灰原のストラップ

 #名前2#は三日月から連絡をもらい三条の屋敷にやってきた。世祖は座椅子にもたれ掛かりぐるぐると手を動かしている。ドラマで見たマインドパレスを再現してんのかな、と思いながら三日月の方を見ると隣には小竜景光がちょこんと正座していた。 「なんだよ、小竜。正座なんかして」 「いやあ、いつも帰る度に叱られてたから今日もそれかと」 「? お前、こっち来る時いつも急だし。料理の準備間に合わないから言うだけ。今回はちゃんとあったからいい」 「ん、んー。そっかあ」  小竜は恥ずかしそうに頭をかいて、ふとなんで#名前2#がこっちに来たのかと疑問を持った。 「三日月から連絡きたから。夜には燭台切も来るって言うしその前に哀のところに顔を出させてやろうかと思って」 「なるほど。世祖はさっきからあんな感じだけどね」 「人混み多いところに俺を連れてかないまんま行ったからなあ。情報量についてかなりコントロール出来るようになったけど電車はまだ早かったかも。帰り道、いらない記憶を削除しようとしてただろ」 「ああ……」  そう言えばタクシーに乗ってから寝ていたし、電車でおりた後は歩くのも覚束無い様子だったのでまた抱き上げたのだ。 「哀たちのこと心配なんだろ。一緒に行ってやる方がこっちのストレスも減る」  そう言って#名前2#は世祖の前に来るとふっと手を開いた。ぱちりと焦点が#名前2#に当てられる。#名前2#は手を握っては開き握っては開き右に左にと動かした。世祖はその手をまるで猫のように見つめている。 「哀のところ、行く。いいか?」 「……うん」  #名前2#が背中を見せると素直にその背中に乗った。おんぶをしてそのまま歩きだそうとする#名前2#を小竜は慌てて追いかけた。世祖は後部座席に横にさせて着ていたパーカーを布団がわりにかけてやる。 「なあ三日月に挨拶しなくて良かったのか?」 「またすぐ来るからなあ」 「ふーん?」 「お前こそ挨拶したのか?」 「一応ね」  そういうお前こそ諸伏さんに会えたのか?と言われて初めて小竜は景光という男の名前を知らないことに気がついた。 「モロフシって言うの? そいつ」 「諸伏景光。諸々の諸に伏せるでモロフシ」 「ふーん、ヒロミツなんだ」 「らしい」 「らしい?」 「いや、俺も本当にそれが名前なのか知らない。コードネームの方でしか知らないんだ。同じ苗字の人も知ってるけど、まさか『ご兄弟で誰か亡くされたりしてますか? 幽霊がいるんですけど』とか言えないし」  #名前2#のエセ霊能者らしい振る舞いに吹き出してしまった小竜だったが、確かに幽霊の言うことをそのまま信じていいのかは疑問だった。死んでいるものをそのまま信じてはいけないことは本丸でよく知っている。 「だからとりあえずは信じていいかなーって立場にいる」 「なるほどねえ」 「小竜に会わせなかったのもそういうことが原因かもな。名前は大事」  #名前2#の実感のこもった言い方にふふっと笑って小竜は景色を眺めていた。会話が途切れてすぐに阿笠博士の家に来た。電話がされていたのかすぐに通されて駐車場に車を停める。世祖も着いたと分かったら素直に起き上がった。 「こんにちはー」 「お邪魔します」 「どうぞ」  招かれてようやく中に入ることが出来た。スリッパを履いてぱたぱたと歩いていくとひげを蓄えた男が「ああ、あなたが長船さんですか」と聞いてきた。 「長船景光です。よろしく」 「わしは阿笠博士。世祖くんと一緒にいるのが灰原哀くん。そしてーー」 「今、隣の家に住まわせてもらっている沖矢昴と申します」 「長船景光です、よろしく」  挨拶もそこそこに哀がなぜ放心状態になっているのかを聞くと、どうやら落としたストラップがあの比護選手も触ったものらしく哀にとっては世界でひとつのものらしい。ネットで検索をかけると小竜は「あ、これと同じものだよ」と指さした。  コナンたちは電車で探しにいったんですか?と聞くと安室さんの車が停まっていたんですよと沖矢さんが教えてくれた。 「あー、なるほど」 「何がなるほどなんだい?」 「世祖が哀の方に来た理由の話」  そう言われて小竜は世祖の方を見た。壁にもたれかかった哀の横に座って世祖はぽちぽちとスマホをいじっていた。