連れて行かれるシンフォニー

 僕は見たんだ、宮殿と魔術師と! 力が欲しいかって言われて僕は父さんも兄さんも懲らしめてやりたかっただけだ!  浮いた存在の男だった。大学には変人が集まりやすいと聞くがこの男はその中でも1番の変人だと思った。友人になりたいと思った訳では無い。研究対象としての興味の方がその思いは近かった。周りは父親の下半身不随についての話やお兄さんの優秀さなどを褒め称えるため彼に話しかける。そうするとあの言葉が返ってくる。まるで話を聞いてないのだ。 「そうなんだ、すごいなハリーポッターみたいだ。ああいや、どちらかと言うとバーティミアスかな?」  俺の言葉に彼は顔を輝かせた。  ハリーポッター? そんなちゃちなフィクションじゃないよ! まあバーティミアスはちょっと近いかも。雰囲気だけだけどね、ああ僕はサド・シヴァナだよ。君は確か#名前2#・#名前1#だよね分かってる。この前の発表ね、発想は面白かったけど実験のやり方がなってないよ。  彼のとめどめない言葉の渦に俺はやられた。コイツは俺の想像していたものよりも深く面白い存在だった。彼のことを面白いと思ったのは俺だけだったらしい。俺の友人のような立場の人間は話さなくなって行った。彼はそんな周りのことなどお構い無しに俺に昔の夢を語ってみせた。そして自分を選ばなかった魔術師や、自分を出来損ないだと言う父親や兄を罵った。 「#名前2#の所はいいな、羨ましいよ」 「そうかぁー? うーん、ありがとうって言っておく」  駆け落ち同然に家を飛び出した母親と父親は常識知らずではあったが並外れた想像力で会社を立ち上げてここまでやってきた。お金持ちという訳では無い。サドの方がいい生活をしている。なのにサドにとっては俺のうちの方が良いというのだから面白い話だと思った。  サドはよく他の人の実験にもケチをつけた。議論を交わすという意味では俺もサドも気が合っていたのだ。どちらかの部屋に乗り込んではツマミと酒とを飲みかわしあれがいけない、これがいけないとくだを巻く。大学内でも似たようなものだった。カフエの片隅に占領して俺達はげらげらと笑っていたのだ。今日もそんな1日になるはずだったのにサドは最初から俺の家族に焦点を当てたがった。自分は優秀なのにあいつらはちっとも認めないと彼は言う。彼は自分への自信があるように見えてそれでいてひどく臆病だった。何かに縋らないと彼は生きていけないのだ。それは魔術師の力だったり、家族からの褒め言葉だったり。彼を見る度に俺はこういう人を研究対象にしたら面白いだろうなと思っていた。 「っと、すまん。電話が来た」 「………またあの子か」 「そう言うなって、いい子だ」  電話に出るため離れようとするとサドはとんとんとテーブルを叩いた。ここでしろという合図だった。周りは人だらけ、喧しい中で電話に出なければならない。彼女に、自分はそんな存在なのかと思って欲しくなかった。 「いいよ、ちょっと行ってくる」  人混みを避けて階段に出た。電話に出ると「ハァイ!」と明るい声が聞こえてくる。 「あぁ、ナット。どうしたの、今日は珍しいね?」 「貴方こそ! 今日はやけに静かなのね?」 「君の声が聞こえるようにちょっとね」 「ふふ、嬉しいわ」  ナタリーはすごくいい子だ。サドはあんな奴と言うが俺は彼女のできない僻みのようなものと思って流している。彼女は決して頭がいいという訳では無いが一緒にいて心が和らぐそんな存在だった。ナタリーの用事は今度のレポート課題を一緒にやらないかという誘いだったが生憎とそれはもうサドとやる約束をしていた。あいつは俺以外のやつを混ぜると直ぐに不機嫌になる。相手がナタリーでも、だ。 「そうなの、残念……」 「ごめん、次の機会は必ずね」 「……そんなにレポート沢山あっても困るわ」  そこから少しだけ話をして電話を切った。席に戻るとサドはカタカタとパソコンに鬼気迫る表情で何か打ち込んでいる。 「サド……?」 「あ? ああ、#名前2#。いや、#名前2#だ。そうだよ」  彼ははっとした表情で俺を見るとパソコンを閉じてニコニコと笑い出す。その様子がどうにも俺には怖さを覚えてしまった。  そのあとは俺はだんだんと彼から離れていった。彼は研究者、俺は会社員にと道は分かれていたのだ。サドは最後まで俺の袖を引っ張った。卒業式の彼はかっこよくキメているのにその顔は歪んでいた。親御さんは来てくれなかったらしいのだ。いつも通りの彼の言葉に俺は頷けなかった。俺はずっとあえて言わなかった言葉を吐いたのだ。 「素直に来て欲しかったって言えばいいのに」  サドは顔を真っ赤にして唇をかんでぶるぶると震えた。怒りと恥ずかしさとで訳が分からなくなって俺に殴りかかってきた。へなちょこなそれを甘んじて受けた。痛くはなかった。 「#名前2#、僕はっーー!!」  サドの苦しそうな声を俺は切り捨てた。ナタリーを連れて俺はそこを立ち去ってしまったのだ。  それから数十年後。ナタリーとは将来の不一致で別れてしまった。別にそれが悲しい訳では無い。円満な別れ方になるように2人で話し合ったし、結果的にはこれで良かったと思っている。  家に帰ったらサングラスをつけたサドがいた。合鍵のことも忘れて俺は玄関に立ち尽くした。なんでいるんだ、とカラカラの声で聞きそうになった。彼の雰囲気は随分と変わっていたので、今更ながら何であの男がサドと分かったのかよく分からない。今までだったら絶対に着ないようなジャケットとサングラスは昔の彼を知っているとひどく似合わないものだった。 「サド、だよな?」 「#名前2#、待っていた」  開かれた腕に近寄って抱きしめる。背が高くなっていて体に筋肉も着いていた。気になったのは彼の体の冷たさだった。僅かな暖かみはあるものの彼の体は冷えていた。  筋肉のついた腕に「これで殴られたら死んじゃいそうだ」と笑った。サドは俺を離すと満々の笑みで「聞いてくれ、私は力を得たのだ」と言い出した。 「何言ってる?」 「力だ。フォースだ」  サドは楽しそうに言うが俺には何を言っているのか分からなかった。親も兄も殺したことを嬉々として話すこの男は本当に友人なのだろうか。 「#名前2#、お前になぜあの時手を離されたのか考えてみたんだが分かったよ。私が弱いから手を離したんだろう? もしくは私に性経験がなかったからか。とにかく私はあの女よりも君に相応しい。それだけは確かだ」  サドは笑いながら近づいてくる。サングラスの奥の目が光っている感覚がするのは気の所為と信じたい。俺はまだ、死にたくない。