いつかの愛がほどけない

「ソコヴィア協定?」  ヒーローは引退したにも拘わらず#名前2#はトニーと共にアベンジャーズの基地へとやってきていた。来ようとは思っていなかったのにトニー・スタークという社長に連れてこられたのだ。新生アベンジャーズの面々は中央の大きな机を囲むように座ったので#名前2#は仕方なくトニーの横に用意されていたイスに座り込んだ。  同じように引退したホークアイはおらず、なぜ自分とトニーが呼ばれたのか甚だ疑問に思っていた。#名前2#が席についたのに頷いて国務長官は冗談交じりに話を始めた。  だがヒーローたちの顔は全く明るくならない。ダメか、という顔をして長官は「世界はアベンジャーズに大きな借りがある」と前置きした。アベンジャーズの素晴らしさを語った後に損ねる話をするのはテンプレートのように当たり前のことで#名前2#は耳を塞ぎたくなった。  そこで説明を受けたのはソコヴィア協定というヒーローたちに関する国際協定だった。 「そうだ」 「それに、賛成をしろと?」 「ああ、そうだ。……君は天才エンジニアと聞いていたがそうやっていちいち確認しないと分からないのかね?」  赤ん坊言葉は私は苦手なのだがね、と皮肉をいう教官に#名前2#は怒ったそぶりは見せず「詐欺にでもひっかかったら大変ですから」とすげない言葉で返した。  ソコヴィア協定。その内容はヒーローたちの活動を国連の指示によって従わせようというものだった。言い換えるとアベンジャーズは民間組織ではなく世界の末端と属するわけである。  ニューヨークでのロキとの対戦、ワシントンでのヒドラとの対戦、ソコヴィアでのウルトロンとの対戦、そしてラムロウを追いかけてのラゴスでのワンダ・マキシモフによる事故。この事故で起きてしまったワカンダ国民の死亡が世界的ニュースとなってしまった。4年間は長くもあり短くもある。アベンジャーズ以外の個々の活躍も含めたら#名前1#はよっぽど戦いに身を置いている。  アベンジャーズの活動は大きすぎた。国連はもうアベンジャーズを危険視している。ラゴスの1件はワンダにとってはあれが最善であったろうと#名前2#は思っていた。あそこで爆発を止めなければ何倍もの人が死んで、キャプテン・アメリカ含むアベンジャーズの大半が死ぬことになる。だが世間はそうは見なかった。めったに国外に出ないワカンダ国民が殺されてしまったということを批判的に取り上げたのだ。しかも無関係の人々なのだと大々的に報じて。誰が死ぬか死なないかなどヒーローにだってわからない。助けられない命はある。それでも世論はヒーローたちに「スーパーマンであること」を求めてくる。  スーパーマンのように人々の混乱をいとも簡単に取り除いてくれるようなそんなかっこいいヒーローをほしがっているのだ。日本ではパンをモチーフにしたヒーローのほうが強いだとかそんなことをいう人間もいるそうだが。  #名前2#はその無責任さには確かに自分たちが間違っていたと思う。簡単に言えばいちばん大切な命の重みに気づかなかったこと。難しい言葉で言うならば無知による無責任さである。トランスフォーマーという人造生命を作った時にそれに気づくべきだったのに。考えすぎな#名前2#はことの事態の重さに内臓が沈んでいくのを感じた。  国務長官はここで失敗を犯した。ヒーローたちに強制せずYes/Noという選択肢を与えてしまったのだ。#名前2#はさらに胃がいたくなった。 「答えは今すぐとは言わないが……。きちんと決めるように」  ずっしりとした重みをともなって渡されたその本は#名前2#には真っ白なマニュアルではなく真っ黒な鎖をつめた袋としか思えなかった。ソコヴィア協定。黒とも白とも言えないグレーゾーンの協定。これにサインすればおそらく世界は先進国による独裁体制が築かれることになるのだろう。いや、もしかしたら恒久的平和が訪れるのかも。  でも、第二次世界大戦での戦犯を考えると勝ったモン勝ちのこの世界においてどちらが正しいかなんて決められない。なぜ選択肢はこの2つだけなのだろうか。 「ロス長官は君より1つ勲章が多い」 「これに従ったら俺達は犯罪者扱いと同じだ。監視されつづけるんだぞ!」 「117の国が署名する。のむしかないだろ」  ウォーマシンことローディ中佐はそう言った。彼が軍人だからだろうかという考えが#名前2#からぽんと出てきたがすぐに消した。  軍人だとかアイアンマンの友人だとか、そんなこと関係なしに彼は責任感の強い人だと#名前2#は知っている。彼がそんなふうに言うのも肯けるというものだ。今までの償いも含めて、世界に従う方が世の中のためになるという選択だ。 「お前はどっちの味方なんだ!?」 