君と僕と向かい合い

 tumblrで彼は料理の写真を投稿していた。見つけたのは偶然だった。「あなたへのオススメ」としてユーザーが出てきたのだ。きっとおれが料理をtumblrで探していたからだった。母さんはおれたちに料理について聞く度に「なんでもいいはダメ」とか「それは作れない」とか言い出す。なのでSNSで探したものを母さんに送り付けてやろうと思ったのだ。  エイブのものは失敗作もあったが美味しそうなものも多かった。それを見る度にうまいな……と引用をつけていた。おいしそうだよね、これ! 絵文字をつけて投稿したものを姉が「作ってくれるの?」とリプをつけてくる。 「ジェニファー」じっとりした視線を受け取った姉はレポートを書いているはずのパソコンから楽しそうにおれのことを見た。 「だって! #名前2#がお料理をするのかなって」 「違うよ、おれのクラスメートの記事だよ」 「友達じゃないのね」  ジェニファーは笑いながらキッチンに向かって今日はがお料理を頑張るって! と声をかけていた。 「作んないからね!」 「そりゃあそうよ、勝手に作られて指を切り落とされたらたまんない」  母さんが持ってきたマカロニグラタンは美味しそうだった。だが、それは「普通の味」だ。エイブの言う味と味の組み合わせはうちの家庭にはない。 「父さんはまだ帰ってこないの?」 「さあね。お仕事が多いのかも」 「そっか」  父さんの分は残しておかなきゃならない。ダイエットをしたいというジェニファーの分を狙ったら母さんに叱られた。シュパァ、とSFで聞くような通知がくる。tumblrの設定だ。 「ちょっと。食事中はスマホ禁止って言ったでしょう」 「はーい」  あとでね、マイキューティー。スマホの名前を心の中で呼んでグラタンを早く食べることにした。食器を流しに持って行ったあとレポートを作っているジェニファーの横に座らせてもらう。スマホにはtumblrにリプライのお知らせが来ていた。 「エイブからだ」 「え? あー、あの料理やってる子?」 「うん。“美味しかったよ。そっちは何食べた?”って」 「変わりないグラタンって返してやりなよ」 「ちょっと」 「きゃー、ママ。怒らないで」  普通のマカロニグラタンだよ、と返したら“普通のだって? ああ、それは美味しいけれどワンステップまだ行けるよ!”とまたリプライがついた。  学校に行くとエイブがこっちに近寄ってきた。彼はエレメンタリーにいた時よりもずいぶんと大きくなった。まさしく「ジュニアハイ」だ。一緒にいたグレッグは何かを察して「じゃあな」と声をかけてくる。 「またな、グレッグ」 「あ、あとでアプリのコード教えるから申請しておけよ!」 「わかってる!」  振り向くとエイブがあわあわと口を開いていた。何を言おうとしているのかはなんとなく察したが、遮るのは悪い気がした。 「ね、ねえ。が、あの、『トレバー』かな?」 「そうだよ」 「! 昨日、僕のタンブラー見た?」 「みた。コメントもつけた」 「やっぱりだったんだ。アーカイブを見た時にあれって思ったんだ」 「マジか、アーカイブは気をつけてたつもりなのに」  自撮りは嫌いじゃないが多くはしていない。それらはインスタにアップしていてタンブラーにはしていなかった。アイコンもうちで飼ってる犬にしてある。トレバーはうちの犬の名前だ。アーカイブには犬の写真ばかりだったと思う。それが分かったのかエイブは「君のお姉さん! よく会うんだ、えっと……僕が修行してる露店のところにね。来るよ」と教えてくれた。姉が夢中になってるお店はエイブの修行先……。まるでコミックみたいな話だった。 「#名前2#、料理好き?」 「うーんどうだろうな。うまいものは好き」 「ふふっ、そりゃあ皆そうだよ。……じゃあ、料理を美味しくするためには何が必要?」 「え? なんだろうな、調味料とか」 「それだけだと足りない。調味料は、味を変えることができるけど。でも、元の味を知らなきゃ変えたり混ぜたりできない」 「なるほど。数字も知らないままプラスやマイナスがあっても意味がないってことね」 「頭いいね。だから、美味しくするためには、元の味を知って何を入れたらおいしくなるのか、考えるんだよ。料理全体のゴールを見ながらね」  それは……気の長い話だ。やっぱり料理はおれには向いてない気がする。おれの顔を見てエイブは「ごめん、話しすぎた?」と言う。別にそう言う意味ではなかった。 「いいや、ただ……。料理はおれには難しそうだなって」 「そんなことないよ! やってみる前から言うなんてダメだ!」  エイブはまっすぐとおれを見る。じゃあ、お前が教えてくれんの? ぽつりと出た言葉にエイブは力強く頷き返した。 「が褒めてくれたお返し。僕が君の家の料理を美味しくしてあげる」 「……普通の味だって悪くはなかったけど」 「昨日のリプライは『嫌な普通』だったでしょ」 「それはそうだ」