あなたのためだけの引き鉄
ベンジャミン、お願いだ。僕をキャプテンたちのところに連れて行って。この戦争の全てを知りたいんだ。 そう言ったコビンツにベンジャミンは聞き届ける以外の選択肢が考えられなかった。キャプテンアメリカのことは知らなくとも、ウィンターソルジャーの追手なら適任がいる。ベンジャミンはティチャラのもとに連絡を入れてどこへ行くのか聞き出した。荒っぽい行動ではあったが、コビンツの泣いた声にティチャラは自分を重ねたらしい。親と離れて泣くコビンツは親を亡くしたティチャラとよく似ていた。 コビンツは始終泣いたままだった。#名前2#、#名前2#と呼ぶ姿はまるで悪夢にうなされる#名前2#と同じだった。スコット、オリビア。その名前を呼ぶのはベンジャミンは久しくないのだ。 シベリアまで飛ぶ間、ベンジャミンとコビンツは一連の事件をまとめることにした。 ひとつめ。#名前2#がなぜキャプテン・アメリカ側についたのか。それはウィンターソルジャーを守るためではなく、ソコヴィア協定を許せないからだ。彼は本質的にはアイアンマンと同じだ。しかし#名前2#の方が精神的にはタフな所があった。ソコヴィア協定に反対しようとするタフさがあった。それを証明できれば#名前2#はきっと国連側に帰れる。 ふたつめ。ウィンターソルジャーはなぜキャプテンアメリカと共にあの場から逃げたのか。それはウィンターソルジャーであるバッキー・バーンズを嵌めた男を追いかけるため。つまりコビンツは今その黒幕を追いかけているということになる。黒幕を捕まえればきっと世間の目も変わる。キャプテンたちが悪いという印象も拭われるはずだ。 実はウィンターソルジャーとは誰なのかコビンツはその時初めてちゃんとした名前を聞いた。ジェームズ・ブキャナン・バーンズ。コビンツの名前と同じようにやけに長い名前だった。 着いたのはシベリアのとある要塞だった。寒さで震えるコビンツをベンジャミンはロボットモードの自分の中に入れて歩き出す。 ティチャラは既に到着しているらしかった。コビンツは寒さに打ちひしがられたが帰ろうという気は起きなかった。オリビアを殺したのはウィンターソルジャーだが、その原因はウィンターソルジャーだけではないと知ったら彼を狙うことも辛くなった。 それに、今回の黒幕のことも気になる。コビンツの今の願いは、キャプテンたちのところでウィンターソルジャーの一連の事件の話を全部聞いてそれをローディに報告して、逮捕されただろう#名前2#を解放してもらうことだった。 オリビアを作れなくてもいい。オリビアに似た子を作ろう。オリビアとの娘だと思って大切に育てよう。泣き虫のコビンツの叶えたい願いリストに2つ項目が追加された。 コビンツが要塞で色んなものに遮られながら見たのはウィンターソルジャーらしき男がアイアンマンの家族を殺す映像だった。 途中からは恐怖で見れなくなった。代わりにベンジャミンだけはその映像を最後まで見た。これは#名前2#に伝えなければいけない。そう思ってのことだった。 映像が終わったところで激しい言い争いが聞こえてきた。アイアンマンは怒っている。ウィンターソルジャーとキャプテンアメリカと対決しようとしている。さっきの空港での戦いなんて嘘のように激しくて、それでいて馬鹿みたいに自分本位だった。 コビンツは彼らのことをなんと呼ぶか知っている。主我的な人というのだ。自己チューとも呼ぶのよ、とオリビアが教えてくれた。 この戦いから逃げなきゃ。そう思ってコビンツはベンジャミンと一緒に走り出した。出口に向かって戦いとは反対方向に走る。そんなに遠くない距離だ。あそこにいたら、巻き込まれてしまう。でも、 「ベンジャミン! アイアンマンを助けて!!」 12歳の少年は自分を認めてくれた大人が2対1という不利な状況で戦うところなど見れるはずもなかった。 