きみたちの幸せ・ぼくの不幸せ
人間の姿にしていたのはそっちのほうが動くのが楽だからだ。従業員たちも人間らしい姿をしていたのでそれに合わせて俺もそのような格好をしていた。湯婆婆との賭け事に負けなければ働くこともなかったのだが、なってしまったものは仕方がない。 普段は自分の山にひっこんでいるコダマネズミが働いてるとあっては他の神たちも見学に来たくなったらしくいつも以上に繁盛していると湯婆婆はホクホクとしていた。労働に慣れてないのに容赦なく俺をこき使うものだから時たま抜け出すことにしている。 その時は恐ろしいことに力がとても少なかった。領地がまた何かに削られたのだ。面倒だけれども可愛がっていた人間らの子孫が俺を忘れ殺していくこともまた道理である。神といえど永遠などありえない。湯婆婆に「いちじきゅうぎょう」の手紙を送り、魔法をかけられた豚小屋に急いだ。この豚たち、栄養として魔力を溜め込んでいる。少しずつそいつらから魔力をいただくのだ。 そうして力が抜けてボロボロのネズミの姿で休んでいた俺に女が近寄ってきた。 「ね、ネズミさん。ここにいると危ないよ!」 彼女は何を思ったのか俺を捕まえると小屋の外に出してしまった。戻るのも面倒なのに! 唸り声をあげる元気もなかった。女は俺に「あそこで何をしてたの?」と話しかける。へんなおんなだった。 女の話に興味があるわけではなかったが豚になった両親の話を聞いてこいつも湯屋で働かされているのだと知った。可哀想とは思わない。ルールを知らなかったとはいえ、ルールはルールだ。俺はもそもそと草を食べ始めると「お腹がすいてるの?」と彼女が言う。 「じゃあこれ、分けてあげる」 でかい塩握りがぼろりと分けられて目の前に落とされた。彼女に他意はないと思うのだが。なんとか食べ終えた握り飯は自分が考えていたよりも上手くて、土が着いてるのも仕方なくだが全部食べきった。 「あのねネズミさん。ここには怖いネズミさんもいるらしいから気をつけてね」 怖いネズミ? 「ネズミさん、小さいし細いから心配だなあ。潰されないようにね」 ……。その、怖いネズミというのはまさか。体をふくらませて内蔵をばら撒くやつだろうか。そうだとしたら俺である。それは、俺。と言ってやってもこの女には伝わらないだろう。 「私も潰せるくらい大きなネズミさんらしいんだあ」と彼女はのんびり空を見ながら語る。横にいる俺がそうだと知ったらこの女はどんな顔を見せるのだろうか。 その後握り飯のおかげか少しだけ楽になった俺は魔力をくらいまた人間の姿に戻った。湯屋に戻るとハクが忙しなく動いている。俺が居なくなったあいだの仕事はハクに投げられたらしい。 「ごめんハク。もう戻ったからいいよ」 「#名前1#さん。体はもう大丈夫ですか」 「ああ。握り飯のおかげで何とか」 握り飯?とハクは不思議そうな顔をしていたが俺は何も言わなかった。代わりに新しく入ったナメクジには似ても似つかない女を知らないか、と聞くと「ああ、千ですね」と簡単に教えてくれた。 「あの者が何かしましたか」 「いや」 「……まさか、その握り飯っていうのは」 「ああ、うるさい。さっさと仕事に戻れ」 格としては俺の方が上である。命令されたハクは渋々と黙り背を向けた。 千というのか、あの子は。ぽつりと名前を呼ぶとどうにも違和感があった。俺からヤマネという名を奪ったように、あの子からも奪ったのだろうか。もし、そうだとしたら。 「#名前1#さま。どうかなされましたか」 「あ、ああ。番頭か。いや、気にしないでくれ。すまないが26番の風呂は空いてるか?」 「は、26番ですか?」 「オウギヤが占いで26を出したらしいんだ。誰もがそこに突撃する前に埋めようかと」 「なるほど、掃除のものを手配しておきます」 「頼む」 戻ろうとしたら後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。千だ。振り向くとあの子がいた。ネズミの姿しか知らないあの子は俺を見ても「なにか偉そうな人」と思うのかはぁっ!!とビックリした顔をしてすぐ逃げてしまう。俺は、どうすればいいのだろうか。 千はそれからもトラブルを起こしたが、ハクを助けるために頑張る姿を見ていたら俺は何も言えなくなってしまった。気持ち悪い客を呼び寄せてしまったのは彼女の責任だが、せめてものと思いでネズミ姿で彼女についていったら銭婆にまで会いに来てしまった。 「#名前1#、あんた、どうするんだい」 「戻るよ、賭け事だから」 「今のこれは?」 「いちじきゅうせん!」 銭婆はけたけた笑いながら「人間とあんたの人生は全く違うんだから」と俺の事をつついた。俺は彼女に恋をしているとかそういう訳では無いと思う。ただ、彼女を見守りたかったのだ。ボロボロの小さなネズミにさえも優しく、笑顔を浮かべていたこの子に幸あれと思ったのだ。この子が望むなら、俺はハクさえも助けるのに。 「今の言葉、言った方がいいんじゃないのかい」 「でも、言わせたらそれはだめだ」 「困ったもんだね、神様ってのも」 「そういうルールの元で生きてるからな」 人間が忘れてしまったルールの中で俺たちは生きているのだ。でも、もしも、坊たちがハクを助けたいと思ったら俺は力をふるおう。千は、あの子は、なんの後悔もなくしあわせに、ただ幸せにあってほしいのだ。俺はハクの迎えに一緒には行けなかった。ここで着いて行ったら彼女の気持ちを邪魔してしまいそうだった。どうせ後から湯屋には戻れる。さようなら!と彼女のはっきりした声を聞いた。またね、とは言われなかった。 あの後、千こと千尋は人間の世界に戻ったらしい。向こうで元気にやっているかどうかは俺にはわからないけれど、きっと大丈夫だと思う。俺は湯婆婆と命を懸けた決戦をしたのだが結局坊が独り勝ち。ハクとの契約は上塗りされて、彼は八つ裂きにならずに済んだ。俺はこの勝負のせいでまた力を失いよぼよぼのネズミとなってしまったがかけ事のせいでまだ湯屋で働いている。銭婆のおかげでハクは人間として生まれ落ちる権利を得た。今も湯屋で働いているのはかわいそうな姿で働く俺と寂しがる坊がいるせいである。 ここの時間と千尋たち人間のいる時間は全く違う。ハクが出会うのはもしかしたらこの世界を忘れた千尋かもしれないらしい。寂しいなあと俺は思ったがハクはそうは思わないらしい。 「寂しいことはあるけれど、この選択に後悔することはないと思うんです」 「そうかあ?」 「#名前1#さんが幸せを願ったように、ここの神たちはみな千尋の幸せを願っていました。僕はあの子の成長を見届けたらそれでいいんです」 偉大で、それでいてとても美しい愛だった。 「あーあ。お前にゃあ敵わねえなあ」 「はあ?」 本当は、俺も、あの子を幸せにしてやりたかったし成長を見届けてやりたかった。なんて、嘘でも今は言えないけれど。