そんなところまで追いかけてくるのね
※映画ネタバレあり 「エイドリアン、お前セスと別れたの?」 「……誰から聞いたんだ、そんな話。嘘っぱちに決まってるだろう」 「そうだよな。うん、ごめん」 俺の言葉にエイドリアンはにっこりと薄ら怖い笑みを浮かべた。こいつの笑顔は胡散臭い。エイドリアンはセシリア・カスという女性を恋人にしていた。パーティーで出会って、いい雰囲気になりそのまま恋人コースだった。いつものエイドリアンらしくない、彼からアプローチをかけていく様子を見て「おっ、これは本気のやつだな」と思った。それと同時に俺は一安心したのだった。心配していた彼のひどい独占欲は彼女に向かうことになったのだから。 セシリアには申し訳ないことに、エイドリアンには恋人が必要だ。それも、彼を必要とせず自分で立っていくことを求めるタイプの。エイドリアンの性癖は分かりやすい。彼女が怯えてエイドリアンに手を伸ばすことを待っているのだ。自分しか味方がいない状況に仕立てあげて、世界に彼と彼女しかいないような雰囲気に仕立て上げるのだ。 エイドリアンと仲良くなった当初、俺はまさにそれをぶつけられた。自分の身に付けている服をエイドリアンに決められて、受ける授業も同じにさせられて、隣に座らなかったら癇癪を起こして徹底的に他人をいじめた。エイドリアンはその外面の良さから教師に「いじめっ子」だとみなされていなかった。俺は周りから生贄のようにエイドリアンに差し出されたのだ。 「#名前2#、俺があげたやつ使わないの?」 「ごめん、家に忘れてきちゃってさ。妹が気に入ったーって取っちゃって」 エイドリアンにプレゼントされたものは必ず身につけてないと怒られた。妹の話をすると「仕方ないなあ、僕がもう1つ買ってあげるから」と嬉嬉として俺にプレゼントするのだった。最初のうちはステーショナリーだった。俺には拘りはなかったし、エイドリアンのセレクトは使い勝手がよかった。それが段々と私服にまで及んだ時、俺ははっきりとエイドリアンの人形にされていることを実感したのだった。はやくコイツから逃げたい。なのに、エイドリアンは俺を手放そうとしない。 だからセシリアといい雰囲気になった、と聞いた時に今こそ逃げるチャンスだと思った。セシリアに役割を押し付けたのだ。 「#名前2#、ねえ。誰からそんな話を聞いたの」 「噂だよ、お前が女にフラれるなんて面白い話だろ? みんなお前を蹴落としたがってるんだから。顔も良くて金持ちで天才のエイドリアン・グリフィンに弱味ができたって」 エイドリアンはそれを聞いてぐにゃりと顔を歪ませた。 「僕の弱味ねえ。そんなの知ってどうするんだろう」 「さあな、お前もパーフェクトヒューマンじゃないって思い込みたいんだろうな」 「パーフェクトヒューマンか。僕は確かにパーフェクトだけど、ヒューマン……ヒューマンね」 エイドリアンは微妙な顔になってじっと俺を見ていた。 「まあね……#名前2#が僕と同じ人種ってことを考えるとねえ」 「失礼なやつだな、お前は」 エイドリアンと笑いあった翌日、彼が死んだという知らせが入った。あんなに笑いあっていたのに、死んだ。それも自殺。俺の言葉がいけなかったのか、どうなのか。怖かった。エイドリアンの告別式に俺も参加した。死体は怖くて見ることができなかった。 1週間後、セシリアが俺に会いたいと連絡してきた。その時には既に死んだはずのエイドリアンが生きていたこと、自殺したことが報道されていて俺はあのグリフィン兄弟に騙されていたのだと思い知った。 セシリアはカフェで俺に笑いかけて「よくもあんな男と会わせたわね」と1番に言ってきた。あのパーティーの主催は俺じゃないよ、と言っても許されないだろう。エイドリアンを連れてきたのは俺なのだから。 俺は過去に恨んだクラスメートたちと同じことをしたのだ。セシリアを、生贄として捧げた。自分の身が可愛くて。 「……ごめんね」 「謝罪だけじゃ許されないわよ、なぜ男の人は女を差し出すの? 弱い者だから一緒に我慢しよう、代わりに押し付けようだなんて。まさに最悪の世界だわ」 「ごめん、分かってたんだ。エイドリアンは君に暴力をふるっただろうね」 「ええ、ええ、勿論よ! 社会的な名誉さえも奪われたわ、安寧も、大切な時間も、女としてやりたかったことも、昔から持っていた夢も全部全部!!! 彼に奪われた。それも、もう、終わりだけど」 「……君は俺を殺すの?」 「……殺さないわ」 「そう」 意外だった。俺が彼女の立場にいたら絶対に#名前2#・#名前1#を許しはしなかっただろう。 「だけど、いつでも私はあなたに会いに来られる。あなたを破滅に陥れることができる。それを、忘れないでいて」 「はいはい」 セシリアはきっとあのスーツを見たのだろう。透明人間になれるスーツだ。エイドリアンがずっと求めていたもの。自分の大切なものを、自分が知らないところでどうしているか見るためのもの。俺はあれを使われた時に本気で小便漏らしたしエイドリアンに写真を撮られた。消して欲しい、と必死で頼み込んだ時にエイドリアンはまるで優しげな聖母のように笑って答えた。 「そんなに消して欲しかったらミランダと別れてくれ。#名前2#にあの女は似合わないよ」 折角、セシリアを捧げたのに。俺はこいつから逃げられなかったと知ったのだ。こいつは俺を捕まえるために、たったそれだけのことに自分の英知の結晶を使ったのである。 「それにしても、まさかセスが返り討ちにするとは。俺には思い浮かばなかったなあ」 それほどまでに隷属精神が染み込んでいたとも言えるだろうけど。カフェから出ていったセシリアの背中を思い出しながらミランダの連絡先を探した。死ぬ前に彼女に愛してた、と伝えようと思った。 カフェでどうやって俺を殺すのかは分からないが、ナイフやフォークもないから毒か何かだろうか。俺はずっとこうやって待ってればいいのだろうか。 「セシリア、すまなかった」 手元にあるミルクティーの色が淀んだ気がした。