「私の方程式では、」  ヴィジョンの横槍にローディもサムも苛立ったようにおべっか使いの口調で答える。拝聴などとはよく言ったものだ。 「アイアンマンの登場から8年の間に超人たちは出すぎた。その間に人類滅亡の危険も増えている。因果関係はあるかと。力は敵をも呼び寄せる。争いは悲劇しか産まない。監視は考えるべきアイディアだ」  つまり、大きすぎる力を人々が怖がるのは自然なことだ。信用を取り戻すためには協定に従おう、と。 「人にいいようにコキ使われるのか? 俺だったらゴメンだね」 「他にどうしろって言うんだ!? 俺達は、もう、やりすぎてんだよ!」  ローディの言葉にワンダが目をそらした。自分のことを言っていると気づいたのである。そんな少女をナターシャが抱きしめて「やめてよ、そんな言い方は」とローディを怒る。ワンダは震えていた。それは自分のしでかしたことへの罪悪感かそれとも……。  #名前2#は昔の自分たちと変わっていない暴走するアベンジャーズの1面に少しだけフューリーを労ればよかったなあと後悔した。こんな面倒な輩、しかもそれぞれに力を持っている奴らをまとめるのはさぞかし大変だったろう! もちろんそこに自分も含まれているが#名前2#は全く気づいていなかった。 「#名前2#、」 「トニー」 「君は、どっちに着く?」 「どっちって、……」俺は……  深くこれには考えなかった。自分の道は自分で決めるものだ。誰かに指示されて生きるのではなく、自分で。 「俺は、協定には反対だ」  とたんにトニーが冷水を浴びせられたように固まりナターシャは「嘘でしょ?」とつぶやいた。 「貴方が力に従わないなんてね。まだ無責任に金属の命を作って無駄にする気?」 「……。俺はもう引退した身だ。フューリーのようにイヤイヤながらも俺を助けてくれたような恩人でもないし。それに、命を助けることは自分で責任をとらなきゃいけない。助けることの方が難しいってことは、ナターシャだって知ってるだろう」 「ええ、そうよ。だからこそ、助けられない命があることも覚えなければ」 「命は、粗野に扱われるものじゃない」 「仲間を簡単に殺せるくせに?」 「……君は、子どもを産めない体なのに?」 「もうやめろ!」  ナターシャの強いあたりに#名前2#はどんどんと引き込まれ、自分でも言ってることが分からなくなってきていた。ただ心に一番に来た言葉が口から出るようなそんなマシーンになっていた。言葉は自分の気持ちを全て伝えられる訳では無いのにそうできると信じ込んでいた。  最後の言葉はまるで失言だったし、周りの誰もが最後のラインを引きちぎったと見た。ナターシャの顔から色が消えて薄くなる。スティーブ・ロジャースはここにバナー博士がいないことを強く後悔した。 「………。トニーは、どうするの?」  ナターシャの問いかけにトニーは黙ったままキッチンに向かう。レトルトコーヒーに顔を顰めながらもカップに入れて気持ちを落ち着かせるようにコーヒーを飲んだ。 「協定は、受けるべきだ。意思決定のプロセスがないのは危険だ」 「……。人なんていつも殺してきた。スパイの時もスコットたたちを作ってからも。……俺は、きっとこれからも人殺しをしなければ誰かを救えやしない」  そこまで言い切って#名前2#は深呼吸した。頭は全くクールにならなかったが、少しだけ自分を振り返ることが出来た。全くバカな自分だ、と思いながら。 「……トニー、」 「なんだ」 「今日はここにいても俺には何も出来ないようだ。帰らせてもらう」  #名前2#はそう言うともう後ろを振り返らずに去っていく。新しく着たスーツはしわくちゃになっていた。  ソコヴィア協定の式で爆発事故が起きたらしい。ニュースで犯人と声明を出されたのはオリビアの仇であるウィンターソルジャーもといバッキー・バーンズの名前だった。 「……ウィンターソルジャー。ウィ、ンター…」  少年の目から輝いた色は消え失せて、そこには潰れたベリーのようなぐにゃぐにゃな色彩が写っていた。  カメラアイの1枚を握りしめて頭を垂らした。ごめんなさいと呟く言葉は誰にも届かない。少年は立ち上がりボサボサに伸びきった髪の毛を切る。ユダヤ系アメリカ人ということでひどい差別も受けたが今の自分はそんな差別にも悪の化身にも負けないという強い意志があった。そんな決意をもったら腹がすいてきた。今朝はまだ何も食べていない。フレークの上にヨーグルトをかけてフルーツをカットする。自分を引き取った家で女の子の笑い声が聞こえてきた。  ここは納屋。少年のために作られた隔離された彼だけの部屋であり、彼を閉じ込めるための檻。獣と化した少年は今檻から出ようとしている。