香水まみれの女

 聖ベルナール女学院といえば宮内家にいた頃に親戚に「入らないか」と誘われた学校だった。寄進額によって待遇が変わるという噂を聞いてから神無はその学校はすっぱりと断った覚えがある。人の価値を保護者の金で判断するような学校に行くなんて真っ平御免だった。  神無が断ったことで祖父母も真っ向から反対していた。というのも、祖父母はクリスチャンのこの学校に神道を引き継がせる孫を連れて行ってなるものかと意固地になっていたのだ。神無とは全く別の理由でこの学校のことを嫌っていた。  祖父母はさらに圧力をかけて徹底的に学園について調べたらしい。その結果、この学園を運営する織作の家があまりにも噂が酷いというのだった。世間体を気にするのはこちらも同じこと。最初に話を持ってきた親戚もその噂のことを言われては口を閉ざし、宮内家は大切な孫をそこに入れることはしなかった。  今思うと、あの親戚は織作の家と繋がりを持とうとしていたのではないだろうか。柴田の家とは結局繋がりが持てなかったなら。毒で囲まれたあの家から抜け出せたことは有難いと思うが今は、どうなっていることやら。そんなことをふと思い出した。  父方の親戚である#名前2#さんがそんな悶着や噂を知っているはずもなく。数年前に織作から依頼を受けていたとあっては彼は出向かないわけにはいかなかった。神無には学校があるため、家を留守にされる#名前2#に着いては行けない。  いってらっしゃい、と見送る場所は榎木津の家の前。いつも通り神無は榎木津さんの家に来ることになっていた。神無は探偵事務所を営まれているあのビルディングの一室をお借りしている。それなりの歳の女の子だぞ! と榎木津に言われて、部屋をひとつ丸ごとである。重厚な鍵をつけてもらい、神無がここに泊まる時は榎木津さんや部下の方も一緒にいてくれる。  #名前2#さん曰く他人の記憶が映像として見れる、ということだったけれど私はやはり疑わしく思っていた。彼の背後にキラキラした何かがいるのは確かだけれどもそのキラキラしたものが何なのか私は分からないままだった。  探偵社に行くと彼は扉の前でいつも通り仁王立ちで待っていた。 「ふむ、また変な依頼を受けてたものだな」 「え?」 「まあいいさ。探偵が首を突っ込むことは無いだろうからな」  彼は一見すると馬鹿馬鹿しいことばかり言うのだがよくよく考えるとその一言が的確であることを知る。記憶を見たから賢いというよりも、人よりも賢すぎるためにこのように振る舞われているのではとはえ思えてくる。  私は彼の顔を見たがやはりキラキラしたものはそこにあるだけで。何にも見えなかった。  #名前2#さんが行ったのは織作という家は黒幕の家系だ。それも女たちがよく生まれるだとか。宮内家にいた時に地方の神道なども知識として叩き込まれてるのだけれど、田舎特有の異質な閉鎖空間は苦手だ。いや、そんなことを言えば日本という国自体が島の連なりという点からしても閉鎖空間なのだが。それをさらに分割し、管理し、としていたせいでおぞましい意識が蔓延り染み付いている気がする。織作という家はまさにその蔓延る世界だ。 「はい、ご飯ですよ」  はっとした。気づいたら私は席に着いていて食事を出されていた。ありがとうございます、とお礼をいうと彼はにこやかに私にお茶をついでくれた。いつもは家で私がやる側にいたので変な気分だ。  向かいに座る榎木津さんは優雅にご飯を食べている。 「あ、あの……。昨日の依頼、私も行っていいんですか?」 「#名前2#に君のことを任されてるからな! それに、オリハクっていうのは#名前2#の行った場所なんだろう? ついでだ、顔を見ようじゃないか!」 「」 ―――  その榎木津たちの依頼の少し前の話。葬儀がはじまる前の時間にあたるころ、#名前2#はちょうど靴の納品をしていた。