幻ひとすじ
久遠寺医院の話ってなんですか? 神無の質問は、元医院長の男から手紙がきたせいでそんな質問を受けた。 「……神無が聞くと、ひどくショックを受けると思うけど」 「でも、#名前2#さんのおかげでって書いてあります」 「あれは僕と言うより榎木津の仕事だよ」 「榎木津さんと?」 神無の顔が輝いたのを見て、#名前2#はこれは話さなければならないんだろうな、と感じた。関口がここにいなくて助かった。彼は、この事件についてあまりにも気にしすぎている。 #名前2#は元々はそのような事件に関わることなんてなかったはずである。だが、榎木津に巻き込まれた。 「#名前2#、お前も病院に行くぞ!」 「は?」 「ほら、バイクに乗れ!!!」 そう言って#名前2#は訳も分からないまま突撃した。道すがら、久遠寺医院についても聞かされた。藤野牧朗という男が失踪したらしい。#名前2#は彼についてはよく知らなかった。やはり兄の光幸の方が彼と仲が良かった。彼については関口たちの方が仲が良いはずだ。彼らは相談事があるとつるんでいたのを覚えている。一時期、関口が外を出歩けなくなり食事を運ばれていたことも。 光幸は学生時代に彼らとつるんでいたから、話だけはよく聞いていた。結局、#名前2#がきちんと知り合ったのは従軍してからのことだった。 だから#名前2#は直接藤野という男と久遠寺という病院を知っているわけでもなく、ある意味では遠い位置にいるからこそ事件についてよく見えてしまった。 それはおそらく敦子も同じはずだったのだが、彼女よりは#名前2#は榎木津に近いところにいた。そのせいであんな惨劇を見ることになったのである。 榎木津に連れられて待ち合わせの場所に行くと、中禅寺の妹である敦子と関口に会った。なんで#名前2#さんもいるの? と言われたので僕だって困ってる、と返してやったら関口はそれ以上は何も言わなかった。彼には軽口を叩き合う相手のような人があんまりいない。すぐに気が滅入ってもごもごと口の中に言葉をめぐらせるのだ。 病院までの道で敦子から話を聞かせてもらった。赤ん坊の話と言うと、木場も確かそんな事件を担当していたような思い出がある。それもまた、クオンジだった気がする。だがまさか同じ病院だなんて出来すぎたことはあるまい。#名前2#はそう考えて話を聞くだけ聞いて榎木津の背中を追いかけることにした。 病院に行くと依頼人である久遠寺涼子に会った。助手として紹介されたことはたいへん不本意だが靴屋がここに来たと言っても理由は説明がつかない。関くん、と呼ばれている関口を見ながら#名前2#は自分も名前を名乗った。 病院はちぐはぐな場所だった。#名前2#は職業柄、上流階級の人間をよく知っている。個人病院の中でもここはかなりキツい生活を送っているようだった。応接室をキョロキョロと見回していたら、二人の女学生の写真を見つけた。 「これが依頼人の彼女?」 「みたいですね」 「笑ってる方が依頼人だな」 「じゃあ、もう一人が梗子さん?」 ああ、と納得した。双子なのだ、依頼人とその腹を膨らませて子どもを産めない女性は。関口はそれを見てまだぶつぶつとなにか言っている。#名前2#はそれすらも聞き流して適当に外を見ていた。 部屋を開けたとき、むごいものを見た。死体の横にベッドがあった。その死体についてどう言えばいいのか、#名前2#にはよく分からなかった。 「おい、榎木津。わざわざ僕にこれを見せたくて呼んだのか?」 「まさか!!!! 僕はそれを確認したから来ただけだぞ!!?!」 「な、なあ二人とも。何言ってるんだ?」 「関口、帰ろう。僕たちがここにいてもしてあげられることはない。木場を呼ぼうよ」 「……ぼくは、狂ってない」 「え?」 「僕は狂ってない!!!! 狂ってるとしたらあんたたちの方だ!!!!!」 関口の悲鳴はまるで泥のように自分の体に被せられた。#名前2#は関口にそれ以上何も言わずに病院を出た。そこからはもう関わるつもりもなかったが、関口のあの様子を見るにあの死体は放置されるのだろなと思った。頭の中には藤牧らしき男の声が響いてくる。母を呼ぶ声だった。 事件の解決は、久遠寺涼子の多重人格による赤ん坊の殺人だった。藤牧という男の殺害はあくまでもサブストーリーであり、メインとなるのは涼子の方だった。 「という、お話だよ」 「……子どもを産む人と、殺す人が同じだったんですね」 「そう。だから、自分のされたことの仕返しとして藤牧は無視されたんだ。見たら、自分のしたことを認めなきゃいけないから」 そう言った#名前2#はきっと藤牧という男の意志をきっと見ていただろう。魅入られた彼の頭の中に。