文士とは分かり合えない
朝起きて準備をしたら8時に図書館に向かう。司書の行動が早すぎるせいで僕らもそれに合わせることになっていた。文豪たちには昨日のうちに潜書メンバーを伝えていて、もう少し遅い時間になったら集合してもらうことになる。そんなわけで司書のタイムスケジュールと文豪たちの体内時計にはズレがあり、助手に任命されている文豪が部屋に来るまでは僕らが仕事を手伝う。 どこを潜書したのか、どんな装像をつけていたのか、開花は進めたのか。事細かに書いて毎日報告する。それと一緒に司書の体調も#名前2#が見る。大体は内科の医者がやるように心音などを確認したり、喉を見たり目を見たりとそれくらいだ。#名前2#のストレッチは痛いがよく効く。パソコンのしすぎで死にそうになっている司書の体を#名前2#の手が解していく。羨ましいとアカが言うと軽いストレッチをやってもらっていた。文豪たちのストレッチもやる事はあるが全員ではない。こんなに気持ちいいのに、と僕も思ったりする。 今日の助手は萩原朔太郎だった。絶対無理だろ、とアカが呟いた。不本意ながら僕もそう思った。室生犀星は潜書メンバーに入っているので彼は着いてきてくれない。#名前2#は「後よろしくな」と部屋を出ていこうとしたがそれを司書の声が遮った。 「あー、朔太郎くんだけじゃ不安だなー」 朔太郎さんはうぐっと悲しげな顔をしていたがまさしくその通りだから何も言えなかった。#名前2#はくるりと振り向いて「アカとアオは今日はこっちに回すから」と僕らを置いて出て行ってしまった。そりゃあ、いつもは#名前2#が学術雑誌を浄化するのは馬鹿にしている。でも、この置いてけぼりは嫌だった。司書は「やっぱりダメか」と苦笑いしている。朔太郎だけ何も分かってないようだった。 朝ごはんは家で食べる。お昼ご飯は文豪の邪魔にならないように、と#名前2#は司書に宛てがわれた錬金術用の実験室で食べている。弁当は毎日自作しているがたまに惣菜だったり冷凍食品を入れている。アカとアオは司書と一緒に食堂で食べているはずだったが最近は毎日こちらで一緒に食べていた。 「#名前2#は水筒持ってくるんだな」 アカはペットボトルを見ながらそう聞いてきた。図書館外に設置された自動販売機で買ったジュースだ。それを横目に見ながらアオも#名前2#と揃いで買った水筒を取り出した。 「あー、二人ともお揃いじゃん!」 「使い勝手が良さそうだったので」 「俺になんにも言わないのかよ! 仲間はずれは良くないんだぞ!」 「ごめん、また今度新しいの買ってやるから。色はどうする? あんまりないんだけど」 「……何色が残ってんの」 「紺色、ベージュのみ、かな。全4色だから」 #名前2#は持っている黒の水筒とアオの持っている白い水筒を指さした。アカはぷくっと頬を膨らませて「じゃあ紺色」と呟く。了解と頷くとやけくそのように弁当を口に入れた。その後、アカとアオが揃いの水筒を持っているのを見かけた司書が自分も仲間はずれにされたとベージュ色の水筒を手に入れた。図書館という場所のせいで使うことはあまりないが彼女にとっては宝物である。 ある日、玄関の掃き掃除をしていたらじっと自分を見つめる誰かの気配を感じた。振り向いていいのか分からず無心になって掃除をする。埃を袋に詰めて移動することにした。もしかしたら人見知りの文豪が玄関を使いたかったのかもしれない、と思ったのだ。庭に来て池にいる魚に餌をやる。なぜか食べるのはハムなのでそれを2枚ほどちぎって池に入れた。ぱくりと口が出てハムが消える。全部消えたのを見てから芝生の長さを確認し、木々に病気がないか確認し、ようやく水やりをすることになる。武者小路や室生がいる時は彼らがやってくれるのだがイベントだったり普段が忙しいと#名前2#が代わりにやっている。水を上げ過ぎないように、と終えたら玄関の鍵をかけるコルクボードに花のビーズがつけられた画鋲を刺す。やりましたよ、という合図だ。