僕らの心は天使のほっぺみたいに柔らかい
!男主がゲイ。それを批判する表現あり !セックスエデュケーションのエリックが大好きな人間が書きましたよろしくお願いします 【エヴァンの話】 #名前2#という男はこの学校でもそれなりにみんなが知っていて。自分とは違う存在だ、とエヴァンは知っている。ジャレッドがあんな格好をしても浮いて終わってしまいそうなのに。#名前2#はまるでそれが普通だ、というように着てやってくる。僕はそれが羨ましかった。僕にはそんなアイデンティティというものは存在していない。人に見せるためのルーツなんかも。あんなに胸を張って動けるのは不思議だ。 僕は時たま彼らは何かの小説のキャラクターかなにかじゃないかと思う。僕らはその作品の読者なのだ。そうやって自分に言い聞かせないと劣等感で心に穴が空いてしまいそうだった。 #名前2#はこの前開かれたホームカミングのパーティでものすごい派手な衣装でやってきた。彼のルーツとなった国、モンゴルの洋服を着て胸を張りスピーチをしたのだ。 「僕はゲイだ。僕はどこにいてもそのセクシャリティに悩んできたけど今ならはっきり言える。これが僕だ。それを誰に否定されることもないだろ」 そして彼は歌を歌ってみせた。人の声なのにまるで楽器みたいに響いていた。アラーナはすぐにそれを動画にして拡散してみせた。彼女の「やったわ」という声は僕にはわずらわしく聞こえた。 僕は#名前2#を見ながらそんな自信満々にやれることが不思議だった。ジャレッドは彼を「見せつけたがりだよあんなの」と皮肉っていたけれどその言葉にあったのはそれだけじゃないような気がした。 #名前2#は白人じゃないから、といじめられていたのに今となっては一躍話題の人になった。人間は単純だからスーパーヒーローになるのは「過半数が認めた人」ってこと。そして#名前2#はまさにその「過半数以上の大勢の生徒が彼を認めた」ことでヒーローになった。ヒーローになっても#名前2#は今までと変わらない。恋人がいるのは宣言していたし、つるむ友達を変えることもなかった。それがまた彼の性格の良さを見せつける。 そんな彼とコナーが喧嘩しているのを見た時は僕も本当に驚いた。彼らは教室内で殴りあっていた。You're all lame-ass teacher's pets.とコナーがそんなに汚く叫ぶのを初めて見た。#名前2#もなにか叫んでいたけど英語じゃなくて別の言葉だった。それも激しく叫んでいたからきっとあれも悪口だったのだろう。 人の喧嘩をまともに見たのはこれが初めてだったかもしれない。コナーはギラギラしたライオンみたいな目付きで#名前2#に物を投げる。#名前2#はそれにぶつかりながらも真正面からコナーにタックルしにいっていた。何でそんなことをしていたのか僕には分からない。とにかく先生に喧嘩してることを伝えてその日は逃げるように帰った。翌朝には学校の入口で#名前2#を見つけた。彼は僕のことを知らないからただ歩いているのを見かけただけだ。#名前2#は顔をひどく殴られたのか湿布と包帯とでぐるぐる巻きになっていたけど洋服はいつものようにモンゴル由来のアジアテイストのそれだった。 僕は#名前2#に憧れてはいなかった。ただ、彼の真っ直ぐすぎる生き方に僕は自分が情けなくなるし嫌になるのだ。僕は#名前2#が嫌いだった。 【ジャレッドの話】 人には誰しも憧れがあるもので、その反対に「こうはなりたくないね」ってやつもいる。#名前2#・#名前1#という男はまさにそのタイプだった。絶対に俺は関わりたくないね、と思う。#名前2#はこっちを知らないよ、と言ったエヴァンはムカついたが言ってることは正論でそれにさらに腹が立った。 自分からゲイだって主張したコイツをなんて言ってやればいいのか。蔑むのは簡単だ。自分より下だ、と示せばいい。でも#名前2#に抱くのはそんな皮肉だけじゃなく、もっとモヤモヤしてねちゃっとした気持ち悪いものだった。 あのスピーチを聞いた夜、俺が泣いたことをエヴァンのやつは知らないだろう。#名前2#が嫌いだ、と流した涙は無意味すぎる。起きたあと母親にその目は!なんて騒がれたけどちょっと寝不足になっただけだと言いくるめてさっさと家を出た。エヴァンは俺の泣きあとも気にせず軽率に#名前2#のことを口にした。コイツにはデリカシーってものがないのかねえ、と思ったけどそんなの期待するだけ無駄だろう。 「すごかったね、昨日の#名前2#」 全くすごいなんて思ってない口ぶりでエヴァンが言う。俺もその上っ面の批判に乗っかった。見せつけたがりだよあんなの。上擦った言葉は自分が思っているよりも空回りした。