒を沢山飲ませても彼のろれつが回らない姿は素晴らしいな、録音もクリアに行われている。イーサンがこっちを向いてきたのでオーケーだ、と口を動かすと笑われた。読唇術を持ってるこの男はすごいとは思うが気持ち悪いとも思えるほどにそのスキルが揃っているし洗練されてる。怖いやつだ。そんな怖いやつに嵌められて本音をダダ漏れにしている#名前2#は可哀想になるが、ベンジーとの甘酸っぱいティーンみたいな恋愛されるとこっちが困る。尻がムズムズしてやれ! 構えろ! 撃て!と叫びたくなるのだ。 今日は#名前2#のところのチームリーダーであるルーサーを呼んできた。ルーサーもベンジーの落ち込みようが気になってたらしく2言でオーケーしてくれた。パブはいつも通りの喧騒だ。エールビールやギネスビールが宙をとんでいて、俺たちはその下でとりあえず呑む。 ルーサーが気にしているベンジーは今すごいひどい顔をしてパソコンに向かって報告書を打っている。その顔のひどさといったらこっちが気落ちしそうなレベルなのだ。前までの口癖は「やっぱり#名前2#ってすごいなー!」で、今の口癖は「俺もうミジンコよりもカースト低いヤツなんだ…」だ。聞いてるこっちがいやになる。あのイーサンの魔法の喝も効かないので最近は僕の方が表に回ってベンジーが裏方だ。だけど失敗したりするので結局僕とイーサンでなんとかやってきていたのだがその苦労もここまでだ。この話をベンジーに聞かせればIMFでのあの変な空気も変わるだろう。僕はほくそ笑んで録音機を手に滑り込ませた。 俺は#名前2#に告白して玉砕した。もう死にたいくらいに辛かった。#名前2#は無かったことにはしてくれなくて、スマホにはメールや電話が入ってたけど無視してた。俺の気持ちの整理が追いつかなかったんだ。そしたら、いつの間にか#名前2#の連絡は途絶えてた。ルーサーに聞いてみても#名前2#は普段通りにしているという。もしかしたら、俺はもうアイツに飽きられたのか? 俺が、逃げてたから。あいつは俺みたいな冴えない中年を見捨てたんだろうか。 「ベンジー、これ聞いといてくれ」 さらに気落ちしてた俺にブラントはもっと気落ちさせるようなものを寄越した。あいつが俺に気をつかってくれたことも分かるし、これをもっと前に聞いてたら俺の腹はくくれたのかもしれない。今更になって#名前2#が俺のこと大事にしてたんだって言われても俺はもうどうすればいいのか分からない。俺の青ざめて紫になった顔を心配してブラントが「報告はまた今度でいいから家にもどれ!」と本部を追い出した。とたんに降ってきた雨。俺、いま神様に嫌われてんのかも。 家に戻ったらガラーンとしてるから苦手だ。いつも定時に帰れるわけじゃないから物は少ない。(ゲーム機は別としてね) こーゆーところに来ると思うのがひとりって寂しいなあ、だ。1人が寂しいから#名前2#を好きになったわけじゃないけど#名前2#がいたら家も楽しくなるんだろうなあとは思う。明かりのついてない家を見てへへっと笑ったら余計虚しくなった。もう何日も家に帰ってない。というか、振られて泣いてその後は任務を入れまくったからたぶん家の中はすごいことになってる。掃除は面倒だがエージェントとして他人を家の中に入れることは良しとされない。自分でやるしかない。ため息をつきながら明かりをつけるとやっぱり無機質な部屋が俺に挨拶をしてきた。なんだってこのセーフハウスは人と仲良くしてくれないものなのか。べちん、とベッドを叩くとばふばふと布団が動くだけ。虚しさが余計に強まった。 と、留守番電話を知らせる音がした。うちはあまり家に帰れないってのと、誰かスパイがまだ情報を盗みにこないかを調べるためにIMFが留守番電話に録音させて情報を全て調べるというプライベート無視な監視がある。