01
本丸で死んだ後、俺は沖野さんの養子になったらしい。それというのも俺は生まれてからなんかしらひどい扱いを受けていてそれならばと養子として俺を分捕ったというのが沖野さんの説明だったのだ。 俺は沖野さんに出会うまで惰性のような生活を繰り返しておりその時の自分はまるで記憶に残っていない。人間クズを通り越してプランクトン以下の存在価値のまま過ごすと記憶は勝手に消えてしまうのかもしれない。いや、思い出だけが消えたのだろう。家にいた間、飲み込みが早いからという理由だけで詰め込まれた知識が資格を取るのに使われたのだから。そうそう、実際はきちんとした処理のもと俺という長男坊を実家は体よく沖野さんに押し付けた。といっても、その処理をしたのは実は俺なのだがそこら辺は機械のごとく行った。遠坂#名前2#って誰だろうというレベルで機械だった。 ちなみに、この世界は魔術師としてどこかの家に養子に出すのはよくあることらしかった。なんで俺が生まれたんすかね?と沖野さんに聞くと君は妾に産まされた子だからねえ。要らなかったんじゃないかい?と悲しいことを言われた。だが孕ませる過ちってのは家柄の重たい家にはよくあることだと納得してたから沖野さんに養子に受け取られてよかったなあと本気で思った。沖野さんに言われて俺は今、普通に働いている。沖野さんの推薦もあってそれなりに評価を受けてる。きちんと働けばまとまった金が入るし、最初の数年は有給などもとらずに働き続けていた。沖野さんに2割ほど入金して、5割貯金して、残り3割は沖野さんが投資に使った。 投資家としてかなり成功している沖野さんは先見の目があるのかと思ったけど、沖野さんは何かしらの力を使っているんだろうと最近気づいた。同じ頃に、俺は色によって解放された力が未だに持っていることに気づいた。いや、この感じは何となくだが沖野さんに引き取られてから解放された気がしなくもない。今、俺の脳はどうなってるのか。 沖野さんは俺を可愛がることはしなかったが本丸での生活を考えるとですよねーという感じでそっちのがありがたかった。世祖はあれからどうしたんすか?と聞くと決まって沖野さんは「君が探してあげるんだよ」と返してきた。探すたってどうやって……と思っていたら聖杯について聞かされた。願いを叶えてくれる万能器だよ、と言われてドラえもんすか?と聞いた俺は悪くない。どうやらドラえもんよりスーパー力があるものらしい。世祖よりもすか?と聞くとバタフライエフェクト理論によれば世祖の方が上だねと返された。バタフライエフェクト理論についてほんの少ししか知らない俺はへえ、そうなんすね。と返すので精一杯だった。聖杯戦争は7人のサーヴァントを呼び出して……いや召喚?して戦わせて勝ち残った人間だけが願いを叶えてくれるのだとか。 サーヴァントって執事っすよね?と聞いたらそうだねと頷かれて終わった。執事で戦うのかあと思うと途端に聖杯戦争が面白おかしく感じられるが実際はバトル・ロワイアルらしくて笑いそうになった俺を沖野さんが結構な力でベチコン!と叩いた。この人は本丸の時から俺に容赦がない。 サーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシンが1人ずつ出てくるらしい。キャスターと聞いて俺はニュースキャスターを思い浮かべたが、聖杯戦争では魔術を使う者を指すらしい。ウィザードかと思ってたと笑ったらまた叩かれて、ニュースキャスターみたいなの想像し続けたらまた叩くよと言われた。もう勘弁だ、脳細胞が何個あっても足りない。 聖杯について詳しく聞くと英霊は召喚される時に聖杯からその戦争について知識を与えられるしい。聖杯に意思があるんすか?と聞くとさあ?と手をふられた。そういえば沖野さんは物心二元論の考えが強かったことを思い出して、無機物に意思があるんすか?と聞いた自分があまりにもアホらしかった。 恥ずかしくなって話題を変えるように聖杯は世祖がいたらいらない代物ですねと笑ったら「君って奴は本当にアレだね、昔の伝統や魔術師が喉から手が出るほどに欲しがるそれを蹴っ飛ばして踏みつける人間だよね」と笑われた。笑われる内容ではないと思うが。沖野さんはそのまま聖杯なんてものはね、贋作だらけでそれこそ虎徹みたいなもんなんだよ、と遠い目をした。真贋なんてね、本当はどうでもいいのが魔術師たちだよ彼らは根源にたどり着ければいいんだから、だから世祖がもし彼らの手に渡ったときのことを考えるとこの世は消えた方がいいんだよ。とも言った。かなりの極論ではあったが沖野さんなりのこの世界への感謝なのかなあと思う。 俺の実家、遠坂家はどうやら弟が家を継いだらしくたまーに連絡がきた。兄様は元気ですか、とか。私は婚約します、とか。 大体は沖野さんが俺と弟を会わせることを嫌がった。