あまいあまいスラング

 今日も彼はかっこいい。それは見るだけで十分の気持ちだった。そのはずだった。いつも通りに食堂で働いていた時にむんずと手を掴まれた。彼に、ではない。今の相棒に、である。 「お前、俺と一緒に組むか!」 「へ!?」  兄貴のおかげで? せいで? 俺は彼のいる舞台へと上がってしまったのだった。  兄貴は怖がらせ屋の中堅のような存在だ。エリートでもなければ格下でもない。堅実にやれるだけの分を仕事する。そんな彼についた俺はとどのつまり彼の好みだとかを完璧に覚えられるものだからいいパートナーになれると俺を誘ったのだった。俺は自分に自信がなかったので最初は断った。兄貴はそれでも諦めず俺を誘い続け3ヶ月もしないうちに俺は白旗をあげて兄貴のもとに着いていくようになった。  職場では兄貴と俺のあの騒動がちょっとしたネタになっていて俺の名前はすぐみんなに覚えてもらったのだった。みんなは俺のことを子分だと笑いブラザーからとってブロスというあだ名をつけた。そのあだ名は別に嫌いではなかったがかのフランク・マッケイは俺をきちんと「#名前2#」と呼んだ。 「ここで話すのは初めまして、だよね。僕はフランク・マッケイ。よろしく」  握手しようと思ったけど自分の手汗を感じて我に返った。慌てて手を拭いてから差し出す。 「よろしく、#名前2#です。ブロスって呼ばれてる」  俺はいつも通りの挨拶をしたつもりだったがフランクはちょっとだけ苦笑いだった。俺はなにかしてしまったのかと焦って謝ったがフランクは「いや、こっちの話だから」と終わらせてしまったのだった。  初っ端からやらかした、と思った。恥ずかしかったし周りからも笑われてる気がした。兄貴にそれを言うと変な顔をして「お前は助手としては優秀だがどうにも怖くねえよなぁ」と失礼なことを言うのだった。  それでも仕事は始まるもので俺は兄貴に対して攻めの助手の仕事をやってみせた。求められていることを感じ取る、やった方がいいことは全部やる。どこかで誰かが言っていた言葉を思い出す。人の役に立つのはそういうことなのだ。 「兄貴、ヘルメットの修理出しておいたよ」 「兄貴、新しい仕事だ! 成功させれば一躍有名人だよ!」 「兄貴、この家に入った時の仕事なんだけどさ……」  兄貴は俺の仕事に気を良くしてはたまに食事に連れていってくれた。兄貴は美味しいものを食べさせてくれたし俺にマナーを身につけろと言った。マナーだけで俺達はすぐに変わる、職業なんか関係なくだと言われて俺は心がくすぐったかった。  俺も昔は怖がらせ屋になりたかった時がある。とてもとても幼い時の話だ。その夢が変わったのはエレメンタリーの時。授業で怖がらせ屋の見学に来た時に俺は裏方の仕事に触れた。プロフェッショナルとして相手が俺たちのようなガキだとしても誠意を見せてくれた彼らに俺は憧れた。その時に俺はここで働きたいと思ったのだ。兄貴は俺が怖がらせ屋になれなかった未練から働いてると思ってるらしいがそれは違うのだ。俺はここが好きだから働いている。それだけなのだ。  その日は朝からフランクに会った。一緒に行こう、と笑いかける彼に笑顔を返した。彼と会えるなんて今日はラッキーデイに違いない。 「#名前2#は今日は仕事のあとなにか用事があるの?」 「ああ、兄貴に昨日の仕事お疲れ様ってレストランを予約してるんだ」 「……へぇー」  フランクはその名前に似つかわしくない笑顔だった。背筋が寒くなるようなその顔に俺は何かしてしまったのかと焦る。 「あ、フランク、えっと、ごめん、俺ちょっと電話きたから!」  急いで逃げ出すと「先に行ってるよ」と声がかかってきた。トイレに駆け込んだら普通に混んでいた。