フィールドエージェントになったのだから当たり前っちゃ当たり前なのだが、こいうのは未だに慣れない。録音は基本的にAIの暗号表に入れるので職員にバレてる訳では無いらしいがいい気持ちはしない。(イーサンはもう慣れてるらしい。やっぱりあいつすごい。)うちに残ってる、つまり知らされるのはその他国のスパイじゃないやつだけ。なんの心配もせずにボタンひとつで済ませられるってのは気分もよくは…ならないけど楽チンだ。 ぷつっと押すと姉からの定期連絡に間違い電話、もうひとつ#名前2#からのがあった。 『……あー、ベンジー? #名前2#だ。あ、えっとこれちゃんと録音されてっかな……。ルーサーに言われたよ。お前がどれだけエージェントとして頑張ってるかも、その裏に背負われたってゆうリスクのでかさも。イーサンがすごいのは聞いてるがあいつは規格外だと俺はずっと思ってた。だけど、お前がその仲間に飛び込んだって聞いてちょっと辛かった。……こんなの可笑しいかもしんねえけど、お前は俺の隣にいてくれるもんだと思ってたらしい。馬鹿だよな。だけど、本気で思ってたんだ。 ゴーストプロトコルが発動された時、俺は早々に逃げた。だけどお前は戦った。 レーンとの時もだ。お前は確かに中年だし元ギークだけどやりゃあ出来んだぜってことを体現した。凄いことだ。だから、その分俺との距離が遠ざかった気がしてた。イーサンやブラントたちと飲みに行くのは楽しいさ。だけど、俺は本部の引き篭もりだから引け目を感じちまう。だからもっと距離が遠のく。そうすると俺はベンジーとどんどん喋るのが億劫になる。昔みたいな話でいいのかとか、俺と友達でいいのかとかそんなんばっかり考える。んで、最後にベンジーがフィールドエージェントにならなければなんて思う。 多分、ベンジーには面倒くさいっめ思われるけど俺はそうゆう奴なんだ。自分の非を相手になすりつけて臆病にも1人で勝手にどっか離れるような奴なんだ。元がゲイだから周りとの1線は否めないしな。どんどん俺の周りには線がひかれてる。 ベンジー、お願いだから俺と付き合いたいなんて言わないでくれ。お前は凄いやつなんだ。俺なんかが保証しても仕方ないけど、すげーんだよ。お前は。だから俺なんかに構ってちゃいけないんだ。俺はみんなとは離れたところで1人でボソボソとやりながら時たま交ぜてもらう程度で充分なんだ。 ……あ、うーん…。うん、これでもういい。よし、録音終了』 プツリと切れた。俺は電話の子機を持って呆然としていた。#名前2#は卑屈の言葉が似合わない男だ。だけどこんなにも考えて考えて出した答えが付き合いたいなんて言わないでくれ? 悲しみを通り越して腹が立ってくる。なんで自分のこの気持ちをそんな言葉で留めなきゃいけないんだ。俺は、俺は……! 携帯で急いで#名前2#のところに電話をかけた。早く出ろ、と何十回何百回と唱えてようやく出てくれた。 「#名前2#!!」 「……ベンジー、なんで電話してきたんだ……」 落ち込んだような声だった。だがそんなの俺には関係ない。俺は怒ってる。こいつの悪趣味なタイプの女にならなきゃいけないとかいう考えはどこかに吹き飛んでいた。どう頑張ってもアスリート体型にもビッチにもなれない! 俺は、俺のことを助けてくれる#名前2#が好きなんだからその思いを伝えなきゃ意味がない!! 「#名前2#、いいか。俺は、お前がそんなこと考えてるなんて思ってもみなかった。フィールドエージェントと解析班エンジニアの違いなんて俺が充分知ってるしギャップだってデカい! だけどな、そんなのなくてもお前のことが好きなの抑えられるわけねーじゃん!!」 