何か招待状が来る度に俺たちは魔術の修行があるから、と断っていた。まあ実際は俺は働いていたし、沖野さんは家にいたりいなかったりしていた。そんな俺たちを見て使い魔はすごく悲しそうな顔をしていたが沖野さんは容赦なく家から追い出した。それが10数年くらい続いたと思ったけど実際はどうだったかなあ。 沖野さんのこの世界での名前は沖野毒島(おきの とくしま)と言うらしいが俺はずっと沖野さんと呼んでいた。そんな沖野さんは魔術師界隈の中で極東のマキャベリストと呼ばれてるらしい。そのマキャベリストという言葉は皮肉らしくて、沖野さんは僕は皆に嫌われているからねと自分で笑った。何やったんすか?と聞くと沖野さんは笑いながらこの世界をみんなで殺し合いさせて生き残った人間をゴキブリが食べれば未来は明るいと笑って言った。話をはぐらかされたがこの人が生臭く人間としてアウトなこと……いや戦犯と呼ばれる類だろうし、さすがの俺も弁護できない。今生きているのは魔術による犯罪をしてないからで、つまりは彼は世間一般の倫理によって犯罪者なのだ。いや、俺がそう思ってるだけで実際は違うのかもしれないけれど世祖の話をしてた時の沖野さんを思うとお察しだ。 最初は映画の見すぎかよ、とも思ったが沖野さんは本気でそう思っているらしくそんな未来(2200年代)に沖野さんはいなくなるのにそれでいいという言質もとった。先にも出したが、魔術師は根源という曰くの力をもったそこに行き着くのが最終目標だ。沖野さんから話を聞く限り、それは世祖のように脳を100%解放した先にある力と似ているがきっと違う力なのだろう、魔術師っていうのはよく分からないもんだ。俺も一応形だけの魔術師だけど。魔術回路もあるし、マナ? マカ? どっちか忘れたがそれを得る方法も知った。NARUTOのチャクラみたいすねと言って殴られたから記憶が曖昧だ。もうチャクラでいいじゃないかと思うんだが。 沖野さんの言によると、もう人間の過ちは始まっていて加速する前にここで叩いておけば消えるだけだ、と。まるで人間が地球の癌のような言い方だが、そんな評論文を読んだことがあるなあと思って沖野さんもそんな本読んだのかなと納得して好きにやってくれという思いになった。いつか死ぬんだし、本丸で死んだこともあって俺も沖野さんもこの世界に対してとっても頭がいかれてるソシオパスならぬサイコパスだ。俺はこの世界で犯罪犯してないことが、救いだ。 その界隈での俺はどうやら遠坂家から沖野さんに奪われた可哀想な子供だったらしい。(この世界では家の不祥事を隠して悲劇的に語るのはよくあることだそうだ。歴史も同じように紡がれるんだから歴史修正主義者が来るのもわかる。)沖野さんの分捕ったという表現は確かだった。 魔術師としての俺はかなりダメダメだったが召喚術はかなり才能があった。竜は出せなかったが人を軽々と殺す猛毒を持った蛇は出てくる。ペガサスは出せなかったが一日千里を走ってくれる(らしい)駿馬は出てくる。クワガタとかカブトムシは出なかったがなんか気持ち悪い蟲は出てくる。沖野は蟲を見た途端に笑い出してもっと出せ!と命令した。俺はそれに従って召喚に使っていた部屋1面(床も壁も天井も)に蟲を呼び出した。そして沖野さんはとある1匹を瓶に捕まえて今も保管している。中国の商人に漢方薬の原料として渡すのかもしれない。 ああ、そうだ。この召喚だが沖野さんによると君のそれは厳密に言うと召喚じゃないよと言っていた。線にして1mmほど隣の召喚に似て非なる転送の一種というのが俺のやっていることらしい。だが、本丸でやっていた物質転送の方が頭に出てくる。転送っていうか伝奏? なんか違うか。呼び出しとでも言えば分かりやすい。今度からそう言おう。 呼び出した蛇も馬も蟲も俺の言うことに従ってくれる。特に蟲は便利だ。家のゴキブリほいほいよりもゴキブリを食べてくれる。しかも食事はゴキブリやゴミを食べればいいらしく家の中がすごく綺麗になった。馬と蛇はさすがに家の中に置けないので召喚先に戻したが、蟲は沖野さんの言葉で、戻すなと家におけというもので今も家にいる。 そうそう、妖精も悪魔も出せなかったがこんのすけは出てくる。そう、こんのすけがなぜか呼び出された。俺がアラサーでもうすぐ30にかかる頃だった。 「#名前2#さまああああああ!!!」 「こんのすけえええ!!!」 俺たちは感動の再会をした。ぎゅうっと抱きしめたこんのすけが前よりも小さくなった気がしてなんだか切ない気持ちになって涙が出そうになった。こんのすけに聞いたところによると世祖は俺が死んだ後、なんとか数ヶ月過ごしてその後パタリと布団の中で死んだらしい。俺と一緒にこの世界に生まれてるのか心配になったが沖野さんがいると言うんだからいるんだろう。こんのすけも蟲と同じく家に残っている。 ある日のこと。