おそれながら、愛しています
「あのお、すみません。久住って人に面会をしたいのですが」 「……なんの御用で?」 「姉の遺言なんです。花を届けろって」 ほら、とコピーを見せるとヘンテコな顔をされておれは面会を許されることになった。待っていたらドラマなどで見たような均一的な服を着て男の人がやってきた。 「あなたが久住さん。顔初めて見ました」 おれの言葉に対して彼はなにも返事をしなかった。 「えっと、うちの姉……舞帆乃から花を届けてくれって」 でも、生花とかダメって聞いてたので折り紙を。おれが渡したものを久住はぴろりと指で掴むと床に落として踏みつけた。くいっと顎を使ってドアを示す。 「また来ますね」 おれはそれだけ言うとまた立ち上がった。何か背中に声をかけられるかと思ったがそれもなく。こんなシーン、たしか映画にあった気がするよなあと思いながら帰路に着いた。エターナル・サンシャインだろうか。人生山あり谷ありと言うけれど、おれの姉にはそんなものなかったし人に山と谷を押し付けるような人だった。久住という人もまた、押し付ける側だったのだろう。 姉が薬物依存症になっていたのは知っていた。まさかそれで刑事さんが姉のところに来るとも思わなかったけど。薬物依存症の人間なんていっぱいいるのに、と思ったのだ。すべて終わった後、警察の方から聞いたところによると、久住って言う犯罪者の恋人と思われていたらしい。事情聴取をお願いした時、姉は笑いながら「あの人に愛なんて分かるわけないじゃないですか」と言って刑事さんたちを追い返したそうだ。すべて後から聞いた話なのに姉がてきとうなことを言って殴ったりしなくてよかった、と思った。そんなことになったら余計におれが謝罪する羽目になっていただろう。おれは話してくれた警察の人(本人たちから刑事じゃないと言われた)に頭を深く下げた。 あの日はとても涼しかった。まるで人間のいきやすさを考えるために地球が調節してくれたかのような日だった。おれが姉に面会をお願いしていたちょうどその時、呼び止められた。おれの苗字を呼ばれて「君のお姉さんがーー」となぜか話しかけられていた。クスリの売人についても、姉の恋人についてもおれは聞いたことがなかった。おれから情報は取れないと気づいたのか、すぐに質問はやめられた。 メロンパンの車に乗った二人はおれに「何かあったら連絡して」と名刺を渡して帰って行った。おれはというと、その名刺をさっさとゴミ箱に捨てて姉の元に戻った。警察のことを信用していないわけじゃない。個人的に名刺を渡される行為が好きではないだけだ。増してやおれはただの会社員である。 更生施設で会話をしているとロケットマンのエルトンとバーニーみたいだよね、と言ったら姉には「エルトン・ジョンもこんなことしてたの……」とぽつりと言うだけだった。そうだ、と思い出せたのはなんの偶然だったのか。おれは姉に警察について話を聞こうと思った。 「ねえ、さっきの警察の人たちってなに?」 「けいさつ?」 姉の記憶はたまに混乱する。薬をやる前からこうだから気にしたことはない。あんた何を言ってるの、という顔で姉はこちらを見ていた。 おれは話を聞くのを諦めて空を見たり庭に生えてる木を見たりして「綺麗だね」と笑う。数分後、姉はゆっくりと「あの人たちねえ、久住さんを探しに来たのよ」と教えてくれた。くずみさん。久住さん、と名前を変換するのに一瞬戸惑った。姉にとっては救世主。おれたち家族にとっては薬物の道に突き落とした悪の権化である。おれはあの人たちに嘘をついた。本当は薬の売人についてもよく知っていた。彼についてよく知っていた。わざと言わなかったのは、ただおれの醜い虚栄心のためでそれ以上にはなんの意味もない行為だけれど。かの悪の権化さんがどうしたと言うのか。おれは待ってみたが、姉はその日はそれ以上は教えてくれなかった。 また何週間か空けて姉に会いに行くと、姉は体調もかなりよくなったのかおれの名前を呼べるようになっていた。 「あの警察の人ね、わたしに久住さんの恋人かって聞くから。