司書が作ってくれたそれは皆に知られてないけれど密かに続けられている。そして視線はまだ続いていた。 玄関から帰ろうと振り向くと赤い布がひゅっと消えた。ついてきた視線に取材大好きと聞いている自然主義の皆様かと思ったがそうではなかったらしい。赤い布、どんな文豪がいたか#名前2#はさっぱり覚えていなかった。 いつも通り風呂掃除をしていたら誰かが中に入ってきた。今は掃除中なので一番風呂は30分後にどうぞ、と言おうと振り向いた。立っていたのは文豪だったが、手に持っていたのはスポンジだった。 「お前がいつも掃除していたのか」 「ええ、まあ……」 「やってくれるのは有難いが掃除の腕はまだまだだな」 まさか文豪にそんなことを言われるとは思わなかった。素直に謝ると俺も手伝うとしゃがんでくれた。排水溝をやるのは#名前2#も嫌いなのだが文豪の方は「そんなふうに嫌がるから汚くなるんだ。1日1回、必ず見ていればそんなに菌は増えない。あとは洗剤でもぶちまけろ」と何かの水をべしゃりとかけた。あとから知ったのだがそれは水垢を落とす溶液だったらしく、歯ブラシでガシャガシャこするとすぐに落ちた。文豪たちの無闇矢鱈と落ちる髪の毛をすくいあげ、絡まっているものをほどき、袋に詰める。異臭を嗅がないようにすぐに閉めた。文豪、幸田露伴に言われて鏡のウロコをとったり、天井を掃除したりと今まで手をつけなかったところまでやる羽目になった。適当にやってお昼を食べようと思っていた#名前2#の腹はもう死にそうだった。 「よし、ここまでやれば大丈夫だ」 「おし……」 「なんと、もうこんな時間だったか。食堂に今から行くか?」 「いや、弁当あるんで」 #名前2#はフラフラと司書室に向かった。錬金術用の小部屋は司書室を通してでないと行けないのだ。ノックする前に叫び声が聞こえた。どうやら借金を取り立てている文豪がいるらしい。これは中に入ったらやばいな、と#名前2#はドアから離れて風呂に戻った。本来ならこんな所の水なんて飲めたものではないがひどい空腹でそれぐらいしか思いつかなかった。水をすすり司書室に1度戻ろうとすると幸田がよく分からない葉っぱに包んだ握りを持ってうろちょろしているのを見つけた。また面倒事に巻き込まれるのかと隠れるようにその場を立ち去った。適当にうろちょろした後司書室へ行くとさすがに静かになっていた。ノックして中に入れてもらう。小部屋を使う許可を得てようやく一息つけるようになった。自分の休める場所がないとやはりきつい。弁当にようやくありつけて虫が鳴る腹に供給がされていく。さて、ここからもうひと踏ん張りである。お昼が終わったということは食器が回ってきているということ。そう、食器洗いである。さっさと食べ終えて行かなければならない。パートの人を雇うことも出来るが文豪たちの食事が不定期すぎるためお金の勘定がめんどくさくなり、結局俺が回している。食べ物を作るのはそのパートの方々なので時間は大事だ。半分も食べきれなかったがそろそろ行かないと間に合わない。 部屋を出ると司書が「#名前2#くん、これ露伴先生からだって」とさっき見た握り飯を見せてきた。食べる時間が無いからと遠慮すると「お詫びだって言ってたよ」と小部屋に置いていた弁当箱に詰めておくと中に入ってしまった。 今日の助手は徳田秋声が務めていた。彼の師匠の尾崎紅葉は幸田と同じ時代に活躍した双璧で、彼自身も尾崎に弟子入りする前は幸田のもとに行こうとしていたーーという話を司書から聞いていた。思うことがあったのかじとりとこちらを見つめる徳田に「何か」と冷たい声が出た。 「……いいご身分だね、君は」 「はあ」 こんな雑用係には過ぎた言葉だ。#名前2#の反応が気に食わなかったのか徳田は視線を鋭くさせた。#名前2#はあたふたとして、先程思い浮かべたことをなんとか口にする。さすがに気が引けて丁寧に言い直した。徳田はぽかんとした顔で「違うよ」と笑った。何が違うのか#名前2#にはさっぱり分からなかった。