織作の家には届けるだけでも良かったのだが、葬儀に靴をそのまま履いていきたいというので微調節もかねて#名前2#は織作の家へと赴いたのだった。  通夜は使用人に任せるということで、#名前2#は妻の真佐子と娘たち三人の靴を仕上げた。事実上の後継である是亮の靴はどうするのかと聞くと「あの男には必要ありませんから」とすげなく言われた。  本当ならば#名前2#は神無のこともあるので仕事を終えて帰りたかったのだが、葬式の間に客人を帰す方が織作の名折れだかなんだかといろいろと理由をつけられてしまいまだ家に留まっていた。よく分からない迷子になりそうな家に、自分を敵視している三女の葵に。#名前2#は気が滅入りそうな気分だった。  葬儀が終わったところで#名前2#は帰ろうとしていたが、真佐子はやはり返そうとしない。真佐子の対応に是亮と葵が怒り、四女の碧はくすくすと笑うだけ。#名前2#の胃の方が先に悲鳴をあげそうだった。  娘が待っている、と帰ろうとしたが使用人の出門から待古庵の名前を聞いて「おや?」と思った。元海軍で仲良くしていた青年の庵と同じ名前だった。  翌日、待っていると思った通り今川がやってきた。なぜか伊佐間までくっついてきている。窓から手を振ると向こうもこちらに気がついたようだった。 「#名前1#さん、どうしてここに?」 「靴の納品をしたあと、ちょっと。マチコアンって聞いてもしやと思って残ってたんだ」 「そうでしたか……」 「伊佐間はどうして?」 「あ、ああ。漁師の人と意気投合して、それでちょっと」 「相変わらず何かに巻き込まれる体質だなあ」  #名前2#は笑いながら言うが伊佐間や今川の顔にはお前が言うな、と物語っていた。  #名前2#は今川の友人であることを名乗り、伊佐間同様に今川の鑑定に付き合うことにした。おふたりが来てようやく心強い気持ちになった、と笑う#名前2#はやんわりとこれまでの家にいる間の居心地の悪さを真佐子に伝えていた。  是亮は今川ら別の客がいても相変わらず#名前2#のことを目の敵のように扱い、葵は女性崇拝者として#名前2#に刺々しい言葉をなげかける。二人が驚くほどの苛烈さだった。#名前2#と同じように二人にぞんざいに扱われるのが次女の茜だった。今川や伊佐間の周りにいる女をイメージすると中禅寺の妹、#名前2#の娘などである。彼女らと比べると、かつ織作の家の女性たちのことを考えると弱々しく頼りない女性に見えた。 「あの、お客様の前で大変失礼いたしました」 「い、いえ……」 「よろしければお食事でもどうぞ」 「それでは……お言葉に甘えて」  #名前2#は慣れたように部屋から出ていこうとする。伊佐間は今きた道を戻るのでは無いのか、と慌てて#名前2#の背中を追いかけた。  伊佐間が食堂までの道をゆっくり歩いていると、どこかの部屋に是亮が見えた。彼の後ろには本棚も見えている。書斎だろうか? 彼は食事には来ないのか? そんなことを思いながらじっと見ていると女物の着物とのばしている手が見えた。 「あれは……誰だろう」 「? 立ち止まってどうした、伊佐間」 「ねえ、あれ……」  伊佐間が指をさした先にはゆっくりと手が是亮の首にかかり力を込めているのが見えた。 「た、大変だ!!」 「是亮さんが殺されるぞ!」 「いやぁっっ!」  茜の叫び声を聞いて男たちは慌てて彼女を追いかけた。喪服を着ているのに彼女はとても早かった。食堂を通り抜け、書斎らしき部屋へと駆け込んだ。鍵がかかっているのか声をかけても開けられることはない。  旦那様! 旦那様! 茜の叫び声が耳にこびりついた。真佐子が合鍵を渡すが茜の手はぶるぶると震えて鍵穴にうまく鍵がささらない。 「貸して」  伊佐間が代わりに扉を開けてやると、是亮は既に首を180度ひねられて死んでいた。おぞましい。#名前2#は一言のみを言い残した。