Speach with friend
Note
ふわふわ~と書いているので何か違っていてもゆるしてください
ジュリアン・カダージオがまあそれなりに才能があふれていることはよく分かっているのだが。それはそれとして彼のその絶望的なほどの人間感情の機微のうとさには辟易する。 商売上手な男なので人間の欲というものにはよく分かっているのだろう。それ以外のところがとてつもなく、驚く程に鈍感なだけである。 ここはおれのフロア。雑誌、ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊、フレンチディスパッチのライターとしておれに与えられた場所。日差しはそんなに入らず、あるのは編集長がくれたソファーとデスクだけ。チェアはない。デスクはチェアにもなるし、女を呼んでそこに横たわらせる程度の道具。おれはソファーに座り記事をしゃべり、元印刷所との連絡係の少年が記事を書く。この前、事務所で泣いたらしく編集長にクビにされそうになっていたのでおれが拾った。 結局、編集長も亡くなってしまい雑誌は廃刊になるのでおれもこの少年もこの仕事が最後になるのだった。少年は椅子を持ってきて女の愛液にさらされたデスクで物書きをする。人間の体液なんて吐き気がする、と常々思っているのでこのデスクとさよならできるのは光栄だが。少年はこのデスクが嫌いじゃないらしい。 「あなたの歴史がつまってますよ、この机」 「ばかいえ。そこにあるのは娼婦たちの歴史だよ」 娼婦たちのインタビューのために、いつもセザラックに女を抱かせていた。あえて言うのであれば、その机にあるのはセザラックと娼婦の(hi)storyだ。 この前、ベレンセンの取材を受けたというカダージオは雑誌が廃刊にになるということでさらに荒れていた。おれのフロアにやってかると「#名前2#! 雑誌をまた売り出せ!」と文句をつけてくる。おれも、ほかのライターたちも。みんな「これで終わり」ということで納得している。外野がとやかく言うことじゃない。 カダージオはおれの言葉を聞いてふむ、と首を傾げたあと「まあ、それも道理か」とソファーに座り込んだ。ひとりがけのソファー。おれには座る場所がない。デスクに腰掛けておく。シンメトリーの世界。まっすぐ対話することしか許されない配置。ここにもうひとり人が来たらどうなるのか。 きっとふたりはこのデスクで体を交わし、もうひとりはソファーに座って眺めている。おれは、どこにいる立場になるのか。 「なあ、#名前2#。おい、なあ。聞いてるか」 ぱちんと指がなり、カダージオがおれの目の前にいた。視線が重なると「よし」と呟いてまたソファーに戻る。 「#名前2#。おれがこんなにもあの女を愛しているというのにフラれるのはなぜなんだ」 「おまえがクズだからじゃないか」 「失敬な」 「そうだな。おまえが最悪の男だと気づいたからじゃないか」 「最高の男の間違いだ」 またフラれたのか、と言うと「こっちから捨てたんだ」とかえす。さっきの言葉のズレは一体なんなんだと思いながらも黙っておいた。 カダージオという男は自分の犯罪歴をかくして女を騙すのがうまい。まあ、夢を見たいという気持ちも分からなくはないが女性陣にはもうすこし会話の裏をかくという小技を使っていただきたい。カダージオに純粋な姿を見せても彼はどうせ飽きるだけだし、飽き始めたらすぐに放り捨てて見向きもしなくなる。それに察知が早い女性はカダージオに見切りをつけて捨てようとするし、その捨てられるという行為には敏感でかつ見栄をはりたいカダージオは自分からすてにいく。不毛な恋愛である。 「この前、モーゼスの展示でひどいめにあっただろう?」 「そうだったな」 「それを記事にされた」 「ああ」 「その話をどこからか聞きつけたのか、おれとの婚約を解消しようとしていたんだ」 「賢明な判断だな」 「だからこっちから解消してやった。仕方がない、それが彼女の希望だった。おれがこんなにも愛しているのに!」 そういう矛盾した感情のまま生きてるからじゃないのか、と対面して思う。それを口にすることはなかった。 カダージオに、最後に刊行される雑誌で有終の美をかざるぞと言えば「そこで終わるのは困る」と真顔で言ってきた。お前のそのよくまわる頭が恋の方面にも向けばいいのに。