きみは返事をしないのに

 ガブリエルが天使の羽をもがれて(つまり神様の庇護を失って)ただの人間になったと聞いた。その情報源がやけに口の軽い男だったので嘘かとも思っていたのに、何日かして「本当らしいよ」とまことしやかにささやかれるようになっていた。  同じようにとある噂も囁かれた。あのバルサザールという悪魔が死んだとか、堕天使さまのサタンは自分の得物を取り逃しただとか。普段ならば絶対に信用しない情報だが、ジョン・コンスタンティンが地獄行きの切符を引きちぎったという話をきいて今回の騒動を調べることにした。  ジョン・コンスタンティンの名前は天界でもそれなりに有名である。天界では見た目だけで言えば彼の方がサタンに近い、と笑っていた。サタンのあの白いスーツとおきれいなアクセントはまるで墜ちた自分を認められないかのような姿だったからだ。おれたちは悪魔を揶揄することにはいつも全力だった。それに、醜くなった仲間を馬鹿にすることにも。  好奇心でルールをすり抜けて人間界へと来た。本来ならばハーフブリードでなければこのように見に来ることなんてできないのだ。  挨拶をしにいくと、彼女は本当に「人間」をやっていた。あのガブリエルが働いている。人間達の中でまじわって。同じ名前を冠するガブリエルは絶対にこんなこと認めないだろうなと思った。  あの高慢なハーフブリードがなんて格好をしてるんだ! 今日はクリスマスだな! とはしゃぐおれと正反対に顔を歪ませたガブリエル。彼女はあの仕立てのよい服ではなく、店で用意されてるらしい野暮ったい制服と帽子をかぶっていた。彼女の顔は昔と変わらず美しかったが、ハーフブリードとしていたときのような気品も輝きもなくなっていた。無様。その言葉がよく似合う。彼女はなにか作戦を立てていたようだが、色々とトラブルに引きずられたせいでサタンの狙っていたジョン・コンスタンティンに手を出したらしいのだ。せっかく悪魔側のハーフブリードとも手を組んだのに可哀想な女である。  おれは危ないものには手を出さずにのんびり生きていきたいタイプである。ご馳走よりもいつも食べられるものがほしい。サタンやガブリエルたちは力に執着しすぎなのだ。だからああやってぶつかってしまう。いつぶつかるかとは思っていたのだが、意外にも遅かった気がする。いや、コンスタンティンが登場してから緩やかにあった競走が加速したと言い換えた方がいいかもしれない。ぶつかりあった二人、勝ったのは褒美として巻き込まれたコンスタンティンの方だった。  向こうは彼女を見てげらげら笑うおれのことを殴ろうとするが、たかが人間にやられるほど甘くもない。腕をつかみ放り投げると彼女は簡単に持ち上がった。昔は絶対にガブリエルに勝てなかったのに今のガブリエルに負ける気がしなかった。振りかざした拳の弱さにガブリエルは歯を噛み締める。そんなふうにしてると血が出てもおかしくないんだぞ、と教えたら何年も先の話よと返された。 「たった100年程度しか生きられない人間の言う『何年も先』っていうのはやっぱり重みが違うな。なあ、ガブリエル。生きてるってどんな感じだ?」 「分かってるんでしょ、くそったれよ」 「ははは! そうだな、十分知ってる……。いいね、ガブリエルがそういう方向に行くの見たことない」 「私はもうずっとこうやって生きてくしかないのよ?」 「人間の体はもろいから可哀想に」  死にたくないと自分の生にしがみつくものもいれば、死は救いだと自分から捨て去る者もいる。捨て去ったものの末路はコンスタンティンのように生に結び付けられるのだ。 「ガブリエル、お前が昔嫌ってた人間と同じ生き方にならないかおれは心配だよ」 「そんなこと、あるはずが無いでしょう」  そう言うガブリエルの顔にはくっきりと悔恨の念が見えていた。  あれから何度か、ガブリエルのもとに訪れている。彼女は順調に歳をとっている。おれのことを見るたびにげぇっ、と厭な声を出してくるがご愛敬というやつだ。周りの人間におれが恋人と勘違いされるときもあったが、おれの姿が何度見ても変わらないことを怖がっていつしか何もいわれなくなった。 「ねえ、あんたってどうして会いに来るの」 「うーん、よぼよぼのお前に会ってみたいからかなあ」  悪趣味……とガブリエルが言う。おれは笑って返した。気品を失っても人間になっても、よぼよぼのしわくちゃのばあさんになってもお前を愛していられるのか気になるんだから仕方ない。