ベンジャミンはコビンツと繋がった。今まで#名前2#のみだったパスがこの瞬間、新しいものに変わったのだ。 ベンジャミンはコビンツの言葉に従ってアイアンマンの加勢をしにいく。キャプテン・アメリカと対峙して、ベンジャミンは申し訳なさそうに頭を下げた。 「どうして君が……!」 ベンジャミンは何も答えない。答えられない。首を振るだけだ。上から出ようとしたウィンターソルジャーはアイアンマンのロケットによって通路を閉じられてしまった。 下に降りたウィンターソルジャーをアイアンマンが捕まえて、アイアンマンをキャプテン・アメリカが捕まえて、皆をベンジャミンが自分のワイヤーで支える。だが、それにも限度があった。 もみくちゃになりながら復讐を遂げようとするアイアンマンに抵抗するキャプテン・アメリカとウィンターソルジャー。ブチリとワイヤーはちぎれて3人は落ちてしまった。 急いで自分も下に降り立ったベンジャミンはヒューマンモードとなって薙刀を構える。#名前2#に習ったのがまさかここで幸いするとは思ってもみなかった。アイアンマンとキャプテン・アメリカの間に割って入り、シールドを上にはじき飛ばした。 「くっ…!」 「ベンジャミン、そのまま相手してろよ!」 アイアンマンの声が遠くに聞こえる。ベンジャミンはただアイアンマンを助けなくてはいけないという命令に縛り付けられていた。 ただ、ウィンターソルジャーの金属製の腕がアイアンマンのレーザーによってねじ切られた時にそのビームは反対側でキャプテン・アメリカと戦っていたベンジャミンにぶち当たった。 彼のスパークが光を失っていく。ベンジャミンは死にゆく最期までも、コビンツの命令に従っていた。相手が倒れて動き出したキャプテン・アメリカの足にしがみついたのだ。抜け出そうともがくほどにトランスフォーミウムが絡んでいく。ぐさりと、キャプテン・アメリカの足がベンジャミンのスパークの部分を踏みつけた。ぎ、ぎぎ…と体が動かなくなる。奇跡の生還を果たしたトランスフォーマーの哀れな終わり方だった。 走っていたコビンツはティチャラに拾われた。逃げている間、寒さでコビンツの体は氷よりも冷たくなっていた。 疲れ果てていた彼の頬には霜があった。泣いていた彼の水分は霜となって彼の顔を覆っている。ブラックパンサーの腕が霜をとる。血の気を失った顔が表れた。コビンツは瀕死の状態だった。 「黒幕さんのところに、行かせて」 そう言ったコビンツは最期に事件の黒幕の顔を見た。家族を奪われた悲しみにアベンジャーズを分裂させたのだという話を聞いた。 ブラックパンサーもお父さんが殺されたらしい。なのに、復讐はしないそうだ。生きて罪を贖え。そんな言葉を、#名前2#はウィンターソルジャーにはかけられなかった。だって自分が殺したと思っているから。 全てを話して自殺しそうになった黒幕をブラックパンサーが止めた。銃を捨てさせてヘッドロックをかけた。コビンツは冷たくなって自由には動かせない腕を必死に伸ばしてその銃をつかんだ、重たい。重たくて、自分の手が痛い。冷たい。こんなもので人は殺されるのか。なんだか変な感じだった。人殺しの道具がいまや自分の手元にあるのに何の想いもない。怖さも興奮もない。……ただの無機質な武器だ。 ーーこの人もアイアンマンも#名前2#もみんな誰かが奪われた悲しみに戦うんだから。 世界の真理でもなんでもないその事実にコビンツはホッとした。自分がオリビアのために立ったことは悪くは無いのだと正当性を持たされたような気がしたのだ。 コビンツはこの時死ぬことを悟っていた。ベンジャミンとのあのつながりも消えてしまった。ベンジャミンは死んだのだろう。 ……オリビアが死んだ時、一緒に死ねば僕は同じところにいけたのかな。 コビンツは無機質な武器を額に当てて引鉄をひいた。 