It's only the start of life.

 不思議な男だった。俺ががぶがぶと酒を飲んでいるときに興味深そうに俺を見てきたのだ。それでまるで動物園のサルを見るかのような目つきで俺を見てきたので話しかけることにしたのだった。 「……一体なんですかい」 「あ? あ、ああ……いや、ごめん」  ごめん、で終わったらよかったが男は俺をずっと見続ける。気になってしまってもう一杯頼む気にはなれなかった。もう帰ろう、と立ち上がると男が「!」と犬みたいにびっくりした顔で俺のことを追いかけてきた。 「会計を」 「ま、まって!」  俺が払うから、もうちょっと飲んでよ。はにかむように笑う男の名前は知らないが、きっとあだ名はパピヨンとか仔犬系なんだろうなあと思った。  男は名前を名乗りたがらなかったのでパピヨンでいいか?と聞くとあっけにとられた顔になった。 「パピヨン」 「だってあんた、前に飼ってたパピヨンに似てるんだよ」 「似てるのか……?」  自分のひげをさすりながら仮称パピヨンは「まあそれでもいい」といった。嫌なら名乗れ、というと「パピヨンにするよ」と犬の鳴き声をやってみせた。どう聞いても大型犬の鳴き声だった。 「あんた、名前は?」 「#名前2#」 「#名前2#……。そうか、名前は変わってないんだな」 「ん?」 「い、いや。ごめん。何でもない。えーっと、家族は?」 「……あんた、探偵か何かなのか?」 「んーー、違う。ごめん、今の質問は俺が悪かった」  悪かった、というレベルではないと思うのだが。酒を飲みながら「ただの傷心旅行だ」と言ったらびっくりされた。フラれたのか……とあけすけにものをいうパピヨンを殴りたくなったが、筋肉量が圧倒的に違うので諦めた。殴った俺の手の方が痛くなりそうだ。 「あんたをフるなんてその女も見る目がないな」 「というか、その男が正しいかな」 「……ごめん」 「別に、大丈夫。それより俺が男と付き合ってたって聞いてそんな平然としてるやつも珍しいけど。お仲間?」 「……そういうわけでもない」  パピヨンは苦く笑って酒を飲みほした。雰囲気的にはそう見られてもおかしくないのかな、と思ったがそれを人に言うわけにもいくまい。パピヨンはなんでここに?と聞くと「仕事だ」と冷え切った声で言われた。あれほどフワフワして俺に笑いかけていた男がそんな声を出すことがあるものか、と驚いてしまった。  何も言えなくなった俺にパピヨンは「やらかした、」という表情になって視線をそらしてしまった。 「……俺の話なんだけど。そいつはずっと友達をやってくれてたやつでさ。ゲイってことを知ってても笑い飛ばしてたやつだったんだ。で、俺はそれを受け入れてるだとかそういう都合のいい考え方をしてたんだよなあ……」 「そうじゃ、なかった?」 「うーん。アイツは、どうなんだろうなあ。多分本当にフラットな考え方をしてるんだよなあ。友達からセフレになってもすぐに終われるんだよ。あいつは恋愛をするって考え方じゃないからさ」 「ああ、じゃあ、向こうは遊びで終わったってこと?」 「多分。俺だけが悲しんでると思う」  細かな話はどうでもいいのだ。俺が勝手に寂しがって悲しんで傷心旅行って言ってアジアにまで飛んだのだ。セックス観光ってものを試してみようとしたのが悪い。結局女を抱ける体ではなかった、と気づいたくらいだ。 「じゃあ、俺がなぐさめようか?」 「……さっき、そうじゃないって言ったくせに」 「俺が好きだからだけど。その理由じゃダメかなあ」  駄目じゃない。昔の俺ならそう言ってただろうが、傷心旅行なるものをしている俺にはダメだった。 「あんま、安売りするなよ。パピヨン」 「……懐いている犬も切り捨てる?」 「どっちかっていうと、籠に入ってきた蝶々を手放す気分」  パピヨンは笑いながらうなずいて「会計はしておく」と立ち上がった。俺ももう飲む気もなかったが一緒に店を出る気にはなれなかった。  #名前2#。家族とは別に、俺を認めた男。死ぬ間際も俺のことを心配していた。お前は勘違いされやすいからなあ、と。死にゆく家族のことも、俺が死にたがっていることも#名前2#にはわかっていたのかもしれない。俺にわざわざそんな言葉を残すなんて#名前2#はひどいやつだ。俺にだって不死身の伴侶がほしい。俺だって一人は嫌だ。でも、ジョーたちは、きっと#名前2#や妻のような人に出会うことはないのだろう。俺はそれだけ考えるとちょっとだけおかしな気持ちになるのだった。#名前2#によく似た人物を酒場で見つけたのはビックリした。女たちが色を売るこの街で男が一人黄昏ているのは不思議な光景だった。  じっと横顔を見るとそれは友であった#名前2#によく似ていた。名前も同じと聞いた時に運命だと思った。#名前2#をフッた男は誰か分からないが、もし俺がその場にいたらそいつを殺してやるだろうと思った。俺はもうこの男の死を看取ることはできないが、思い出を塗り替えてやることはできると思った。しかし#名前2#はセックスの誘いを断った。はっきりと。蝶々を手放すだなんて。逆だ。俺が、#名前2#を手放さなければならなかったのだ。それが分かったとたん、寂しさが募った。俺はやっぱり孤独なのだろうか。