ぐだぐだ言って変わらん恋
忍びの世界にも結婚はあるのですか、と父に聞いたことがある。よくよく考えれば、父と母は結婚しているので「結婚」という考え方は当たり前にあるはずなのに、その時の俺はとても焦っていて早く「是」の言葉を聞きたかったのである。 父は俺に微笑みかけると「好きな人ができたときにゆっくりと考えなさい」と言った。当時の俺にはなんでそんな返事をもらったのかわからず大泣きしたことがある。普段から泣かない自分が大泣きしたものだから、父は大慌てだったらしい。仕事から帰ってきた母は幼い俺を連れて木々を飛び回る父を探すのに苦労した、と言っていた。 忍者の世界に結婚の概念はあっても、結婚相手もその後の人生も考えなければならない。そも、結婚するかどうかも個人の選択である。忍者であった父は武士の妻であった母を見初め、なんとか口説き落とし、自分は絶対に死なないと約束して医者に扮し、村に隠れた。忍者をやめてもよく死ななかったな、と思うけれどもともとはとある忍術学校の教師だったらしい。簡単にやめさせてくれた、と父は言っていたが俺はそうならないだろうな、と思った。 忍術学園……といったようなものには通わず、俺は父からすべて学んでいた。なので、もしかしたら世間の忍びからすると少し変なところもあるのかもしれない。普通の忍者はどこに就職するのか、それとも自由に雇い主を選べるのかわからないが、俺は戦を嫌った母の意向とは反対に戦好きの城主であるタソガレドキに就職したのだった。 タソガレドキはみな強い人、らしい。俺にはよくわからないがそういうものなんだとか。俺自身、比較する生き方もできなかったため強い人たちの中に混ざって過ごせている、というのがありがたいところでもある。……本当に喜ばしいことだと思っている。予想以上に弱いかもしれない、と思ったことなんてない。本当に。 実力者、エリートの筆頭としていらっしゃる、いや君臨されているのが雑渡昆奈門さんである。下っ端時代は「名前を呼んではいけないあの人」と呼んでいたし、省略してなーさん、と呼んでいたこともあるがそれは置いといて。下っ端でそんな大きな任務も与えられないままのんびりと忍者として生きて、どこかで村に帰って父の仕事を手伝おうかとも思っていたのに、ある日俺は昇格を命令された。忍者としてすごいわけではない。父の仕事手伝いでやっていた薬膳料理と解毒が城主に褒められたのである。城主は気楽でいい。ほめればそれで終わるのだから。下っ端は困る。名前を呼ばれる=実力がある、と思われるからだ。 気楽な下っ端稼業をやめてよりお側に近しい、組頭に近しいところに行けと言われた時には泣くかと思った。そんなのは求めていないのに。今でも俺の夢は気楽なお嫁さんを持つことである。 組頭が最近、足軽連中に混ざってのほほんと飯を食う男にご執心だ。初めての出会いは俺たちもよく知らないが、何か特別なことがあったらしく(組頭は町娘のように聞きたい?ねえ、聞きたい?と聞いてほしそうにしていたがすべて無視した。)とにかく#名前2#という男に夢中である。彼がいれば組頭の機嫌がなおる。もはやそれが暗黙の了解となっていたとき、事件が起きた。 その名も、お嫁さん事件である。 #名前2#が友人らしき男と戦が終わったら何がしたいかという話をしていた。#名前2#は忍だ。戦が終わっても次の戦の準備をしなければならない。彼はなんと答えるのかと思いきや、彼は「いつかお嫁さんが欲しいだよね俺」と言い出した。 「嫁ぇ? お前その年でまだもらってなかったのか」 「うーーん、甲斐性なしって思われてるのかね」 「可哀そうに。こんなに働き者なのになあ」 「うん……。俺がこんなんだから、引っ張ってくれる女房を探してるんだ」 とぼけた顔をして話していたが、それはしっかりとした望みであった。それを聞いていた組頭は泣いた。号泣である。布団を濡らし、瞼を腫らし、殿にも「大丈夫か、おぬし」と声をかけられたくらいである。 「何か毒でも受けたのなら、解毒係でも遣わすぞ。おぬしはよくやってくれる忍だからな」 その言葉を聞いたとき組頭も俺たちも八ッとした。組頭は明るくなり、俺たちはやばいと思っていた。翌日にはあの#名前1##名前2#が部下としてちょこんと立っていた。困惑した顔の彼に組頭は楽しそうに挨拶している。 「#名前1##名前2#と申します」 「ようこそ、タソガレドキ忍軍へ。って言っても、ちょっと仕事が増えるだけだからね。気張らなくていいよ」 「未熟者ですが、よろしくお願いします」 ちょっと、ではないと思う。組頭は自分のもとに置いておくために絶対に仕事をまわす。未来が見える。可哀そうに、とだれもが思ったことであろう。彼にお嫁さんが来る日は一生ないと思う。 万が一頑張っても、包帯ぐるぐる巻きで雑炊の好きな忍がそこにおさまるはずなので、彼には頑張って受け止めてほしいと思う。組頭の泣いて部下に迷惑をかける姿はもう見たくないのだ。