こんな恋するんじゃなかった

 荻野千尋です。よろしくお願いします!  顔は微妙。声はハキハキとしている。目立たないけれど綺麗な光を放つ髪ゴム。なんというか、転校してきた子は俺らの日常を変えるような劇的な存在ではなかった。  彼女は平凡な子だった。それでも、どこか不思議な雰囲気を放っていた。運動は苦手な子だったが真面目だったし、取り組み方もいつも一生懸命だった。女の子たちは段々と彼女を受け入れていた。俺はと言うと、まだ話しかけたことも無いまま。2ヶ月が簡単にすぎてしまった。  ある日、遊んで飛ばした靴が川に落ちてしまった。ただの用水路である。カバンを置いて中に入ると荻野が「ねえ!!」と声をかけてきた。 「危ないよ、そんなとこ!」 「へーきだって」  どうせ足首まで浸かるくらいである。いつも一緒にいる友達と、荻野は大人しく待っていた。濡れた靴を持って上にきた俺を見て泣きそうな顔で「よかったあ」と言った。ただの事故なのに俺の事をそんなに心配してくれたのか、とちょっとだけ心が動いた。 「おい、#名前1#。顔赤いぞ」 「う、うるせーな!」 「あいつがいいの? 意外」 「意外ってなんだよ!」  荻野は可愛い顔をしている、と思う。たぶん。分からないけど。  でも荻野は人を好きになるとかあんまり考えてないみたいだった。恋バナにも乗ってこないし、好きなタイプと言われると「私を助けてくれる人」とか言い出す。皆は笑ってたけど荻野は涼しい顔をしていた。どういうことだよそれ!!  荻野はたまに遠い方を見る。耳をすませて寂しそうに笑うことがある。周りは荻野さんって変わってる、とか言ってたけどそんなのは元からだ。変わってるとかじゃなくて、やりたいことしてるだけなのだ、と思う。  そんな荻野に好きな人いんの、と聞いていいのか分からなかった。そもそも、こいつは人を好きになるのかどうかも分からなかった。もし、好きになってくれるなら俺がいいなと思った。 「な、なあ」 「なあに?」  たまたま日直がふたりだった。放課後、担任から任された仕事をするために2人で国研にいた。荻野に聞くなら今しかないと思った。 「あの、俺が靴を落とした時」 「ああ。あれ?」  荻野に好きな人いんのと聞けるほど俺は勇気が出なかった。そんなことできたらもっと前から告白だってしている。荻野は笑いながら「昔、私も靴を落としちゃってさー」と言った。  川に落ちたの。でもね、色々あって助かったんだ。  その、色々に何かあるのだろうか。荻野は遠くを見るようなそんな顔をする。 「た、大変だったんだ、な」 「……うん。でも、私のターニングポイント?ってやつだと思う」  英語の授業でならった。運命の分かれ目とかそういう意味のはず。荻野の笑顔はやっぱり可愛くって俺はついつい「お前のことが好きだ」と言ってしまった。 「……ありがとう」  その笑顔で俺は荻野は好きなやつがいるんだろうな、と思った。人生初の失恋はあっけなく終わった。でも、それで良かったと思う。何か知らないけど、そのターニングポイントとかいうことで荻野は人生も、恋も、変わったんだと思うのだ。俺は荻野を幸せにしてあげられると思うけど、荻野の幸せは俺の隣じゃないのだ。 「ごめん、荻野を困らせたい訳じゃなくて。その、なんていうか」 「#名前2#くん、私のこと嫌いなのかと思ってたからびっくりしちゃった」 「………。ごめん」 「なにが?」 「なんとなく」  家に帰って、父親に東京ラブストーリーの話をした。俺はカンチとリカに付き合って欲しかった。絶対リカとの方が幸せになると思ったのに。でも、カンチが選んだのはあの腹立つ女の方。何でだろうっていつも思っていた。父親はそのリカを演じた女優が好きで今でもたまにカンチに怒っているんだけど。 「俺ね、今日、リカみたいになった」と言ったら父は変な顔をした。 「女の子になったのか?」 「ううん。好きなやつにフラれた」 「ばか!! その程度でリカになるんじゃねえ!!」  ごん、と殴られた。 「でも、おれ、その子の好きな人より絶対その子のこと好きにできる自信あった」 「そんな独り善がりの幸せ、その子は嫌がったんじゃないか」  独り善がり。その通りだ。でも、俺は、荻野がどこか行っちゃいそうな目で外を見るのが嫌だったし、荻野が人を好きになるのかどうかもよく分からなかった。今考えてみると、荻野の幸せと好きな人とかって関係あるのかも分からなくなった。 「恋愛ってむずかしーー」 「そうだそうだ、悩めよ」  けたけた笑っている父は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて風呂にいってしまった。荻野が、幸せになってくれたらいいのになあって。そんなことを思った。でも、できればやっぱり俺の横がよかった。押し付けるみたいだけど、俺、荻野のこと幸せにする努力を最大限にできたと思うんだ。