正解なんてない世界
今から30年は前のこと。ハリウッドは暗黒の時代と呼ばれ、仕事があぶれた映画関係者たちがこぞって貶した時代のことである。#名前2#・#名前1#という俳優がいた。彼は主演を張れるような顔はなく、いつも脇役で特に殺される役が多かった。スポンサーに抱えられた新進気鋭の俳優たちは#名前2#を見るといつも「ああはなりたくない」と悲しんでいたが、なにかと映画監督たちは#名前2#を使いたがった。 彼は受け身の演技と呼ばれるものがとてもうまかった。それは当時のスターを輝かせるためのハリウッドの演出にとって理にかなったものだった。 それに対して#名前2#より一回り年下のリック・ダルトンという男。演技に人一倍に真面目であるが癇癪持ちでよく泣いた。彼はハリウッドの暗黒街から抜け出して伝説になろうとやっきになっていたが上手くはいかなかった。彼がなぜ覚悟を決めてマカロニ・ウェスタンに出ようと思ったのかは分からない。キャリア形成のためにイタリアへ飛ぶ俳優たちは少なからずいたがそこで成功する俳優は稀であったし、#名前2#にしてみればリックは失敗するだろうなと思う俳優だった。 だが蓋を開けてみれば三本の主演映画と妻とを抱えて帰ってきた。これには驚いたがマカロニ・ウェスタンであることに変わりはない。ハリウッドでは過去にすがりついた愚かな映画関係者たちが「あんな映画」と揶揄するのである。彼が本国アメリカへ帰ってきてもそれに期待する人はいなかった。 今でこそリック・ダルトンと言えばセルジオ・コルブッチのもとで輝いた名優であるが当時の価値観からすれば彼はマスコミから目を向けられる人ではなかったのである。リックがイタリアから帰ってきた年にちょうど、楽園の彼方にという映画のヒットがあった。主演俳優は#名前1#とコンビをよく組んでいたミヒャエル・グロスだった。彼はリック同様イタリアへ飛び主演映画をひっさげて帰国、相棒のスタントマンと共に新しい映画を作り上げたのだった。世間は別の話題で大盛り上がりの時にリック・ダルトンは帰ってきた。それを聞いた#名前2#はげらげらと笑い転げたという。そしてマネージャーを経由して時間を見てお前のところに行くよ、と連絡を入れていた。 連絡の入ったその日は奇しくもリック・ダルトン邸にチャールズ・マンソン一家が侵入してきた日だった。 ここであえてチャールズマンソン事件について触れておこう。チャールズマンソンという新興宗教について今では触れる人はほとんどいない。リック・ダルトンのスタントダブルであるクリフ・ブースが自己防衛で彼を殺したからである。かのビートルズの曲に自分を重ねていた彼がなぜリック・ダルトン邸へ向かったのかは未だに分かっていない。 事件前に怯えて逃げてきたおかげで生き残った仲間の証言によると彼らはポランスキー邸へ行く予定だったらしいが当日になって急遽予定を変えたのだった。というのも、横に住んでいたのがリックダルトンであることを彼らは当日初めて知ったらしいのだ。昔大好きだった俳優が飲んだくれのヒッピー嫌いであったことがマンソンたちにとっては相当ショックだったのではないか、と言われている。 ポランスキーはその日は出張していて家にはいなかった。赤ん坊を身ごもった妻のシャロン、そしてシャロンの友人の3人が家にいたということは記録されている。 リック・ダルトン邸に侵入したのは1人の男と2人の女。1人はリックダルトンが燃やし、残りの2人はクリフブースが殺したとされている。 従軍経験のあるクリフ・ブースは今回の事件で「あいつらが悪魔のなんだかんだって喚くしナイフと銃を持ってたから敵だと思った」と証言を残している。襲撃に合う前にスパーン牧場でたむろする彼らを見ていたこと、昔の経営者であるジョージに会ったことで変化した異質な態度などの理由から「彼らはやばい」ということが分かったという。それに対して殺すのはどうかという意見もあったが彼がいなければシャロンたちが狙われていたかもしれないこと、リックとその妻のフランチェスカの命を助けたということを鑑みて彼らは罪を被ることはなかった。 #名前2#はリックダルトンの襲撃事件についてリック本人から電話で聞かされたという。クリフが刺されたので来るなら病院に来い、と言ったらしいがこの会話からもわかるように彼らはこの時点ではかなり会話する関係性を持っていたらしい。 #名前2#が見舞いに行ったのは午後5時過ぎのこと。リック・ダルトンは朝からその病室にいたらしい、と#名前2#は揶揄しているが実際はクリフの愛犬のことだったり警察の聴取があったりと忙しくしていたらしい。 彼らのこの時の会話は#名前1#のマネージャーであるミュラーとリック・ダルトンの回想から細かなことが分かっている。 リック・ダルトンによると#名前2#は1969年を擦れっ枯らしのハリウッドだ、とよく貶していた。50年代のグッドユースドハリウッドを思い浮かべているのか彼は酒を抱えてにまにまと笑った。 「リック、お前は運の悪い時期にここに来たなあ」 「ふん、殺され役のあんたが何言ってやがる」 ハリウッドといえばスター制の場所である。#名前2#のような名脇役は後年に評価されるものの同業の俳優たちからすればいつもの汚れ役、捨て役を掴まされているも同然だった。ひひっと口の端をあげて笑う彼はどこかのクソ野郎を思い浮かばせる。 