逮捕された#名前2#はトランスフォーミウムの対策のためベルトで縛り付けられていた。空港での戦いが報告されたらしいのだ。トランスフォーミウムは#名前2#の体にも仕込まれていることやその仕込みのおかげで脳の指令ひとつでトランスフォーミウムを操れるようになっていることが。 おかげで毎回医者に触診を受けて、治療という名の摘出手術を受けている。筋肉が弛緩し、いつしか頭も動かなくなるだろう。 そうなればスコットと同じ羽目になって誰かに殺してもらわなければならない。海の中の要塞は空気が悪ければ居心地も悪い。拘束着をつけられたほうがまだマシだった。猿轡に目隠しは当たり前。トランスフォーマーはどこか尋問される時間はやけに長く感じる。 つらい、という言葉はもう#名前2#の辞書にはなかった。つらいのは当たり前なのだ。今日も尋問の時間がやってくる。と思ったら医者と警察官が連れ添ってやってきた。物々しい顔をしていた。 「?」 首を傾げることは出来ないので目で聞いてみたら、医者の方が「トニー・スタークが持ち帰ってきた」と言ってベンジャミンの壊れたバトルマスクを取り出した。 トランスフォーミウムで動かないように真空状態のボックスに閉じ込められている。 「!!」 #名前2#はガタガタと体を動かした。これで受ける懲罰のことなどどうでもよかった。なんでベンジャミンが! コビンツは!? コビンツはどうなった!!? 「そして、君の……あー、私にはよく知られていないが義理の息子?の死体、が。発見されたそうだ」 #名前2#が視認できて体を動かせない距離に、コビンツの死亡診断書と拳銃自殺したコビンツの写真が差し出された。警察官に噛み付こうにも猿轡が邪魔をする。あまりにも強く体を揺らすのでベルトがすこしだけ緩くなった。手負いの獣のような目つきで警察官と医師を睨む#名前2#にアナウンスがかかった。 「ネスト、懲罰。水責め200回だ」 「……」 コビンツとベンジャミンが死んだ。#名前2#の頭は血が上っていた。ローディを助けたとか今はどうでもいい。スティーブのこともだ。トニーも、今は考えたくない。ぐむぐむと猿轡の布を飲み込んでいく。 このまま窒息死したかった。置いていかれたくなかった。 その日、トニーとローディは恐る恐るラフト刑務所にやってきた。トニーは来るべきか迷ったのだが、ロス長官は今回ばかりは仕方ないと目を瞑ると約束し文書も用意した。 それを信じてトニーはリハビリ中のローディも連れてきた。#名前2#からの手紙、と言えばおかしな話だがこれは手紙と呼べるものだった。医師からのトニーとローディに助けを求める手紙はまるで#名前2#からのものだったのだ。 「俺、ちゃんとお礼言わなきゃな」 ローディはにこやかに言うがトニーは気が重かった。ベンジャミンが死んだと気づいたのは、スティーブがウィンターソルジャーを担いで出ていった後だったのだ。 折角生き返らせたトランスフォーマー。データがあると言ってもこれ以上の復活はもはやトランスフォームするだけの金属であって、トランスフォーマーとは言えなくなる。 そしてコビンツ。彼がいるとは気づいていた。なのに、その薄着には気づかなかった。彼はヒーローではない。何もかもを兼ね備えた服を来ているわけじゃない。 アメリカにいたのだから薄着で当たり前だ。その薄着でずっと走っていたのだから凍死するのも仕方の無い話だった。 トランスフォーミウム対策のためにローディとトニーは赤外線センサーを受けて金属探知機を受けた。そして念のための持ち物検査をして#名前2#の部屋に通された。 ガラスを対峙しての#名前2#は焦燥としてミイラがギリギリのところで生きているようなそんな感じがした。 「……#名前2#?」 ローディの声は震えていた。トニーは言葉をかけることすら出来なかった。これが。これが。家族を無くしたものの末路なのだ。 