みどころのある目玉
手紙が送られてきた。ウェーバリーはニコニコと俺に渡してきて何だ、と思ったのだがすぐにわかった。バチカン市国からの絵葉書だった。聖書の挿絵が描かれたそれを見て上もそのまま俺に流すことにしたらしい。いや、ウェーバリーが働いたのか。俺に似合わないと笑っているだろう。 手紙は学校で笑っていた#名前2#からだった。俺に「将来は政治家が似合うよ」と笑って仕事を押し付けたやつ。俺が今スパイになってると聞いたらあいつはどうするのだろうか。国のために働いていることに変わりはないが、裏方の、汚い仕事につくようになった。聖書なんてものも俺はもう捨てた。信仰は何の役にも立たないという現実にぶつかったのだ。 そんな俺に対して現実は非情だった。ずっと気にしていた男がキリスト教の信者になってしまった。#名前2#は敬虔な信者だった。ミサに行ってはお祈りをして戦争が起きませんようにと願っていた。願い続ければ神様に届くんだ、と笑っていた。そんなことはない、と心の中で思いながら頷いていた。いつの間にか彼は神父となり、バチカン市国へ飛んでいた。もう俺の手からずいぶんと離れてしまった。彼は神様のものになったのだ。 ソロは元気にやってる? そうだといいな。俺も頑張ってるよ。ファイティン! #名前2#にしては珍しい言葉で手紙は終わっていた。誰かに教わったのだろうか。ちょっとだけ、いや、かなり腹が立った。#名前2#が汚されたような気がした。手紙をビリビリと破いていたら任務から戻ったギャビーが「なに? 聖書を破く趣味でもできたの?」と言い出した。めんどくさいことになった、と思ったがギャビーは俺を逃がそうとしなかった。 「イリヤの方は分かりやすいけどあなたも恋愛ごとだと分かりやすいのね」 「なんで恋愛ごとだと思うんだ」 「女の勘よ。と言いたいところだけど、あなた、自分が破いてる時の表情の自覚なかったのね。まるで書き損じのラブレターを渡せないまま捨てる人みたいな顔してたわよ」 思わず顔を覆った。そりゃあそうだ、これまでの人生を彼を縁に生きていたと言っても過言ではないのだから。ギャビーはにこにことワインを持ってきた。 「それで、諦めたの?」 話の顛末を聞いたギャビーが呆れたように聞いてくる。いや、話さなくてもいいところは消したが彼女はとにかく#名前2#がどれほど一般人なのかを気にしていた。なぜそんなに気になるのか、もしかしたらギャビーも身も蓋もない恋をしているのかと思った。もしそうならあのロシアの大男はショックで寝込むんじゃないか。現実逃避でそんなことを考えてしまう。 ギャビーもキリスト教徒と名乗っているがその実、神を信じてはいなかった。矛盾しているが彼女は自分の宗教すらもスパイになるための駒として消費してしまったらしいのだ。そしてそれは自分も同じだった。神など、名前しか信じたことがない。聖書だって教養として覚えていただけだ。 「神父は結婚できないらしいからな」 「あら。男同士でも無理なはずでしょう?」 「だからさ。神様ならいつだって#名前2#のことを奪いに行けるだろ」 ギャビーは俺を見てにんまりと笑った。あなたってその人のことが大好きなのねと言う。大好き。そんな可愛らしい言葉で表せるような感情ではなかった。これはもっと汚らしいものだ。あの学生時代で見ていた#名前2#という憧れの結晶を固めてそれに縋っているだけなのだ。だが、困ったことに神のものになろうと#名前2#を諦めるという気持ちは全くなかった。#名前2#の隣にいるのは自分だと、それだけは変わらない気持ちだった。 ギャビーのグラスの音でまた現実に戻る。彼女の笑いはさっきと変わっていない。トリップしていたのか、どうなのか。自分には判断がつかなかった。 「大変な相手が恋敵ね」 「実態のない恋敵ってのは厄介だけど逆に言えば相手にもならないってこと」 「どっちが?」 「勿論向こうが」 ワインを飲み干した。もらった絵葉書をかき集めて灰皿に詰め込んだ。テーブルが焦げないようにという最低限の配慮だ。アナログのものはいい。痕跡を残さずに消すことができる。人の心はそうはなってくれないのが困るのだけど。 じわじわと黒くなっていく絵を見ながら#名前2#の心からこの男が消えてくれないかと思った。