「……ッ! …そんなん言ったって、お前は」 「最後まで聞けよ!! だから、! #名前2#のことがずっと好きだったんだよ! 何言われたって、俺がどうなったって、イーサンたちと友達になったってなあ! 俺はお前のことが好きなの! 分かれよ!!!」 泣きながらもはや逆ギレみたいに叫んでた。だって、そうだろう? #名前2#は俺のことをあんなに思ってくれてたのに俺はそれを勘違いして受け取って変わらなきゃいけないなんて思った。だけど、違う。違うんだ。今の俺と、今の#名前2#がいなきゃこの恋愛は始まらないんだ。 だから、今ここでちゃんと告白しなきゃって思った。そしたら、#名前2#はやっぱりマイナスなこと言おうとするから俺はもう心がめちゃくちゃになった。なんで分かってくれないのかって泣きたくて、お前のこと好きな俺を分かれよ!って怒ってそれで、#名前2#が好きだって気持ちが溢れてきた。涙が止まらない。人を好きになるのって人生一のバカになった気分だ。相手の気持ちも自分すらも分からなくなってた。 電話向こうの#名前2#は今なにを思ってるのか、どんな顔してるのか。そんな予測すらもつかないなんて。 「ベンジー」 「泣くなよベンジー。俺は、お前が泣いたら助けに行くって自分で決めてんだよ」 「ッ、じゃあ……!」 助けに来いよ……! 俺のことをいっちゃん初めに慰めてくれるのはいつだってお前だったろ…! 「おう、だからここ開けてくれ」 トントントンとノックが3回。電話口からも同じノックが聞こえた。袖で涙を拭う。ここを開けば#名前2#がいるんだ。と思った瞬間に本当にそうなのか?とフィールドエージェントらしい疑いが顔をもたげた。それはなかなか消えずに俺にささやき続ける。電話のフェイクなんて簡単に出来るぞ。#名前2#はお前のことなんて好きじゃないんだぞ? お前はここを開けてなにを期待している? 「……#名前2#?」 「おう」 扉の奥からも、電話からも#名前2#の声が聞こえる。だけどこの扉を開けて、何するんだ? 慰めて、それで終わりか? なら、会わない方がいい。そうだろう? わざわざフラれるのに顔みてしなきゃいけないのか? そうだろう、そうだろう。 疑いは頷く。俺がいいように操られているのに下衆な笑いを浮かべてまた囁く。扉の奥にいるのは、本当に、#名前2#なのか。確かめなくていいのか? 「#名前2#」 「ああ」 「お前、何しに来たの?」 「ハァ?」 #名前2#の怒ったような声が聞こえる。瞬間的に疑いの種は霧散していった。#名前2#はキレるとまじで物を壊しにかかる習性があるからだ。ここで扉を壊されたらたまらない。これは失敗したなって思った。そしたら、離れてろよって言われてバン!と銃声がした。 「うひゃあああ!!?」 バンバン嫌味みたいにサイレンサーもつけずに#名前2#は銃を撃つ。ドン、と押されて扉が開いた。鍵は煙をあげて壊されている。初めてではないだろうが、ヘタクソなりに銃弾は的から外れている。俺もよくなった。上ずりになるやり方。 「ベンジー」 銃を撃つだけで汗びっしょりの#名前2#。慣れてしまった俺。このギャップってデカい。だけど、そんなの飛び越えられる距離だ。……飛び越えられなくとも、彼はキャッチャーなのだから受け止めることぐらい平気だろう。 「#名前2#、俺はやっぱり#名前2#が好きだ」 だからそんな悲しそうな顔をしないでくれ。俺が泣いてるからってわざわざ慰めに来てくれるのに俺のことをフるつもりならこの家から出ていってくれ。俺は本部の仮眠室に行くから。大丈夫、もう泣くことには慣れてる。お前に1度フラれて俺はもう慣れたんだよ。 「ベンジー、おれ……おれは、どうすればいいんだ」 泣いたままの#名前2#を抱きしめた。