愛情に浸って死ぬ

【注意書き】 !キャットの息子がニール説の採用 !がばがば設定 !書いてる人が逆行の設定がよくわかっていない !全部ブロマンス  俺たちにはボスがいる。世界を守るという役目を背負った、大好きなボスである。まあ大好きだ、と言うのは言い過ぎかもしれない。本当に憧れているし尊敬している。同僚のニールはボスが持っていたから、と赤いストラップをつけていた。ボスいわく、コインを通しておくらしい。どこの国のおまじないなのか俺は分からないが、ニールはボスとお揃いということが嬉しいのかお守りのように任務に行く時にはいつもつけていた。俺はそのおまじないを自分もやったらニールにパクりだなんだと言われそうでやれなかった。  テネットという組織には格差がある。簡単に言うとボスに会えるか、会えないかだ。ボスのために仕事をしていても、その声を知らないなんてやつらは沢山いる。俺は運良くボスに会える側にいる。能力的に評価されたわけではない、というのは俺が一番わかっている。俺には家族というものがいないからかもしれない。捨て駒としてはちょうどいい存在なのだ。  ボスは俺たちによく問いかける。平和のために死ぬ覚悟はあるか、と。名前も残せないまま、誰かに死んだことを伝えられないまま死ぬ覚悟である。最初に聞かれた時、俺とニールは直ぐに頷いた。ボスのためにならこの体を捧げてもいいと思った。ニールの方はもっと気楽な考え方をしている。「そうなったらそうなったまで。起きたことは仕方ないんだ」と笑うこの男の性根はどうなってるのだろうと昔は気になっていた。人生何周かしてる?と聞いたらにっこり笑って「そうかもね」と言うくらいである。  ボスは俺たちを滅多に褒めることはない。だからみんな彼に褒めてもらいたくていつだって頑張っていた。ボスに認めてもらうために。最終的にこれで死ぬことになっても、この努力は世界が終わらなかったという大人しさで報われるのだから。  ボスは、世界平和のためなのか回転ドアと呼ばれる機械となにかに使うらしいパーツを持っていた。これを使って任務に出なければならない時もいくつかあった。ボスいわく練習ということだったが、これを使って逆行した時にどう動けばいいのかは確かに実地訓練をしなければ意味がなかっただろう。何せ体は動かしているつもりでも風は逆に吹いて車は逆に動いている気がする。熱いものは冷たく、冷たいものは熱い。体に違和感が慣れるように、普通の動きに見えるように何度も何度も練習した。  俺はよく分からなかったが物理学修士のニール曰くこれらタイムトラベルとは違うらしい。バック・トゥ・ザ・フューチャー?と聞いたらニールはへらりと馬鹿にしたような顔で笑った。お前、ボスにはそんな表情見せねえくせに。と蹴りたくなったが我慢した。あの非現実的なものではなく、と言いたいらしいがそれならもっと優しく説明してほしい。バック・トゥ・ザ・フューチャーで父親が変わったら主人公が生まれなくなるという話をしていたが、俺たちの場合は逆で。死んだらそれまで。未来の自分が過去に戻るのだから未来の自分の家族に死んだことは伝わらないらしい。俺は途中から難しくなって話を半分ほどしか聞いていない。ニールはしっかりとボスの言葉を聞いていた。ボスはそんなニールを見る度に悲しそうな顔をしていた。なんでニールはそんなに頑張るのか、俺にはよく分からなかった。  アイブスに話を聞いたところ、ニールは自分のお母さんがボスと繋がりがあったことを聞いているらしい。その関係であいつここに来たの?と聞いたらアイブスは「ニールがそんなことできる人間だと思うか?」と言われた。思わないねえ。ボスの好きなダイエットコークを飲みながらニールとボスとが話し合ってるのを見ていた。映画の一場面みたいな二人だ。例えて言うならショーシャンクの空に? それともグッド・ウィル・ハンティング? どちらにせよボスが映画になったらモーガン・フリーマンで演じられるのは間違いない。  アイブスは俺からコークの缶を奪うと飲み干して空き缶だけ返してきた。 「おい、捨てるのは俺かよ」 「後始末は頼むぞ」  いつもこれだ。アイブスの代わりに缶を放り投げる。