どこか別のトイレに行くのも何だか変だろうと待っていて個室に駆け込んだ途端に電話を取り出す。電話をかけると兄貴はちょっと不機嫌そうな声を出して俺に何か用事かと聞いてくる。 「どうしようフランクがかっこよすぎて死んじゃう!!」 「そのまま頭だけ殺してこいポンコツ」  兄貴への電話は無常にも切られてしまった。今日のお疲れ様パーティは騒ぐしかない。トイレでばしゃばしゃと顔を洗いいつものヘルメットを着けに向かった。  #名前2#に兄貴、と騒がれている彼の名前はターナーと言う。昔はもっと派手で騒がしい活動をしていたが段々と働くことへの美学を持ち今は中堅としてここで働いている。どうせ貯金はあるので今仕事をセーブしたところで問題は無い。ターナーの目の前にいるのはフランク・マッケイという若手では頭一つ秀でた怖がらせ屋だ。紳士的で笑顔の光る彼の目下の悩みは恋愛ごとだった。というのも、彼はずっとブロス、#名前2#のことを狙っていたらしいのだ。誰が誰をいつ好きになるかなんて分からない。フランクが#名前2#を好きになったのは運命の間違いじゃないかなんて思う時もある。だが彼は#名前2#が運命の相手だと譲らない。あまりにも強情なそれに少しだけ抱えていた嫉妬心も薄れた。少しの優越感とこいつも人なんだなという気持ちになる。 「ターナー、今日#名前2#とレストラン行くんだろ教えてくれない」 「今日のやつはサプライズらしいから無理だ」 「もう!!! 何でターナーとパーティするの!!」  ダムダムとロッカーを叩きながらフランクは打ちひしがれている。俺と#名前2#とで行く店に尽く現れたせいで#名前2#から「兄貴、フランクが行くような店は俺にはちょっと敷居が高くて……。今度は俺に任せて貰えませんか!? 絶対に兄貴の好みに合う店を選びますから!」と言われていることにこいつは気づいていない。 「そんなにブロスが好きならキスでもしろよ、あいつチョロいからすぐ惚れてくるぞ」 「は??? 経験したような口ぶりだね?」 「してねーっよ! アイツの昔の彼女の話だっての」 「えー、やっぱり#名前2#には彼女かー」  やっぱりと言う割にはフランクは悲観した様子もなくどうしようかな、と呟いている。こいつにとっては#名前2#が自分に振り向くかどうかが勝負であってその他はどうでもいいらしい。めでたい頭をしている。 「あのね、僕は#名前2#にはキスするよりももっと前から好きになって欲しいんだよね。愛称だってもちろんいい自信はあるよ、#名前2#のためなら何だってしたい。でも、僕ばっかり好きでいるのも苦しいから。#名前2#にも同じ気持ちになって欲しいんだ」 「……そうかよ」  未だにブロスと呼ばないコイツは俺にも醜く嫉妬しながら俺に相談をもちかける。そんな姿を見るのは嫌いだ。コイツには嫉妬心もあるがそれ以上に尊敬している。 「っと、電話だ」  見るとアイツとめんどくさい恋愛をしている#名前2#だった。お互い好きあってるんだからキスでもセックスのひとつでもしてやればいいのに。 「もしもし」 「兄貴、フランクがかっこよすぎて死んじゃうどうしよう!!! 俺死にたくない!」 「そのまま頭だけ殺してこいポンコツ」  ひどい!と#名前2#が言ってるのが聞こえたが電話はすぐに切った。泣き言を聞くのは目の前の男で疲れたのだ。静かにしているフランクが不思議で視線をやるとものすごい顔でこっちを見ていた。俺、というより俺の携帯に。 「ターナー、ねえ。今のって」 「……だから言ったじゃねえか、キスでもしろって」  フランクは嬉しそうででも泣きそうな顔で部屋を出ていった。俺は遅刻しないようにさっさと職場へ行く。アイツらが遅刻したら盛大に祝ってやらねば。