『あの人に愛なんて分かるわけないじゃないですか』って言ったのよ」 姉は元気に笑いながら不穏な動きで外を見つめていた。その日の夜、姉が突然死したという連絡を受けて神様か、もしかしたら久住がなにかしたのかなぁと思った。姉の遺言はとくに使えたものじゃなかったが、願いを叶えてやるくらいならまあいいかなと思った。姉の遺言のために久住という犯罪者に会いに行くことになった。花を与えろ、と。許しを与えろ、と書かれていた。許し。誰から誰へのものなのか。許しを与えてよいのは被害者の人たちだけじゃないのか。おれは自分が被害者になったことはないのに。考えても姉の思考回路などわかるはずもない。姉はもういないのだから。 久住という人をおれは会ったことがなかったが、彼がおれを避けていたのは知っていた。姉はたまに久住という人に会ってほしいと言っていたから。薬のせいでおれが久住か弟かもわからなくなっていた。 「ねえ、弟に会って? そしたらわかるの。本当よ、わたしの可愛い弟なの。可愛くて本当に可愛くて大嫌い」 あの言葉は今も覚えている。久住という人は姉から受けたおれへの呪いを必死に受け取ってきたのだろうか。 彼は姉からは逃げられたが、裁きからはもう逃げることさえもできない。なんだか面白くさえ思えた。おれが会いに行く度に彼はなんとなく話しかけるような素振りを見せたあと直ぐに黙り込む。別に話してくれなくてもいいのだが。 何回か会いに行った時、メロンパンの車に乗っていたあの二人に再会した。志摩と伊吹と名乗った二人に「今日はメロンパンじゃないんですね」と言うと苦い顔をされた。志摩と言う人はつつかれて重そうな口を開いた。 「……久住に会いに来てるって聞いてたので」 「はい。……でも、なんで知ってるんですか?」 「それは……」 「俺のほうがねー、ここにいる人に用事があったの。別の人だけどね」 伊吹という人はトップバッターを務めない割には話に割り込むことは平気らしい。おれは「はあ……」と適当に頷いて二人を見つめる。 「……あの、久住は、なにかしゃべりましたか?」 「いえ、何も」 「でも、面会はよく行かれてますよね」 「話をしたそうにしているのを見かけます。でも、会話などはしたことありません」 せっかく真面目に答えたのに「そうなの?」と拍子抜けのような顔をされた。心外だ。しゃべってないという情報は入ってきているはずなのに。まるで探偵術で探られているような気持ちだった。 「ねね、あんたはさ、久住となにか関係があるとかないとか……そこら辺、どうなの?」 どうなの。どうなの、と聞いたのか。 「さあ。あの人はおれを嫌っていたようなので」 おれはそのまま二人を置いて自分の車に戻ってきた。 伊吹は歩いて行く男の後ろ姿を見ながら「ねえ、あれって本気の言葉だったのかな?」と志摩に聞いてみた。 「なにが?」 「今の。嫌っていたってことば」 「ああ……。自分の中ではそうだったとかじゃないのか」 「えーー、あんなに好かれてたのに? そんなことある?」 好かれてた。伊吹の直球な表現に志摩はぐっと顔をしかめた。確かに久住はあの男に執着していたと思う。だが、それは「好き」という感情だけだったのだろうか。憎しみではなかったが、ストーカーのような粘着質の愛でもなかった気がしている。久住を逮捕したあと、彼の所持だというホテルルームやパソコンなどであの男の名前を知った。しかし、男にはなんの犯罪履歴もなくたたいてもホコリの出ない身の清さで捜査している方が困惑してしまった。彼の姉との関係はなんだったのか、弟のことを調べ写真をのこし、接触することもなかった理由とは。 「俺ねー、久住は寂しいやつだったのかなってたまに思うんだよね」 「……あいつが?」 「ぜーーーったいに認めたがらないとは思うけどさ、でも……あの人がいなかったら久住はあそこまで暴走しなかったのかなって」 「暴走?」「なんとなくだけどね~」 伊吹の野生の勘はよく当たる。普段が感覚的に生きているせいで言葉として表現できないけれど。志摩は「そうなのかもな」と受け流すように頷いた。伊吹は笑って「そうなのだ!」と志摩の腕をひっぱって車へと向かった。