オフホワイトの抱擁

!女性差別の表現あり !アルフレッドのフラグ  アーサーは俺の家によく来るようになった。#名前2#さん、俺ね、こんなジョークも考えたんだよと古ぼけたノートを見せる度にクラウンとして動いていた彼との二面性に怯えそうになる。俺が怯えるとアーサーは昔のシャワーを浴びられなかった子どものような顔をする。結局のところ、俺はもうクモの糸にかかった虫のようにじわじわと彼に殺されるしかないのだろうなと思った。  ウェイン家に勤めることになったとき、とても嬉しかった。そのネームバリューに俺は酔いしれていた。だが、いざ働いてみると自分の家族以外をどうでもよいと扱う金持ちたちの気持ち悪さがみてとれた。残念ながらウェイン家は俺の想像していたような理想の家族ではなかったのである。同期で入ったものは段々と性格が変わった。給料はそこまでなのにこきつかうあの人間に嫌気がさしてやめるか、泥棒をしてとっつかまるか。ゴッサムシティという土地に違わず、この家の中もごたついていた。  俺はそれでもなんとか働いていた。ここを出たら働けるかも分からないし、粗末な部屋であっても家に住みこみで働けることは嬉しかった。家族は今は妹のみ。妹は俺とはちがって人のために働きたい、と輝かしい仕事についていた。病院の事務仕事である。もちろんこれは皮肉だが。  アルフレッドはずっと働き続ける俺になにを考えたのか愚痴をこぼすようになった。彼はウェイン家に呆れているところもあったが、どうやら家系的に仕えると決めているらしく自分は悲しい当主にあたったと俺に泣くのである。俺が何をしてやれるというのか。何もしてやれることはないのに変な男だった。たまに二人で酒を飲んだ。アルフレッドは次の投手にはウェイン家の良いところを教え込むつもりだと自慢げに語った。お前と私とで未来の当主を育てるのだぞ、と言われて「俺もか」と思わず声に出していた。もちろんだ、とアルフレッドは笑った。彼のハッピーウェイン家計画には俺が入っているのか。なんだか不思議な気分だった。  アルフレッドの愚痴を聞いていた頃、とある女と仲良くなった。愚痴と一緒に飛んでくるアルフレッドの小言に辟易していて場末のバーに入り浸っては酒を飲んでいたのである。彼女の名前はペニーと言った。彼女はバーで歌を歌っていた。俺がウェイン家で働いている従者と知ると、あたしもそこに行きたい! と子どものようにはしゃぐ女だった。  彼女を働かせられないか、とアルフレッドに掛け合うと渋々ながら口をきかせてくれた。俺に「貸しひとつだな」と笑ったアルフレッドは俺のことをなにか悪どい男とでも思っているのだろうか。ペニーを連れてきたあとは二人で呑む回数はさらに増えて、アルフレッドは「あいつと結婚するんじゃないだろうな」と何度も俺に確認してきた。それはない、といつも否定した。ペニーのような女と付き合う人間と思われるのは心外だった。  ペニーは自分で「お金持ちになりたい」と夢想するだけあって、ウェイン家の当主に色目を使うようになった。別に、これまでだって奥さまと浮気をしようと、そしてそれでなり上がろうとする男もいたのだが、最近は従者の厳選が起きていたため起きたことがなかった。久々の事件に奥さまはかなり怒った。ペニーは別邸の掃除係となり、ウェイン家には会えないように指示された。彼女は「なぜかしら」と可愛らしい頭をひねった。 「わたしとウェイン様は愛し合ってるのに、奥さまは嫉妬されてるのね」  恐ろしいくらいに自分の都合の良いようにしか考えられない女だった。俺はペニーと距離を置くようになった。アルフレッドはそれを喜び、また奥さまの嫉妬により夜の方も多くなったとまた喜んだ。彼には未来のウェイン家しか頭にないのだろうか、と思ったがこのゴッサムシティで清く正しくいられることなんてまれだ、と考え直した。  ある日、事件が起きた。旦那様がペニーのことを殴ったのである。なぜ殴ったのか分からず、別邸にいるはずのペニーが本邸にいる理由もよく分かっていなかった。扉を開けた瞬間、その光景があったのである。次の瞬間、それはもう耳をつんざくような悲鳴があがった。