忘れたふりして本当に消えてしまった歌
この世界になぜ居座り続けているかと言えば、ひとえに女に金を運ぶためであった。ここにいれば向こうではシャットアウトなことだって簡単にできる。有り体に言えば、大金が手に入りやすいのだ。 だが、そんなおれが気に食わないという男もいた。正義のヒーロー、バットマンである。 「#名前2#、いい加減にしろ」 これがやつの口癖。俺ほどのちんけな悪党にまで彼は気をかけてくる。お前の仕事はジョーカーもろもろの大悪党を捕まえて牢獄にぶちこむことだろうが!! と怒りたい気持ちもあるが、彼には関係ないらしい。目の前のあわれな男を助けたい、と彼にはおれがまるで優しい聖人に見えているらしかった。 バットマンの相棒(だと彼は言う。バットマンは仲間と言う。どっちでもいい。)曰くおれはただのFがつくクズということらしいが、バットマンにはおれはどうやら女に騙されて金を貢いでいる男に見えているらしかった。 「#名前2#、お前が言っていた女はお前のことを愛していないしお前のことをさっぱり覚えていなかった。そんなやつにお前の金を渡すなんてどうかしている」 前言撤回だ。なんだこいつ。人が適当に言った女のことを調べあげやがって。そりゃああいつはおれのことなんて覚えてないだろうよ。おれだって適当に思い出した女の名前を言っただけだ。 この世界では誰かの気を引くために嘘をつくことがままある。女たちもそう。この世界から抜け出したくて、男を操って蔑んで媚びてセックスをして。しがらみだらけの体でなんとか抜け出していくのだ。おれとは、反対である。 バットマンはまだ俺に対して女の悪口を言う。曰く、性的にだらしないだとか(おれもだらしない方だし、この街でしゃんとしてる奴の方が貴重だ。)、情報屋の愛人だとか(それは知っている。生き延びるためには必要な情報だ。)、セフレが何人いるだとか。どうでもいい情報をつらつらと述べた。聞き飽きてきて、おれは降参のハンズアップをした。 「……あー。いや、その女は適当に言った女だ」 「……は???」 「マジにとると思わなかったんだ。おれは、ただ、自分の娘のために金がいる。それだけだ」 バットマンは今度こそせせら笑ったが、おれは本当に娘のためにここに来ていた。余命幾ばくもない彼女に、大して良いこともしてやれなかった父親が馬鹿なことをして死んで保険金がおりればもうけものだし、ここで稼いだ金はすべて娘に送っている。生きていても死んでも、どちらでも構わないのだ。 おれの顔を見てバットマンは何を思ったのか「ほんとうにお前の娘か?」と聞いてきた。 「? もちろんだ。妻とおれとの子どもだ」 バットマンはそれを聞いたあと珍しく何も言わずに消えていった。相棒と名乗る男の「お気を確かに!!!」という叫び声が聞こえていた。 後日、おれの家に大量の金を入れたバッグと共にバットマンがやってきた。 「離婚の慰謝料も、娘のための金も支払ってやる。だからここに残れ」 全くもって意味がわからねえ、と金は燃やすことにした。おれもあいつも正気じゃなかった。離婚するつもりはないし、ここに残るのもおれの意思である。 バットマンはそれ以降、おれに対して容赦なく殴るようになった。その度におれは自分が隠し持っている指輪をなんとか死守している。 バットマンが何を考えているのか、多少の予想はついているがどうしても信じたくない。ただ、不用意に情報を与えてしまえば、バットマンはいつかおれの妻を殺してもおかしくないだろうな、と思ってしまった。