逆行するとこの缶は山なりになって戻ってくる。運動方向と重力の関係でこんな山なりになっているのにそれが同じ軌道で戻るのだ。エントロピーの減少によってこういう風になるそうだが、俺にはビデオの逆再生に見える。前にボスにそう言ったら「正しくそんな感じだ。見てるこっちは何をされるかわからない」と笑っていた。普段の時間の進みがプラスと表現するならば、逆行というのはマイナスのこと。そしてマイナスしたものを元通りに再生していても起きた出来事は変わらない。代わりに数学のようにマイナスにマイナスをかけるとプラスになるのだとか。もうこの辺りから時間感覚はよく分からなくなり俺は聞くのを辞めた。アイブスも俺と同じくよく分かってない人間だと思っていたがしっかりと把握していた。任務を遂行するのに必要な知識だろ、と呆れたような顔で言われた時にはさすがの俺も悔しかった。だが何度考えてもよく分からない。エントロピーの減少は確認できている事柄なのに、それが世界規模になると全く分からないのである。そんな自分がとにかく情けなく思えた。  最終試験だ、と突然ボスに言われて俺とニールは二人で部屋に入った。ガガッというスピーカーと共に聞こえてきたのはボスの声だった。戦いなさい。その一言だけだった。勝者が試験の勝者になるのか、それともなにか意味があるのか。普段から含みを持たせているボスの言いたいことは何か分からなかった。  先にしかけてきたのはニールだった。殴られそうになったところを1発押しのけて脇を狙う。最低限の動きで交わしたニールは半身になったまま俺の体に当身をしてくる。よろけた体でその首を掴んだ時、ボスの声が聞こえた。「ニールにしよう」やっぱり一言だった。  ニールはとにかく喜んでいたが、俺は何となくこの試験は建前ではないかと疑っていた。ニールに、ニールが選ばれたのだと思わせるための。そうでも思わないと嫉妬で頭がどうかしてしまいそうだった。あれだけ頑張っていたのに、たった数分の取っ組み合いで自分の人生が決まったのだから。  俺はずっと未来に残る人間となった。もし過去が変わったりしたら俺はこのまま消滅することになるだろう。いや、消滅という言葉が正しいのかどうか。過去のボスが「決まったこと」をしていても考え方次第では動きが変わってくる。バタフライエフェクトのようにきっと俺の存在価値さえも脅かされるのだろう。回転ドアに向かったニールを見て俺は親指を立てた。ニールは笑いながら手を振って歩いていった。ボスからの任務の内容を俺は聞いていないが、おそらく後始末を任されるのだろうなと思った。ニールはもう戻らない、とここに来る前にアイブスが教えてくれた。過去のアイブスはきっとニールが死んだことを見ているのだ。  ニールの部屋に置いてあったものをこちらでも処分して、残したペンダントと写真を母親のキャットに送った。彼女は自分の息子が世界を守るための礎となることを知っているのだろうか。過去の彼女がニールに会っていたとしても、まさか自分の息子が成長して会いに来ているとは夢にも思うまい。  ノックするといつものしゃがれた声で「入れ」と言われた。映画俳優のように強くて美しい目をしたボスはもう身支度を済ませていた。かっこいいですね、と俺が言うとボスは何も言わずに片手をあげるだけだった。ニールはボスのこのポーズが好きだったな、と思った。  俺はボスの命令に従って銃を構えた。撃ちたくなかった。腕が震える。ボスは穏やかな顔をしていた。  怒りは絶望に変わるらしい。  何ですかそれ?   さあな。昔、ある人から聞いた言葉だ。  どういう意味が分からなかったが、ボスは緊張がほどけた俺に対してまた微笑んだ。ふと、ニールのことが頭をよぎった。あいつが羨ましい。昔のボスに会えるなんて。それに、ボスのことを守って死ぬのだ。任務が終わったらきっとボスはニールのことが頭から離れなくなってこうやって組織を作ったあともあいつだけは気にかけてやるのだ。天国に彼らは行けるのだろうか。天国か地獄か、扉の前で待ち合わせとかしてないだろうか。  ずるい。羨ましい。感じていた絶望が姿を変えた。引き金を、引いた。