撃ったばかりの銃がまだ熱を持っていて熱い。#名前2#の方が俺よりも泣きそうになっていた。お前の好きなようにすればいいんだよ。それが恋愛なんだよ。お前は、キャッチャーインザライみたいに待たなくともいいんだ。 それを聞いても#名前2#は泣かなかった。泣きそうな顔してるのに。 ーーベンジー、助けて。 声が聞こえた。#名前2#はまだ泣きそうなまま無理矢理に深呼吸を続けている。でも、声は確かに#名前2#のものだった。それを言いたいのは俺の方なのに俺は言葉にせずに#名前2#のことをより強く抱きしめた。 いつか#名前2#が本当の大人になって誰か愛すべき人を見つけるまでは俺が、#名前2#の、キャッチャーインザライになろう。 ーーありがとう。 そんな言葉が聞こえたような気がした。 お題セリフ「だから、! #名前2#のことがずっと好きだったんだよ!」 ごとんと置かれたドーナツの箱と酒に眉間にシワがよった。最悪の組み合わせだ。なんでラム酒なんだよ。 「こっちはルーサーからだ」 ラム酒めえ……。だがルーサーは悪くないのだろう。彼はベンジーと#名前2#がようやくくっつきはしないものの距離が近まったことに泣きそうなくらいに喜んでいたから。分析官として#名前2#の方に問題があることに気づかなかったのが恥ずかしいが、ルーサーはチームとして#名前2#のことをよくひっぱる身だったせいか彼のある種の潔癖症に気づいていたらしい。 ベンジーと#名前2#が仲直り(?)するのに喜んだ僕らはイーサンの休暇を無理矢理にもぎとってバーに集まった。前に行ったような喧騒ばかりのところではない、品が程よくあるが騒ぐことも可能な立ち呑みの店だ。 ルーサーはひとまずギネスをあおりウィーと唸る。 「あいつ、ゲイだけどトラウマすげーからなー。まともな恋愛なんてしたことないらしい。だから、ベンジーと仲良くなった時には本当に驚いたね。俺が口説き落とすのに1年かけたのにあいつはたった1週間! 俺の神様は何してやがるんだ!」 「確かにベンジーとはよく話すよね、彼」 僕らとはなんだかんだ言って壁作ってたし。とイーサンが言う。それは僕にも分かった。#名前2#はまるで演じるかのように僕らと接し続けるのでエージェントをやっている身としては嫌でもわかる。 「ルーサーはベンジーの告白を聞いてあちゃーって顔をしてたけどそーゆー理由だったのか」 「まあな」 ウェイトレスが持ってきたチョコレートにぱくつきながら僕は「あれで良かったのか?」と聞いた。ずっと気になっていたのだが、#名前2#もベンジーもお互いをどこか上に見ている節がある。それに#名前2#は恋愛に関しては殊更臆病者でそして自分……いや最近はベンジーも傷つくのを嫌うやつだ。そんな2人で今後やってけるのだろうか? 僕の心配にルーサーはまたうなったが、イーサンはあっけらかんと「その時はその時さ」と言った。 「ノーニューズイズグッウェイ。今はこの平和に入り浸って世界の平和を守るために戦うのが僕らさ。#名前2#とベンジーは今度は2人きりで乗り越えなきゃいけない。僕とジュリアみたいにね」 なるほど、と僕はギネスを飲んだ。ルーサーも肩を竦めながら2杯目を飲む。 ジュリアとイーサンはきちんと2人で心を分かちあって別々の道に進むことを選んだ。(そして僕は引け目を感じたままイーサンと色々あったがあれはもう忘れたい。)ベンジーたちがそう出来るかどうかは分からないが、手負いの獣のような#名前2#を助けられるのは可愛らしいという言葉がお似合いのベンジーしかいないだろう。せいぜい、僕らが世界平和を守るより大変だ!と言わないようになんとか2人で事を済ませていただきたい。 「トーストトゥーベンジーエン#名前2#!」 「チアーズ!!」