うつくしき横顔
前世を覚えている、というとふざけた話に思われそうだが、俺には前世がある。前世は、虫だった。その前は馬だった。そのその前は、人を食らう妖怪だった。 妖怪としての人生は長かった。楽しく過ごしていたが、あれは本能のままに動いていただけで知性を持った今は災害と呼ばれてもおかしくないくらいの怪物だった。 馬は武士の使う馬ではない。農耕馬というやつである。力持ちだったし、痛いのが嫌いだったので叱られないよう頑張っていた。時たま群がる子どもたちが面倒だったけど、かわいらしい子らだった。 虫はちっぽけな虫だである。生まれ落ちて目が開き、世界を感じて三回目の月を見る前に死んでしまった。重いものに踏みつぶされて、心の臓も脳みそも一気に圧力をかけられて「やばい」と思う間もなく死んだ。 今は、人間である。前世を覚えているとかいう能力のせいかなんなのか、ちょこっと打たれ強くて、ちょこっと力も強くて、ちょこっと霊たちを祓える人間である。 俺の生まれた里は妖怪退治を生業とした人々の集まる場所だった。俺は武器の扱いはへたくそだったが穢れを祓えることと、肉体戦に持ち込んだときは強いと言われてかなりの数の依頼に駆り出されていた。 ある日、妖怪退治の大きな依頼があった。若様のいるお屋敷に行ったのだ。若様は俺を見てはっとした。なんでそんな表情をされたのかわからない。家臣の一人に名前を呼ばれてそちらに行ったら、俺は若様……奈落様に首根っこをつかまれたのだ。 「#名前2#、会うのは久しいな」 その言葉の意味がよくわからなかった。俺は確かに#名前2#という名前だけれど、彼の言う#名前2#は何か別の響きを持っている気がした。 「お前は生まれてすぐに消えてしまった。私はお前の亡骸を布団にくるんでやった。お前はいつか生まれ変わる、と桔梗の言葉を信じてやったのだ。#名前2#。私と同じ名前を持つもの。ようやく。ようやく会えたのだ」 そうか。この男は、鬼蜘蛛か。 前世を3つも覚えていると記憶がどんどんあいまいになる。特に妖怪であったときの自分の暴走加減のせいで。虫であったとき。蜘蛛であったときの自分はとにかく生が短い。風にあおられて地面に落ちてしまったときに死んだ、のだと思う。よくわからない。鬼蜘蛛こと奈落もなぜ私が死んだのかわからないらしい。そりゃあ寝たきりだった男なのだから仕方ない。すべてを知っているのは桔梗のみ。彼女はもう死んでいることだろう。 鬼蜘蛛は妖怪の気配がした。私には絶対勝てない存在だった。私は本当は逃げ出したかった。蜘蛛の自分と今の自分は違うのに。同じ名前をもらおうと、私は別の存在のはずなのに。奈落は私の名をいとおしそうに呼びかける。洞窟で動けなくなって、一匹の小さな蜘蛛に名前を付けて生まれるまでを見守り死んでからも悲しんでいた男だと考えると、私には拒否することもできないのだった。 #名前2#が、本当に生きてかえってきた。今度は人間となって。桔梗の言葉を信じてよかった。私の中に潜む妖怪たちの残りかすが言葉を発する。 「#名前2#だ。#名前2#が人間になった」 「あいつが? なんていうことだ」 同じ名前の妖怪がいるのだろうか。うるさいカスたちを振り払い#名前2#の顔を見つめた。美しい顔をしている。あのちっぽけな蜘蛛だったのに。大きく成長して嬉しいような寂しいような不思議な気分だった。 「#名前2#、欲しいものは何でも言ってよいのだぞ」 私の言葉に#名前2#は顔色の悪い様子でうぅ、だかあぁ、だかうなり声に似た声を出す。前の時はいつ死んだかもわからず、桔梗がその虫の亡骸を持ってきた。今世は違う。私がこの男の生を握っている。私の望むままにこの男を動かせる。それがたまらなく愉快だった。 「#名前2#のために用意するのだ。どんな人間もお前の前では下賤な生き物だ。お前が望むなら昔のように人間を食らってもいいのだぞ、#名前2#」 私がここまで動くのもこの男のためだけなのに、#名前2#は時たま桔梗の名を呼ぶ。あの女を恋しいとでも思っているのだろうか。私がそばにいるのに。寂しい。この男を近くにおいてもまだ心が追い付いてきていない。桔梗か。あの女が生きているからいけないのか。 「#名前2#」 「聞こえてるよ。必要なものは今はないんだ、大丈夫だよ」 私の心は全く届いてはいないのに。