「俺だってスターから落ちぶれていったお前にゃ言われたくないねえ」 先程も言ったようにスター制ということは、その人気にあやかって成立するものであり、その人気がうすれれば看板は建て変わる。#名前2#はある意味それをすり抜けてハリウッドの中でも食っていった存在だったがリック・ダルトンはウェスタンドラマからの映画という暗黒街にやってきた。そうして段々と暗黒街の雰囲気にのまれてしまい、今は下降気味になったのだった。 「いやあ、ヒッピー共と戦えばお前さんも少しは気楽になれただろ?」 「ふん。ミヒャエルのやつがあれをヒットさせたもんだから」 「から?」 「俺はもっと上を目指さなきゃならなくなった、ファック!!!」 リックは自分の尊敬する相手に対して嫌なことは言わない。リックの言葉にクリフも#名前2#も笑った。特に#名前2#は笑いすぎて酒をこぼし後々ナースに怒られたという。 それなら、と#名前2# が出したのは新作のポルノ映画のチケットだった。ヘイズコードが名実共に消え去ったことでポルノ映画は一気に盛り上がりを見せていた。めんどくさい自主規制はとっぱらわれたのだ、とお祭り騒ぎのように叫ばれていたのだ。#名前2#もその受け身の演技を買われて脇役として選ばれることもままあった。俺の新作だ、頼むよと#名前1#に渡されたそれにクリフは「いいもんだな、ありがとよ」と軽く受け取ったがリックはしかめ面になっていた。 「あんたまだこんなのに出てるのかよ」 「金がいるんだ」 「そりゃあ分かる。俺も、自分の人生かけてイタリアへ飛んだ。だが、あんたはどうだ? 媚びへつらった下っ端の役と殺される役ばかりじゃないか」 リックのこの言葉は彼なりの賞賛でもあった。悪友のような関係を築いていたがそれでもリックは#名前2#という男が殺され役として自分を引き立てていたことに気づいていた。多くの俳優たちが#名前2#に話しかけるのは彼がいなければ自分は、と思う節があるからだった。#名前2#はリックに笑いかけるが何も言わなかったらしい。 リックはその後、ポランスキーの新作映画「ナイフ・オブ・ザ・ジーニアス」に悪役として登場した。この役はリックへの当て書きであることが後に発表された作品である。そしてリック・ダルトンの名前を再び上に持ち上げた作品でもあった。 苦悩に満ちた、人を愛する悪役という掘り下げ方に誰もが嘆息をもらしたと雑誌では特集されている。もちろんそのアクションにあのクリフ・ブースも参加していた。#名前2#もこの作品に出ていたが、その後の映画作品にはめっきり出なくなってしまったのだった。 リック・ダルトンは#名前2#・#名前1#の訃報を聞いた時どんな顔をしていたのか。スタントマンのクリフは何も言わない。ただ、とあるインタビュー記事で彼は一言、「惜しい人を亡くした」とコメントしている。 #名前2#・#名前1#は誰に殺されたのか。それはすぐには分からなかった。容疑者としてマンソン一家の生き残りたちの名前が出ていた。 チャールズ・マンソンは既に死んでいたのでスパーン牧場にいるヒッピーたちは右往左往していたはずだった。しかし、それを手助けしたのがスパーン牧場のジョージに恩を感じていた#名前2#だった。彼はヒッピー集団に殺されたと分かったのが事件から5年後のこと。リック・ダルトンは奇しくもその年に虐殺者ヒトラーの苦悩を描いた「アドルフの唄」という映画に出演していた。彼の迫真の演技はそのまま#名前2#を殺したヒッピー集団への気持ちだったのではないかと言われている。 マネージャーのミュラーは#名前2#・#名前1#と過ごした半生を振り返る自伝で、あの時ほど自分を恨んだことは無いと言う。#名前2#にもっと映画に出させればよかったと後悔しているようだった。 彼はとても愛されていたと思われる。それこそ、家族のように。強く深い絆で結ばれていたのだと。 ノートを記し終えて部屋を出た。ここは今もなお映画の街である。人々が夢を追いかけてそして夢を見る場所である。今日はリック・ダルトンの引退作として、久しぶりの彼の本気の「かっこいい男」を演じるものだった。このご時世で、イケメンだとかハンサムと呼ばれる人は沢山いるがリックは「俺の中でのかっこいいってのはな、」ととある人物をモチーフに演じられた。この映画のヒットを記念して作られた雑誌の特集の煽り文句は#名前2#・#名前1#がスクリーンに蘇った、だった。 父のリック・ダルトンは父親として決して良い人ではなかった。兄は父に反発して絶対に役者にはならない、と堅実な仕事に就いた。僕の方はと言えば、幼い頃からクリフにもみくちゃにされていたのでスティーブ・マックィーンみたいにスタントマンを使わないアクション俳優として売り出している。 クリフは僕にリックを怒らないでくれ、とよく言っていた。あいつには父親の愛情がよく分からないんだよ、と。#名前1#という俳優はきっと父にとっての父だった。メンターとして、彼のことを追いかけていたのだろう。それが突然いなくなったものだからリック・ダルトンは路頭に迷うことになる。 リック・ダルトンはそれでも最後まで走りきった。自分の中の美意識と格闘して映像の近代化と格闘して自分の1番を作り上げた。 「お疲れ様、父さん」 リック・ダルトンの中には確かに#名前2#・#名前1#がいた。