仲間は死に、一緒に戦ってきた家族も死に、今の彼には何も残っていない。なにも、なにもだ。この戦いで#名前2#は圧倒的敗者だった。 「#名前2#? おい、どうしたんだよ!!」 ローディの叫びにもガラスの叩く音にも反応を示さない。#名前2#は半開きの口から掠れた声を出しながら虚空を見つめていた。 「#名前2#、すまないッ……!」 「トニー? おい、どういう事なんだ!!」 ひとり話を飲み込めないローディが叫ぶと#名前2#に宛てがわれた精神科医が口を開いた。おそるおそる、こんな事を本人が生き死人のままでいいのか分からないという顔をしながら。 「トランスフォーマーが、破壊されたのです」 「え……」 「そして、空港でネストと戦った少年。彼は自殺でした」 「じ、さつ……?」 ローディの頭の中にコビンツが笑った顔が蘇る。#名前2#を止めることが出来たら、トランスフォーマーの作り方を教えてもらうと笑っていたコビンツがどうして。 隣にいるトニーを振り向くとトニーは苦しそうな泣きそうな顔で「すまなかった…!」と拳をにぎりしめた。俺が悪かった。俺が、いけなかったんだ。そんな言葉を繰り返す。ローディはやっぱり止めた方が良かった、と後悔した。 なんであの孤児院でローディは加入させようと思ったのだろう。あの子は、まだほんの小さな少年だったのに。 「彼は凍死しそうな自分をわかって、拳銃自殺したようなのです」 それを聞いたとたんに#名前2#が言葉を使った。人間らしい言葉であって、それはまるで何年もしゃべっていない老人が喋るようなしわがれた声だった。だが、言葉はしっかりとしていて目には光が宿った。 「トニー、ローディ」 「#名前2#! おい、#名前2#! お前、お前……!」 ドンとガラスを叩く。分厚いガラスは音だけを響かせて#名前2#には何も届けてくれない。ローディにはかける言葉が見当たらなかった。トニー・スタークがなぜ#名前2#の減免を言い出さなかったのかここでようやく分かったからだ。 トニーはベンジャミンを殺したのだ。もしかしたらコビンツも……。自殺だけど、もしかしたらってこともある。 「お願いだ。俺を殺してほしい」 は、とトニーは声を出した。悲しくてたまらなくてどうすればいいのか分からない。そんな声でトニーもローディのようにガラスにへばりついた。 「なんで、そんなこと…!」 「#名前2#、早まるな!! お前が死んだらアベンジャーズは、この世界はどうなるんだ!」 「……殺して欲しいんだ。家族は俺を救うために死んでしまった。家族を殺してしまったこの世界でヒーローになるなんて無理だ。自殺することはきっとスコットもオリビアもベンジャミンも許してくれない。だから、殺して欲しい」 それだけ言って#名前2#は項垂れた。 ああなったら彼はもう何も喋らないのです。無理矢理に今は食事させていますが今後はどうなるか……。ネストは本当に、死のうとしているのです。 医師の声はもうトニーとローディの耳に届かなかった。どうすればいいのか分からなかった。 ラフト刑務所で脱獄が起きた時、#名前2#も連れていかれたことに驚きを隠せなかった。あの調子ではもう誰も救えないのではないかと思ったのに。 「……」 スティーブから……いや、戦友からの手紙をぐしゃぐしゃに丸めてトニーは投げ捨てたくなった。#名前2#を助けたのはおそらくスティーブ・ロジャースだ。キャプテン・アメリカと呼ばれたヒーローだ。 トニーには出来ないことをスティーブは簡単にやってみせる。そういう所が嫌いなのだ。ベンジャミンを殺したのはスティーブのくせに! コビンツがいることもきっと気づかなかったくせに!! 「Fxxx'n!!」 ヤケクソになってワインの瓶を開けることにした。 ーー#名前2#は今頃何をしてるのだろう。 そんなことを思いながらワインをくゆらせる。ローディのリハビリは順調に進んでいた。