旦那様は自分の見下す存在に躊躇しない人であったとその頃の俺はすっかり忘れていた。旦那様がそんなことするはずない!! ペニーの叫び声を聞いて、彼女がなにかしでかすのではと思った。慌てて彼女を止めようとしたら、振り回していた包丁が俺の方に向けられた。危ない、と身をよじると体が宙に浮く感覚に襲われた。起きた時には視界がいつもと違うということに気付かされた。片目が見えなくなっている、とドクターから聞かされてそういうこともあるだろう、と納得した。過度な光などは見ないように、と念押しされながら眼帯をつけて屋敷に戻った。ペニーは既に解雇されていた。アルフレッドが俺のかわりに諸々のことをやってくれたそうだ。感謝を述べると「……目が見えない君には大変だろと思ってね」とよく分からない言葉をいただいた。  そのまま働いてはみたものの、危惧していた通り距離感がつかめず失敗ばかり。慣れるまでいていい、と言われたが嫌になって職場をやめることにした。それでもまだ止められそうだと思い、これを機に新しい仕事を始めてみたい、自分の家を持ちたいというとアルフレッドはショックを受けた顔になった。  もういい、お前なんかどこかに行ってしまえ! と叫ばれてお金も貰った。退職金にしては多すぎるそれをありがたく受け取って、表面上は「使えなくなってやめさせられた使用人」ができあがったのだった。  仕事を辞めても金はある状態は初めてだった。最初は細々と店でも構えようかと思っていたのだが、金持ちでも商売人でもない俺が店を作ることはできない。何とかツテをたどって閉店間近の店を少量の金額で買い取り、店を開いた。店の収入はごくわずかだったが自分の根っからの使用人精神はうまく当てはまったようで日を追うごとに店に人が来るようになった。  そんなある日、ペニーが、俺の店に来た。小さい子どもを連れていた。 「この子はわたしの子どもなの」  相変わらずペニーは何を言ってるのかよく分からなかった。 「でもね、この子がいるとウェインさまは会ってくれないのよ、だから一旦あなたに預けておきたいの。また後で迎えに来るわ」  それは体の良い押しつけじゃないかと思ったが子どもの前で言うことはできなかった。この子の名前は? ペニーは笑って答えた。  アーサーよ。この子はキングになる子なの。  こんなにやせ細って大人に怯える子どもが? 俺は頷くだけ頷いてアーサーを家に連れていった。今思うと、この時にちゃんとアーサーを自分の子どもとして引き取れるよう裁判など起こすべきだったのだ。アーサーが養子だったと酔っ払ったペニーの口から聞かされるまでは俺は本当にどこかの男とセックスして彼を産んだと思っていたのである。よく考えれば、このペニーという女が子どもを産むまでのあの苦痛に耐えられたかも分からなかった。腹を大きくして痛さを乗り越えて生むような女ではなかったのだ。  アーサーは俺を見ると楽しそうに名前を呼んでは甲斐甲斐しく世話をしようとする。そんなのはいらない、と断っても「いいんですいいんです、俺がしたいだけなので」と話を全く聞いていない。  彼には結局クラウンの話を聞けていない。彼が家に来る時は緑色の髪の毛をしているもののメイクは全くしていないのだ。ちぐはぐとした雰囲気の彼に俺はなにか言ったらむしろ殺されるんじゃないかとぐるぐるしている。彼が俺に求めているのは父親像であって俺という個人ではないのだから。  久しぶりに会えた#名前2#さんは俺との再会をあんまり喜んでないみたいだった。俺はこんなに嬉しいのにどうしてかは分からなかったけど、多分俺があのクズたちを殺したからビックリしたんだろうなあ。  俺が#名前2#さんを殺すはずがないのに。  いつか昔みたいに俺に笑いかけてくれるようになったら、俺はきっと#名前2#さんと一緒に暮らすんだ。だからそれまでは#名前2#さんに生きててもらわなきゃいけないからちゃんとお世話してる。二人で暮らす時間は長い方がいいからね。#名前2#さんと二人きりの生活は母さんといた頃よりもきっと楽だ。俺が笑っててもこの人は俺のことをずっと抱きしめてくれるから。