あのエヴァンに言い返されるなんて最悪だ。エヴァンは俺をじっとみて「まさか……」と何か言いかけたのでそれを聞く前にコナーの方に視線を向けさせた。一匹狼のコナー・マーフィー。フリークのあいつと#名前2#とが付き合ったら面白いだろう。そんな想像をしてみて全く笑えないしむしろ気持ち悪いとさえ思った。 その後、自分から何かをひけらかし、それで自分の立場を作ったあいつに憧れるやつも出てきた。何がそんなにいいのか俺には分からない。俺は#名前2#については考えるのをそこでやめた。あの涙の意味も、自分の気持ちも全て蓋をして見るのもやめた。俺はジャレッド・クラインマンなんだ、と声をかける。それだけで俺の人生は十分だった。 【コナーの話】 コナーには同性愛者がどうだとかそんな差別的な考えは一切なかった。むしろ#名前2#という男が嫌いだった。その一言に限る。 その日は衝動的に会話してしまった。ただ教室で1人、誰かと楽しそうに電話をしていた#名前2#を見てなにかの糸が途切れたように体が動いた。わざと音を立てて教室のドアを開くと#名前2#は「ごめん、もう切るね」と優しそうな声で笑った。その笑顔がさらに苛立ちを加速させた。 「……お前、ゲイなんだって?」 「? そうだけど」 「男のコック舐めまわして何が楽しいんだよ」 #名前2#は衝動的に語る俺とは対照的に落ち着いたまま「好きな人のために膝をつくのが変か?」と聞いてきた。ゲイでセックスしたことある、と案に言われてなんて返事をしようか考えた。この男に目にもの見せてやりたい、とそんな気持ちがわいていた。 「男が男とファックするなんて気持ち悪い」 「そう。ごめん、同学年にいて」 「……言い返さねえの」 「なにが? 学校に嫌いな奴がいてもおかしくないだろ」 自分の言葉がちゃんと#名前2#に伝わってない気がした。いや、俺の言葉が適当に口から出ているのに気づいているのか。 俺が#名前2#に返事をする前に向こうは「なるほど?」と頷いた。俺は自分の心を見透かされたのかと思った。 「大切な人を作れない苛立ちを僕に当て付けないでくれるかい」 苛立ちがマックスになり、その辺にあった誰かの荷物をぶん投げた。#名前2#はひょい、とそれを避ける。腹が立つ。苛立ちがまともにぶつからず、ストレスは溜まっていく一方だった。 「腹立つんだよ、お前みたいな。将来とか未来とか見てるやつが!」 「だからって人に投げんな!」 今思うと正論をぶん投げられている。何がきっかけだったか俺の手が#名前2#の右肩にぶつかった。気づいた時にはもう遅く、#名前2#は俺の顔を殴ってきた。それ以降はもう取っ組み合いの喧嘩になった。俺が何かを投げようとすると#名前2#は先に間合いを寄せてくる。投げるものを顔にぶつける間にコイツは腹を狙ってきた。喧嘩慣れしているのは#名前2#の方だった。 取っ組み合いの喧嘩は音に反応したのか教師たちが俺たちをひっぺがした。#名前2#は喧嘩の理由を言わなかった。俺も、言わなかった。ゾーイと家に帰ると心配してた、みたいなツラして母親が俺を出迎えた。何があったの、と言われる。俺はやっぱり答えなかった。 #名前2#のことが嫌いだ。こいつは、俺よりも正しさを持っているから。 【#名前2#の話】 自分はコナー・マーフィーについて知っていることはほぼない。彼に友がいたんだ、と言われてもそうなんだと頷くだけで終わった。彼とはほぼ会話したことなかったがお互いに浮いているという意味では有名人だった。ホームカミングのパーティのあと、僕と彼とが取っ組み合いの喧嘩をしたことは学校で噂になったが誰も僕と彼に質問をしなかった。僕もあれが一体どんな意味を持っていたのかは分からない。ただ、彼はまるで泣きそうな顔で人を殴ろうとするからそれが気になった。彼はあの喧嘩になにか意味を求めていたみたいだけど、生憎と僕は人の苦しみまで背負うことはできない。僕らは喧嘩しあって、そして、繋がりは途切れたのだ。それだけのことだと思う。周りはざわざわとエヴァン・ハンセンの話をしていたが僕はその噂よりも小説の方が気になっていた。カズオ・イシグロの新刊をせっかく手に入れたのにそれを邪魔して、しかも自分がそれまで関わらなかった人間のことできゃあきゃあ騒ぐ周りが嫌いだった。僕のこともそれまで遠巻きにしていた彼ら、彼女らが手のひらを返すのは一瞬だ。そんなのに関わっていられない。 僕は彼についても、彼の友達についても何も知らないままきっと学校を卒業するだろうなと思った。恋人にその話を聞かせたらうわぁ……とドン引きしたあと「お前、俺の恋人になれてよかったよな」などと言い出したのでその尻を蹴っ飛ばした。