ごめんなさいさようなら
合鍵で扉を開けると音もなくナイフが目の前に飛んできた。 「なんだ、#名前1#か」 「……びびった、漏らすかと思った」 「ふざけんな、ベッドでしろ」 「お前の返事も意味不だ」 ショウは朝も過ぎた時間だというのにまだパジャマのままだった。彼は「ん」とわざとらしく突き出した。何を求められているかは、まあ分かる。首のボタンを外してやるとショウはニヒルに笑ってみせた。 「昼は?」 「向こうで食べるよ」 「はあ?じゃあなんでこっちに来た」 「いや、昨日来れなかったし寂しがってないかなって」 「ああ゛????」 「ごめん、ほんと俺が悪かったのでその包丁向けないで」 「……へなちょこめ」 デックが包丁持ってるというだけで怖いのだ。不満げな顔を見せながらもくるりと回転させて手元に戻すと彼はいつもの様に簡単に食事を作り始める。俺はそれを見ながら部屋に残る匂いにはぁとため息をつかざるを得なかった。また女の匂いがする。ショウを見ても何も言わない。言葉にしていいのか分からずぐぎぐぎと心が軋んだが口にすることにした。 「デック、また女を連れ込んだな……??」 「ああ」 「殺してはないな?」 「まさか。生きてるだろ、どこかで」 「怖いこと言うな」 「お前のせいだからな」 何で俺のせいになるんだ、と思わず睨む。こういった会話は何度もしているが今回もなあなあに終わりそうだ。俺も戻らなきゃならない。もう行くよ、と声をかけると振り向いたデックが俺の口に簡単なサンドイッチを突っ込んだ。 「食ってけダーリン」 「………ババアみてぇ」 「は???」 「ん、すまん」 夜になってまたデックの家へ行くと何を思ったのか小綺麗な部屋に変わっていた。昔から嫌いなイギリスの偏屈紳士に成り下がったわけである。 「デック、掃除したのか」 「少しな」 「へーー」 行動の裏に込められた意味が分からないでもないが、こんなことする位なら女なんか抱かなければいいのに。そう思ったが口にするのは憚られた。さっきと同じことをグチグチ口にするのはダサい。代わりに食事でも作ろうかと言うと「俺が作る」と殺気立った目と共に言われた。怖い。すごすごとカウチに戻らなければならない。手持ち無沙汰になってスマホを見ていると同僚から連絡が入っていた。タイトルは俺のパピー ブサイクだがどこか愛嬌のある子犬が写真で送られてきていた。 「はは、可愛い」 「なにが可愛いだって?」 「おわ」 デックが皿を叩くのかという位に強く机の上に置いた。慌てて近寄るとスプーンとフォークをくれた。ナイフはなし。昼の意趣返しだろうか。 「ほら、さっさと食え」 ニヤニヤ笑う彼を見てやっぱり意地悪されているな、と思った。それが可愛いと思ってしまうあたり、自分は重症だ。こんなハゲのオヤジに可愛いだなんて。 「可愛いよ」 「あぁ?」 「デックのそういう所」 デックはぐっと顔を赤くさせて「普段からもっと言えよ」と強がった。 「もっと言うと俺が止まらなくなるからなー」 やめとこう、というセリフの前にデックはまた顔を凄ませた。 「いいか、#名前1#。俺はな、お前のために我慢してやってんだぞ」 「え、は、何を? どういうことだよ?」 「てめぇのこと気遣って俺が女抱いてるのにお前、俺の事煽って楽しいか??」 「えー、はー?ちょっと待ってくれ。情報過多で俺が死ぬ」 デックは何をいまさらというような顔をして俺を見てくる。馬鹿野郎そういう大事なことはちゃんと言ってくれよ。デックに近寄ろうとすると何か勘付いたのかファイティングポーズになった。 「おい、なんでそのポーズなんだ」 「俺をベットルームに運ぶのかと」 「はあ??? いいじゃん、素直に運ばれろよ」 「お前の細腕じゃ落ちる」 お前は俺に抱えてもらう前提かよ、と思ったが口には出さなかった。腕を広げて「おーいーで」と声をかけるとデックはしぶしぶと近づいてきた。ぽすん、と腕の中にしまわれたデックはぐぬぅっとしかめ面になった。 「てめえ、俺を離すなよな」 「うん、うん。分かってるって」 お前がこれからもまだ女を抱くんなら俺もちょっと考えようかなって思ったんだけど。そんなに愛情があるなんて思わなかったし。俺の負けである。 「今度からデックを満足させられるよう頑張るよ」 「そーだ、もっと頑張れ」 へちゃむくれな唇でデックは俺のところに顔を寄せた。キスかなあ、と思ったけど何だか普通にキスするのは癪だった。頭をなでながらその唇を少しだけ噛む。なかなか強情にも口を開けないデックを睨むと恥ずかしそうに舌を出した。 「いいこ」 舌先を吸うように音を鳴らしながらキスをするとデックは涙を浮かべながら俺にしがみついていた。腰をなぞると声が少し漏れる。我慢なんかしなくていいのに。自分では言いたくないところらしい。 「んっ♡ ふぅ、…♡ はぁっ、んっく♡」 「可愛い、デック」 「はぁ……俺なんかを可愛いなんて言うんじゃねえ、よ」 「可愛いよ」 繰り返すとデックは苦い顔をしたが何も言わずに俺に抱き付いたままだった。このままいってなし崩しになってもデックは怒る気がする。 「どうしようか」と選択をゆだねるとデックは赤い顔をしたまま黙ってしまった。