コナンと安室に任せておけば大丈夫だろう、と待っていたのだが彼らは意気消沈気味に帰ってきた。いや、安室はいなかった。コナン曰く、用事が入ってしまったということだったが本当のところはどうか分からない。沖矢に会いたくなかったのか、プライドが許せなかったのか。  見つけたと思ったストラップは別の人の物だったらしい。同じく電車でなくしたらしい元太の探偵団バッジも見つからないと言われ、#名前2#はさすがに可哀想になった。光彦が間違えて撮っていたというくだんの動画を見せてもらうと小竜の長い脚が端に見えた。ふと、気づいた。これは、もしかしたらもしかするかもしれない。  #名前2#はつかつかと世祖に近寄るとひょいっと持ち上げて着させていたパーカーを脱がした。その下から遊びに行く時ようにと持たせたボタンタイプのポシェットが出てくる。中を開けてみるとそこにはきちんとストラップと探偵団バッジが入っていた。 「ごめんごめん、世祖が入れてたみたいだ」  え? と、声が重なった。世祖ははっと口を塞ぐと哀に謝罪する。ストラップが見つかったことに気持ちを取り戻した哀は「拾ってくれたの? ありがとう」とほとんど泣いている状態で喋っていた。多少の違和感は拭えないものの見つかったことに喜ぶ少年探偵団たちを見てコナンも沖矢も釘を指すことは無かった。  家に戻る車で小竜はなんで世祖のカバンの中にあるって分かったんだ?と聞いた。#名前2#は苦笑いでそれを教えてくれた。 「動画見てたらさ、ほんの少しブレる時があって。本当に些細なことだけど、何が起きてるか察したって言えばいいのか……。世祖がストレス溜まりすぎるといつも人に八つ当たりするけど、今回は俺はいなかったし自分でも焦ったと思う。それで、いつもは我慢してる力がちょっと漏れてたんだろうなあ。あの動画の中でお前のシルバーアクセが揺れないままぴったりくっついてるから確信したよ」 「なるほどねえ」 「てか、安室さん大丈夫かな。仕事って言ってたけど、まさか探したりとかはーー」 「流石にしてないでしょ。プライドエベレスト男だとしても」 「んー、まあ念の為今回のことは探偵業として依頼のひとつにしてもらうか。世祖のこともあるし、口止め料的な」 「そうやってすぐ接触しようとするからみんな怒るんだよ?」 「はいはい!」  もう、うるさい!と頭をふる姿は世祖とおんなじで小竜は少し笑ってしまった。家に着くと燭台切は既に家にいて「遅いよ!!」と母親のように怒っていた。彼の手料理を褒めても褒めても怒りは収まらないのでどうしようかなあと思っていたら、小竜は今回の事件についても話してしまった。 「ええっ、またあの探偵さん? 鶴さん嫌がるよ」 「鶴丸が嫌がろうと流石に放置はまずいだろ」 「今回のことは沖矢昴って人が紹介したんだろう? 世祖もついて行ってるわけじゃないし君がやらなくてもいいじゃないか」  横からも斜め前からもそう言われて#名前2#は仕方なく折れた。代替案として彼の師匠ということになっている小五郎にお金を経由してもらおうという作戦である。燭台切は毛利小五郎のもとに行かせるのも渋い顔をしていたが、小竜は会ったことの無いその人に興味を示した。2対1で燭台切は負けた。  ぽん、と差し出された封筒に一体何のつもりかと不審がる表情を浮かべていたらしい。小五郎は「妹がお騒がせしましたっつってたぞ。お前、あいつらになにかしたのか?」と言った。その言葉でこの前のコナンたちとの話のことかと思い当たった。あの後ポアロに来た少年探偵団たちにあらましは聞いていたので特に心配してなかったが、まさかこんな形でお金がふってくるとは思わなかった。いただけません、と素直に言葉が出た。一回りも年下の青年に、しかも間接的にしか関わらなかったことでお金を貰うのは不相応な気がしたのだ。しかし小五郎の方もそう言われると思っていたのか「いいからもらっとけって。探偵業として依頼引き受けたら金受け取るまでが礼儀だぞ」と無理やり手に封筒を持たせた。「金が嫌ってんならあいつらに何か返してやるんだな」と一言添えて。小五郎らしい言葉だったが、安室にはそのやり方が分からない。#名前1##名前2#たちは特別なのだ。金銭が絡んだ関係など彼は求めていない。  封筒は大事に家にしまうことにした。