鴟の家
神無は母の生家である宮内家から叔父である#名前2#という男のもとへ行くことになっていた。宮内家は戦後ながらに金もあったし、神無を手放したがらなかったのだが#名前2#は姪である神無が彼らの玩具になるのではないかと心配していた。神無は祖母や祖父も好きだったが、このまま住んでいたら駆け落ち同然に家を出た母も、母を連れだした父も忘れなければならないことが分かっていた。祖母は神無を見ながら「この家に残る」と言ってほしかったようだが、神無はにっこりとほほ笑んで#名前2#さんのところに行く、と言い切った。 叔父である彼のことはきちんと覚えている。楽しみだなあ、と窓の外を見ながら電車に揺られていた。「おや」と声がかけられた、と思った。振り向くと通路を挟んだ向かい側の男が大きな箱を持って神無を見ていた。 「あのぉ、私のことを呼んだのでしょうか」 神無が声をかけると男はにっこりとほほ笑んだ。そして箱を愛しそうになでながら「いえね、窓の外を見せてあげられたらいいのに、と思いまして」と笑った。 「はあ」 「すみません、無理ということはわかっているんですが」 神無はきっとめくらの話なんだわ、と思った。悪いことをしてしまっただろうか。神無はおとなしく席に座りなおして「いい場所ですよね、海は透き通っていていろんなものを反射させて。まるで別世界を切り取ったみたいで」と男に聞こえるように声をあげた。彼女なりに目の見えない誰かに向けた言葉だった。男は「ははっ」と軽く笑った。 「ありがとう、お嬢さん」 いいえ、と神無は返事をした。なぜか男と神無以外の少女の声が聞こえた気がした。 こんばんわぁ、と神無は声をかけた。はいはい、と男の声が聞こえてくる。 「ごめんね、迎えに行けなくて」 「いえいえ、大丈夫です。後の荷物は配達されると思うんですけど」 「うん、大丈夫。聞いてるよ」 男、叔父の#名前2#は前に見た通りのほほんとしたほほ笑みで出迎えた。昔はもっとよれよれの作務衣を着ていたイメージが強かったのだが、今は客商売を意識してかシャツにスラックスといった出で立ちだった。神無はお邪魔します、と元気に声をかけて中に入る。 「お邪魔しますじゃなくて、ただいまになるんだよ。よろしくね」 #名前2#が後ろからそんな声をかけてくれた。はあい!と大きく返事をすれば#名前2#は満足気に笑っていた。そうして彼の後ろにいる神無の父と母も嬉しそうに笑っていた。 神無には見えてはいけないものが見えていた。宮内家はその力を先祖返りだと有難がっていた。祖母たちが自分をこんなにも大切に養育してくれたのはその力のおかげであると神無は分かっていた。父と母は自分の子にこんな力を持たせたくなかったのだろうな、と思う。だからこそ神無なんていう名前を娘につけたのだ。光幸と芳美の娘の神無。なんてひどい親たちだろうか。神無はこの名前のせいで自分にはこんな力が着いてしまったのだ、と思っていた。 叔父はいい人だ。父のようにそういったものの理解があるわけでもなく、ただただ靴を作っていた。その愚直さが神無にはとても好感が持てた。後ろに父と母がいなければもっと好感が持てたことだろう。父と母は死んだ後、なぜか叔父である#名前2#さんのところに取り憑いた。取り憑いているのか守護しているかは分からないがとにかく神無はこの狭い家で4人暮らしする決意をしたのだった。 靴職人と言っても#名前2#さんはいつも仕事をしているわけではない。近所の人たちから請け負う簡単な修理もやっている。でも、時たま真面目な格好をしている。とっても大金持ちの一族が叔父を懇意にしていて仕事を依頼しているのだ。私は受け取りに来る人を見たことがある。金髪のかっこいい人だった。#名前2#さんに早く僕の家に来い、と言っていた。