俺は血が半分繋がった弟の時臣に必ず来てほしいと呼ばれてのこのこ出かけていった。俺がギリギリアラサーと呼ばれる頃だった。 いつもなら断る沖野さんにいいよと言われてついでに蟲を持っていきなさいと言われて最近お気に入りの人面蟲を頭に乗せてイタリアまで飛んだ。やっぱり沖野さんは金持ちでプライベートジェットで飛ばされた。遠坂家の別荘から離れた飛行場に降りて、そこからは歩いていった。いや、走った。車が来てたがそんな所でもし遠坂家に捕まったりしたら大変だから使わなかった。狙撃されないかとか待ち伏せとかはされてないかとか色々確認しながら走った。かなり遠回りだったので着いたのは翌日の昼になった。走っていた所々で俺を狙っていた殺し屋や魔術のトラップを全て外してきていたのだ。世祖がいたらそんな事しなくても平然と歩くが俺は特に何も出来ない凡人だから一つずつこなすしかなかった。 家に着くと時臣と神父の恰好をした人が心配したようにこちらに寄ってきた。誰かわからない人に近づかれてグサリというのは内戦の最中に支援をしていると分かるのだが老人や子どもが特にやる傾向にある。自分は力のない弱いものだというアピールをしながらグッサリと殺す機会を伺っているのだ。怖い。俺は思わず後ずさった。後ろ手に召喚をしようかと手袋を外そうとすると向こうは何かを察して離れてくれた。俺はとりあえず手袋を外そうとしていた親指を止めて時臣をよく観察することにした。 本当は神父の恰好をした人と後ろに控える、これまた神父の恰好をした人も観察するに越したことはないが如何せん俺は1人に対してのみ観察眼が働く人間なのでもう諦めた。沖野さんから言われたのだが今は世祖がいないから俺が頭を働かせて有益たる人物か見極めなければいけないのだ。俺に何を求めているのか、何をしようとしているのか、何が目前の人の大部分を占めているのか。 「久しぶり、ですね#名前2#兄様。貴方と最後に会えたのは沖野家に行く貴方に必死にしがみついた時でした」 「……そう、だったか」 ぶっちゃけ小さい時なんて覚えてない。沖野さんのスパルタ魔術修行がきつくて記憶が飛ぶなんてことはよくあったから。 「昨日到着のはずだったのになぜ……今日になったんですか?」 「あ、いや。ちょっと探し者があって」 「探し物?」 「そう」 イタリアに来たついでに世祖のことも探したがいなかった。やっぱり日本にいるんだろうか? でもそれならなんで沖野さんが今回は時臣の話に乗ろうとしたのか分からない。 「……そうか、兄様の願いがそれだとしたら私も力になれるかもしれません」 「そうですな。遠坂家の血を継ぎ、沖野家の魔術を扱うのでしたら#名前2#君を仲間に入れることは僥倖でありましょう。聖杯戦争もスムーズに行われます」 「……なあ、聖杯戦争って」 俺は参加するつもりはないんだけどと言おうとしたら時臣がそうか兄様も聖杯戦争については知らないのですね、ならお教えしますと語り始めて俺は長ったらしい説明を、一生に二度は聞かないはずであった説明を聞いて頷いた。 「沖野家から連絡があったのですよ。兄様に令呪が出たと」 令呪。それはサーヴァントを使役するために使える3つの魔力源だ……そのはずだ、俺の知識に間違いがなければ。聖杯による魔力を使うため、こればかりは聖杯戦争に参加する誰しもが受け取り、ある種のパスポートのような役割を果たしている。右手の甲に出るのが一般的で、腕のどこかに出ると聞いてるが、#名前2#には覚えなどない。 「? 何かの間違いじゃ」 「沖野さんから聞いています、兄様の"目"に令呪が出たと」 へえ?と俺は携帯を取り出そうとしたが蟲がそれを止めた。時臣は蟲を見て驚いていたけどすぐに顔を取り繕った。ゲホリと蟲の口から体液にまみれてぐちゃぐちゃの鏡が出てきた。これでみろと言いたいらしい。ハンカチで拭って鏡を確認しようとすると時臣が吐きそうな顔をしだした。気にせず俺は自分の目を確認して黒目に薄らと令呪らしきものが出ていることを確認した。 「ああ、らしいものを見つけたよ」 「それが令呪です、兄様。そして私が今日兄様をお呼びしたのは他でもない聖杯戦争についてなのです。兄様、私と聖杯戦争で協定を組んでください」 「………」 聖杯戦争に参加して時臣をつまり勝利に導かなければいけないのかと思うと途端にやる気も失せて何言ってんだろうという気持ちになった。聖杯戦争みたいにバトロワして掴んだ願いが人の幸せになるとは思えない。そこら辺は魔術師と一般人との違いなのかもしれない。いや、マキャベリストの沖野さんさえも聖杯戦争を信じて……あれはリアリストだから魔術関連のものを信じこることはないからそのせいなのかもしれないが。 「分かった、お前に協力しよう。別段俺には聖杯戦争にかけるほどの願いは持っていないからな」 それを言ってのちのち後悔した。