知り合ってからが本番

 瓜田がボクサーの道にすすむと決めた時、lこのの背中を叩いてくれると信じていた友人は悲しそうな顔で「もうお前とは会えなくなりそうだな」と言った。薄暗いバス停の停留所のせいで、#名前2#の顔がよく見えなかった。いつも自分のことを励まし、なぐさめ、笑いかけてくる友人だった。ずっとこんな関係のままいたかった。なぜ急にそんなことを言うのか瓜田には分からなかった。 「なあ、#名前2#」 「行けよ、瓜田」  これを逃せば1時間はなくなってしまう帰り道のバスに瓜田は背中を押されて乗った。こんなところで背中を押して欲しいわけではなかった。ふと、後ろを見ようとするとより強く背中を押される。これが彼からの餞別ならば、ほしくはなかった。  #名前2#。もう一度名前を呼んでも彼はなにも言わなかった。  #名前2#とはそのあと進路の話をしなくなってしまった。警察官になったとあとからLINEで、別のやつから知らされた。その時に、あがっていたはずの熱が急激に冷めていくのを感じた。それでも時たま交わしていたLINEはいつかの新年の挨拶を最後にうごかなくなっていた。  自分の才能がどこで花開くかは分からない。いつか、もしものときのためにいつだって必死だった。やれることはなんでもやっていた。  人に教える方が定着すると言われて、サポートもすすんでやるようになった。トレーナーとしても食っていけるかも、と周りから冗談で言われたときには「ふざけんな」と思ったりもしたが。いつしかコーチからもそのサポートに信頼を置かれるようになっていて、初心者や上ばかり見る後輩をたしなめるのは自分の役目になっていた。いつかの冗談が本当になる日は近いとみなが期待していた。おれはその期待に対して見ないふりを続けた。  負けっぱなしの試合たち。0勝という文字に重くのしかかるプロの資格。辛いと思わない日はなかった。コーチの笑顔はジムで見られるものばかりで、負けたときに視線で物語られる「ここじゃない」という言葉は自分の胸をつきさした。  どんなに頑張っても、その勝負のセンスは輝くことはなかった。何度もビデオを見返した。どういう試合展開にすれば勝てるのか、イメージトレーニングも欠かさなかった。このままでいいとは思っていなかったけれど、体は追いつかなかった。  楽しくやればいいとは思わなかった。もちろん、それが合ってる人間もいるだろうが、自分には勝負事で笑うためには勝たなければならないと思っていた。  ある日、突然LINEがきた。#名前2#だった。久々のLINEにネズミ講などのマルチを疑ったが警察官だしなあとも思う。ねんのため開くと、おまえの試合みたよという簡潔な言葉があった。どの試合かはわからなかった。周りの人間なんて見ようともしてなかったから。いつの試合? と聞くとずいぶんと前の日付が帰ってきた。それはやっぱり自分の作戦がかみ合わず、負けた試合だった。  ノートを見返す。自分の試合の反省点はいくつもある。#名前2#がいう試合のメモには涙のあとが落ちていた。 「おまえ、かっこよかったよ。昔と変わんねえな」  LINEが続けて送られてくる。  かっこいい。あの負け試合が? 自慢じゃないが、自分はいつだって負けている。勝ったことがない。どんなに頑張っても力が届かない。天才ではないから。自分には、好きという気持ちしかないから。  なんと返事をすればいいのかわからなかった。この男と、また話がしたかった。あのバス停で引かれた線がまるでなかったことのように飛び越えてきたこの男に。 「おれは、0勝の男だけど」  すがるように送った言葉に、既読マークがついた。 「おまえ、勝てないだろうなってずっと思ってた」  は? 思わずスマホを落としそうになる。何度見ても言葉は変わらない。勝てないだろうなって、なんだよ。それ。やみくもに言葉をつらねるが、うまく自分の言葉をまとめられなかった。負け続けても、やっぱりボクサーの世界にいるのは自分だったから。 「だから、応援しにくくなったんだよな。いつか辞めたときに笑い話にできるようなもんじゃないと思って。でも、おまえ、まだ続けてるって聞いてさ。そんで、試合みにいったんだ。正直泣けたよ。おまえはずっとずっと戦ってきたんだなって」 「おまえの試合、また見に行きたいんだけどさ。Twitterとかそういうのもやってねえのな。ちょっと、今後の予定とか教えてくんない?」  手は自然にうごいていた。久々に、おまえと夜までしゃべりあってわらいあってそのまま眠ってしまいたい。