持て余すこのラブ
野田の柄柄しい服は目に毒だ。あれを見るだけで気が滅入ってくる。派手な服装だからではない。彼自体が派手だからでもない。その色合いが見ていると精神的に不安定になるだけである。視界にあの服があるというだけで頭が痛くなってくる。 周りは野田にしか着こなせない・彼にしか似合わないなんて言葉でもてはやすが。いざその格好のままずっと、何時間も隣にいられるとそのカラーリングが頭の片隅にぐるぐると回り始めるのだ。よっぽどの人間でなければ疲れてくると思う。 一度、その格好はなんとかならないか? と聞いたところニンマリと笑って「おれのこの服の良さがわからないなんて! #名前1#さんは可哀想なお人だ」と募金でもするかのようにお金を渡されそうになったのでその場から逃げた。彼の言葉はまるでおれの嫌いな大袈裟な舞台の人間のようだった。派手なメイクの代わりにあの派手な衣装でもつけているのか。 おれのメンタルは犠牲になった。彼にはおれのメンタルとか、そういうものはどうでもよくて、周りに言っても「話し合え」としか言われなくて。おれは諦めることを覚えた。そうでなければ正気なんて保っていられなかった。おれは勝手に孤立したような気分になっていた。 野田は定期的に大金持ちアピールをしてくる。てきとうに聞いているとさらにヒートアップし、黙れと言っても彼の口は止まらず、おれの視界にはあの柄がずっとまわっている。口で戦ってもやっぱり対抗できないので、そういう時はさっさとこの男の前から逃げるに限る。野田はこれで世界探偵ランキング3位ときた。おそろしいもんである。おれには宇宙から交信に来た別の生き物のように思えてきた。 野田にはおれがどうやら独り者のカワイソウな男に見えているらしく、時たま「まあどうせ予定もなく過ごすんだろう? しょうがないからこのオレが一緒に事件を解く招待状を送ってやろう」なんて言いながらおれを事件に引っ張り出す。ちゃんと調べているのか今日はなんの記念日なのかというウンチクを語ったあと、事件の話をしはじめる。おれはただそれを黙って聞いてるだけ。何か1言えば、話は100返ってくる。そこまで聞いてやるギリはない。さらに言えば、おれが手出しをしなくとも、この人はその頭脳でしっかりと犯人を見極めることができるのだからおれはここにいなくてもいい人間だった。 なので、彼に呼び出された時にはおれはいつも「あのウンチクと柄を我慢すればいいのだ」と自分に言い聞かせていた。人間的にこの男は嫌いではなかったが好きになれない要素が多すぎた。 野田は#名前1##名前2#という男が随分と前から「お気に入り」にあたるもので、自分の事件を担当するのは彼じゃないといやだ!! と大声で宣言していた。周りも#名前2#を犠牲にして平穏になるのならば・解決されるのならばとスルーしていた。本人のあずかり知らぬところで彼の命運は決まっていた。 今日は珍しくその担当の#名前2#が来なかった。野田の機嫌は一気に下降したが周りは落ち着いていた。いいや、どうせ#名前2#なら呼びつければすぐ来るだろうと、そんなことを思っていた。 「すみません、今日は子どもの体調が悪くて……。行くのは難しいと思います。見ていてやらないと……」 #名前2#が来れないという理由にあげられた「子ども」というキーワードに野田は倒れた。まるでギャグアニメか何かのようにすってーーんと擬音をつける勢いで倒れた。頭が派手な音をたてて地面にぶつかったが野田は気にしていられなかった。 #名前2#、と名前を呼ばれて電話の向こうにいる男が「はい。大丈夫ですか?」と聞いてくる。 「うん、倒れたけど大丈夫じゃないな」 「大丈夫じゃないんですか」 「おれの灰色の脳細胞はいますべて消えた」 「概念的なものなのでたぶん大丈夫だと思いますけど」 「……。#名前1#さんは、おれの使命はなんだと思う?」 「なんですか急に」 「いいから、答えてくれ」 「謎をとくことじゃないんですか。灰色の細胞を働かせるんでしょう」 うん。それはそう。それはそうなんだけどさ。 野田は#名前2#になにを言ってほしいのか最高峰の頭をもってしてもよく分からなかった。自分の凄さをわかってほしかったといっても彼が本当にほしがっていたものは#名前2#からの賞賛であり、それが自分以外の人間に向けられるなんて思ってもみなかった。それが、子ども。子どもだって!? 確実に自分以外が褒められているということがわかってしまった。 野田は親にたいそう愛されて育ってきた子どもである。愛され、もてはやされてできた結果がこの柄モンスターなのだが、野田は#名前2#の子どものせいで自分が賞賛されないという事実に衝撃を受けているのだった。いや、それ以上に「自分が一番」でないことに衝撃を受けていた。 「…………#名前1#さんの使命はなんだと思う?」 「……犯罪者を、つかまえること?」 「それを手助けするのは?」 「……あなたですね」 「その通り、その通りだ! ならば、君がすべきことは、今、ここに、来て! 僕のことを褒めることだ。な、そうだろ?」 「すみません、うちの子どもが熱を出したら使命とか投げて病院へ行きたくなるんですよ。ということで病院へ行きます」 ぶつり、と切られた電話に野田はぐぅっと歯をくいしばった。暴れ回るかと周りの警官たちは構えたが、なぜか野田はおとなしくしていた。そしてふっと電話を投げると「病院でなにか事件があるか?」と言い出した。 「はい?」 「病院で事件があればそこに探偵がいても問題ない。なあ、そうだろ?」 早口でまくしたてられて警官のひとりは思わずうなずいてしまった。にっこりと野田が笑みを浮かべる。 「そうだな、わかったなら今すぐ行こう」 野田は病院に事件があるかどうかもお構いなしにパトカーへと乗り込もうとする。目の前に死体があるにも関わらず、探偵はどこかへ行こうとしてしまう。まてまてまて、と刑事は止めるが野田は気にしたそぶりもない。 「まっていろ、#名前1#さん……」 あいつの方はまったく待ってないよな、と刑事は思ったがそれ以上言っても無駄だろうと野田を引き留めるふりだけしてあきらめた。