無機物だって恋をする
音がしている。エンジンの音がずっと背後からしている。普通の人なら「やだ、ストーカー……?」となるかもしれない。俺の場合は全くそうなってくれなかった。 「……」 後ろを振り向いた先には一体のバイクがある。人も乗ってないバイクだ。俺はこれがなにかはよく知らない。ひとつ知っているのは息子の友人のお父さん、パパ友のホブスがこのバイクについて情報を持っていることだけだ。夜の散歩は俺の趣味で、普通に歩いてるだけなのにこのバイクは後ろをついてくる。どうやら自律型らしく俺が止まればコイツも止まる。走るとそれに合わせてスピードをあげるようになっている。息子はすげーすげー!と大喜びだが普通は怖くて嫌なものだ。ホラー映画でもあるまいし。 「あー、…………バイクさん」 どんな風に声をかければいいか分からずとりあえずそう呼んでみた。ピカリとライトが点滅する。ピカピカと光るのはモールス信号を送ってくれているらしい。慌てて記号を思い出した。えっと、今のはiでさっきのは……。 「あ、挨拶か」 またバイクのライトが点滅した。 「バイクと呼んでくれ」 ………トランスフォーマーじゃないんだから、と思いながらも意思の疎通ができるようになって便利さも覚えてしまう。 「あー、俺のあとを着いてくるのはなぜ?」 できるだけ簡単な単語を使ったつもりだ。バイクは少し止まったあとでloveとライトを点滅させた。 「えあ???」 変な声が出た。バイクから求愛されるなんて思ってない。別れた妻に笑い話として言ってみようか。お前の後釜になりたいバイクが現れたよ、と。冗談にも程がある。後ずさりして逃げようかとも思ったがバイクと人間とじゃどう足掻いたって馬力が違う。はー、これからどうやって家に帰ればいいのだろうか。悩んでいたところに電話がかかってきた。 「あ、パパ?」 「ランセル~~ちょうど良かった、あのな、」 「パパ、サマンサのお父さんから連絡があったよ」 「え、ホブスから? なんて言ってた?」 「なんか、前に俺たちが見てたバイクあったでしょ? あれ、警察のところで保管されてたのに逃げちゃったんだって」 「へえ!? やばいやつじゃん!! え、どうしよう、今俺の前にいるんだけど」 「あ、でもね、なんかお父さんのこと気に入ったらしくて悪さしないって言うからとりあえずお父さんのところで保管しろって」 「意味わからねえ~~~警察しごとしろよ、なんで俺が……」 ふと、しゃがみこんだ時にキュルリと音がした。なんの音だと上をむくとバイクがそこにあった。うわあ、と、スマホも飛ばしてへたり込むとバイクはもう一度俺の方に体を倒してきた。ホイールが変形して倒れないように車体を押さえている。 「の、乗れって?」 ライトの点滅は見えなかったがイエスと言われている気がした。スマホを拾うとランセルの焦った声が聞こえてきた。 「ランセル? 大丈夫、転けただけだ」 「そうなの? 良かった、誰か来たのかと思ったよ」 「ああ? 誰か来たって……」 「そのバイクね、自律型だけど基本的には乗る人を守る傾向にあるんだって。だからサマンサのお父さんいわく、パパが誰かに狙われてる可能性があるんだって」 ひえ、と思った瞬間バイクに乗っていた。迷わずエンジンをかけて一気に加速する。どういうことだよ、警察がこのバイク監視するなら俺の安全も保護してくれよ。スマホは落としたと思ったが何とこのバイク、拾ってくれていたのか車体のところから「パパ! パパ!」と呼びかけるランセルの声が聞こえていた。 「ランセル! 平気だ! 今帰る!」 どうせ歩いていた距離である。バイクで行けばすぐ終わる距離なのだが、ああああ、後ろから車の音がしている!! 「バイク! フルスロットルだ!!! 家まで俺を送ってくれ!!!!」 必死の叫びにバイクはなぜか俺の手と足を拘束した。ああ、嫌な予感がする。勝手に上がっていくスピードと腹の下がもぞもぞと動く不快な感じ。気づいた時には俺はバイクをフルスピードで飛ばしていた。 嫌だ嫌だと思っていた。怖くて目も閉じていた。だけど、何かが飛んできてぶつかった。それが痛くて目を開けた。ハッとした。猛スピードで動く世界とガタガタ震える手と、震える足。身を切る風が痛くて仕方ない。必死に頭を下げて前を向いた。歯をかみ締め必死な姿をしていたと思う。家の庭にランセルが懐中電灯を持って待っていてくれた。 「ランセル!!」 手を伸ばすとランセルの方も手を伸ばした。緩められたスピードでも何時もより何倍も早く感じる。ランセルの手を掴み必死に持ち上げた。バイクの方も手助けするように斜めってランセルを迎えてくれる。 「パパ、どうしたの!」 「なんか巻き込まれたみたいだ! このままホブスのところに行く!」 「サマンサのところ!?」 「ああ!!」 サマンサ・ホブスの家をなぜかこのバイクは知っていた。道に迷いそうな俺をバイクの方が誘導してくれたのだ。家を見つけた、とチャイムを鳴らすとホブスがすぐに扉を開けてくれた。 「おう、来たか」 「ホブス……。あの、すまん、えっと」 「いい、もう話は聞いてる」 「えっ、どういうことだよ」 「そのバイクだよ。自律型なのは知ってるだろ」 ………そんなのってアリかよ。はは、と笑っている俺の肩を叩き「お前も巻き込まれたな!!」とホブスはげらげら笑っていた。後ろにいたランセルはホブスの笑いに釣られたのか「冒険? 冒険始まる?」とニコニコし始めている。 「ようこそ、#名前1#」 なんかめんどくさい事件に巻き込まれた気がしてるのに息子とホブスの笑顔を見ていると頑張れる気がするのは何故だろう。