ゼロの執行人

 コンコン、とノック音とともにあらわれたのは丸眼鏡が印象的な女性の弁護士さんだった。橘境子という名刺を渡される。弁護士については詳しくないのでこの人に任せていいのかどうかは妃先生じゃないと分からない。妃先生が書類を見ている間に名前を検索すると電話一本で相談できますという広告が出てきた。事務所を持たない分足で稼ぐタイプらしい。若い人だし、まだあまり仕事がないのかもしれない。 「見るからにやる気がないな」 「だなあ」  まあ、二重の意味でもイロモノの事件だ。そうなるのも仕方ないのかもしれない。蘭ちゃんが妃弁護士をひっぱっていってしまったので、帰ってきた大包平をこっちに引き寄せた。 「で、何か分かったか」 「何やら小僧の端末に変なものがくっついていると世祖から言われてな。鉄壁のガードをしてきた」  ふん、と自慢げに言うのでまあそれは誉めるとして、世祖はやけにせわしない動きをする。 「世祖?」 「うん」  うん、じゃないぞ。まだ突っ込もうとしたが大包平に止められた。ほら、と見せられたスマホの画面にはメッセージが入っている。どうやら、お得意の術で毛利探偵のことを追いかけているらしい。しかも。沖野さんの命令で。俺には一切かかわらせないつもりのようだ。 「今回は俺は仲間外れか」 「むしろ、うらやましい立場かもしれないぞ」 「ん?」 「自由とは、それだけ得ってことだ」  鶯丸の言葉は抽象的だが、なんとなく言いたいことはわかった。沖野さんの立場も考えると、大手を振って毛利探偵を擁護することはできないのかもしれない。あの人は結局「時の政府の役人」であってこの世界では異質な人なのだから。 「でも、それを振り払ってもあの態度は無理」 「素直だな」  鶯丸はけらけら笑ったが大包平はうん、うん、と力強くうなずいていた。結局、傀儡弁護士……ではないけれど橘弁護士がメインに立ってバックで妃先生が働くという体制でOKになった。ひとまず橘さんに依頼されることとなったが、白鳥警部が日下部検事が担当することを教えてくれた。うわぁ、と鶯丸と大包平から声がする。 「無敗の検事だな」 「これでまた一歩勝利が遠のいたな」 「大包平……」  橘弁護士の担当した事件を見てみると、一番上にNAZAアクセス事件があった。ゲーム会社の従業員が遊びでアクセスした、とかいうウソかホントかよく分からない事件だ。俺も沖野さんも事件を聞いて世祖を疑ったが世祖は全く関係ない事件だった。検事にはその日下部という人の名前が入っている。 「これも負けたようだな」 「もちろん、です」  俺も鶯丸たちも苦笑いしてしまった。ひとまず今日はこれでお開きになるとして、家に帰る人たちを俺の車と大包平の車とで分けることにした。なあなあと居座ってしまったが俺も鶯丸たちも本来はこの事件に首を突っ込むべきではない。明日は送り迎えだけするな、というと蘭ちゃんがまた泣き出しそうになってしまった。 「あのさ、#名前2#さん。よかったらでいいんだけど。明日も僕たちといっしょにいてくれない?」 「え、いいのか」 「うん……。僕ら二人だけだと不安だしさ」 「そっか……。あんまりしんどいようだったら、このまま家に来るか? ゲストルームだけは広いんだ」 「いえ、さすがにそこまでは…!」 「っていうか、妃弁護士の家に泊まらせてもらう方がよかったかもなあ。鶯丸たちの方に乗ってもらっちゃったから…」 「大丈夫ですから…! 本当に、ありがとうございます…」  蘭ちゃんたちを送った後、自宅に戻ると世祖は珍しくそのままベッドに行った。夜も遅いから眠いのかもしれない。パソコンを開いて待っていたら鶯丸たちが来た。 「それで、どうするんだ。今回の事件は」 「沖野さんが世祖を動かしてるってことは、事件解決は任せた方がいいんじゃないかなって気がしてきた」 「それでいいのか、お前は」 「よくないよ。でも、それに納得できないわけじゃない。沖野さんと世祖が手を組んだ方が絶対にいいってのは俺がよくわかってるし。問題なのは、冤罪で起きる被害の方。今はネットも広いし、蘭ちゃんたちのメンタルも心配だし。沖野さんたちにはそういうところ考えても対処が難しそうだから、こっちで何とかしたい」 「アンチなどを特定するってことだな。それぐらいなら俺も裁判にできるぞ」 「まあ、弁護士がバックにいて法律的に問題があるって示せればいいかなとは思うけど一応。他の刀剣たちも使ってそういうことは事前にできるだけ準備しておきたい」 「裏方仕事か。まあ仕方ない」 「大包平は裏方だろうが仕事はきっちりしてくれるし安心するんだ。頼む」 「おだてんでもいい、仕事は仕事だ」 「#名前2#、ああは言うが本心はとても喜んでいるからな」 「鶯丸!!!」 「それじゃあ、法律的なところは俺もよく分からないから任せる。問題があれば言ってくれ」 「わかった」  さて。明日もまた妃法律事務所に行くのだ。寝不足のまま人を乗せて運転するのは怒られる。早く寝なければ。寝室に行くと世祖が布団にくるまってむにゃむにゃと何かつぶやいていた。 「せいそ、おやすみ」  抱きしめて手を握ってやるとかなりあったかくなっていた。体は眠くなっていた。  翌朝のこと。白鳥警部がまた情報を持ってきてくれた。追加捜査が決まったが、公安は起訴を決めてしまったらしい。公安部というところはかなり特殊だから、むしろ公安的配慮があるってことだろう。サミット会場の爆破、と考えると起訴されるのはほとんど確実だろう。それでも……日下部検事の方から追加捜査を申し込むなんて不思議だ。毛利探偵が犯人ではない、とわかっているのかそれとも怪しんでいて追加で証拠を求めているのか。それに……橘弁護士の「起訴は確実」という言葉も引っかかる。止めることはできないかもしれないが、そんなに何度も言わなくていいだろう。