純黒の悪夢
#名前2#はぐいっと腕を伸ばしながら新聞を取りに行く。朝から大きなあくびを外で洩らしながら郵便受けを開けると新聞と共に封筒が入っていた。昨日は朝からずっと郵便受けを開けていないのでおそらく昨日の分だろう。急用じゃないことを祈りながら茶色の封筒を脇にはさんだ。 ゴニョゴニョと唸りながら世祖は玄関で#名前2#のことを待っていた。まだ眠そうな世祖を見ていたら#名前2#もまた眠くなってくる。大きなあくびをまたすると世祖は「ねむい?」と聞いてきた。うんと頷いた。 「ふぁ、はぁあーっ。猿夢の小説読んでたら寝るの怖すぎて寝不足になった」 「さるゆめ?」 「そう。小人に殺される系ホラー悪夢」 「あくむ」 世祖はその言葉に反応して頭が覚醒したらしい。ん、と手を出してきた。 「なんだよ」 「てがみ」 「ああ、手紙か」 ほいよ、と差し出された封筒をピリピリ破くと2枚のチケットに1枚の手紙が入っていた。また沖野さんだろうかと勘ぐったらどうやら違うらしい。 世祖の表情は喜ばず驚きも嫌がるそぶりもない。淡々とチケットを確認し、手紙を読み進める。そして何を思ったのか踏み台に乗って固定電話でどこかに電話をかけ始めた。 「あ、おい……」 「しっ」 「うぃっす……」 電話から声は聞こえない。どうすっかなあ、と待ちながら新聞を読んでいたら世祖が今度は電話を差し出してきた。電話口には沖矢さんの声が……え? 「沖矢さん!?」 「ああ、#名前2#くん」 「いやいや、ああじゃないでしょ。ああじゃ!! 何平気で出てるんすか! 電話番号くらい出ないんすか!」 「出ろと誰かに促された気がしたので」 じろりと世祖を睨むと、世祖は「えー、なんのことー?」と言いたそうな惚けた振りをする。昨日の夜も長谷部に何か言って出かせていたらしいし、そろそろ穏便に動くことを覚えてはもらえないものか。 #名前2#は自分を棚上げしてそんなことを思いながら世祖を片腕で抱き上げる。固定電話の先にいる男はタバコでも吸ったのかじんわりと何かを噛み締めるような声を出した。世祖はといえば#名前2#の首筋に「私はまだ眠いんだからな!」と言うように自分の頭を擦り付けてくる。感じるこそばゆさを無視して電話に集中した。 「沖矢さん? あの、この新聞に出てるやつ。これ、あんたらの仕業なんすか?」 「………」 「後で安室さんにも確認しますけど。派手にやりすぎて一般人で死亡者出さないようにやるのも大変なんすから。ちゃんと考えてくださいよ」 「それは済まなかったな」 突然の赤井秀一の声にも#名前2#はもはや動じない。長谷部たちに怒られるの俺なんすからね!!と叫んで電話を切る。バサリ、と置いていかれた新聞紙には謎の爆発事件が1面を飾っていた。 キュラソーとの手紙のやりとりは組織にいた頃から何となくの惰性で続けていた。彼女との会話が心地よいものだったのは確かだ。だがそれだけでなくキュラソーの脳の仕組みが世祖に似ているので#名前2#が世話をやきたくなったというのもある。初めて会った時のキュラソーは自分がどうして周りと違うのかに悩んでいる女性だったのだ。 マイノリティーというのは人間社会の中では排他されやすい。世祖はその尤もたる例だったので、ボスに相談することにした。そして後日、キュラソーがラムの右腕となるように改造されたと知らされた。その頃から文通が始まった。 メッセンジャーとして青江が手紙を運んでくれる。期間はかなり空くこともあったがそれなりに続いていた。たまにメールや電話もしたが、組織の回線では誰に聞かれるか分からないので途中からは殆どしなくなり手紙のみがキュラソーとの繋がりだった。 そしてその手紙が久々に返ってきた。世祖の分析によると東都水族館のチケットを入れたのは青江らしい。封筒に切れ目があった、と言うが#名前2#は全く気づかなかった。なぜチケットがあるのか。入れるように指示したであろう沖野さんが何も言わなければ#名前2#たちには分からない。 だが、とりあえずあの爆発事件が関連しているだろうことは確かなので#名前2#は気が重かった。世祖が赤井秀一と安室透を毛嫌いしたまま今に至っているからだ。どうにかならないものか。 世祖が朝食のごはんを口に含むのを見ながら手紙を読むと、そこにはノックについて調べるという任務について書かれていた。任務をここでバラしているということは、キュラソーにとってこれはリスクの高いものだということだ。つまり、誰かに捕まえられたらそれは私の責任だという意思表示でもある。毎度毎度遺書のような手紙を受け取りながら#名前2#はキュラソーのことがいつしか気に入った存在になっていた。人間、優越感というものには弱い。#名前2#とて男である。女性にこのような手段であれ、頼られているという現実には嬉しいものがあった。(世祖に関しては別だが。) 手紙の最後には、「スプリッツァーはノックじゃないわよね?」と記されている。クエスチョンマークは震えていた。読み終えたら燃やすのがこの文通を続ける鉄則だ。マッチを持ってきて玄関のコンクリートの上で燃やす。黒ずみの灰になった紙を踏み潰してと立ち上がった。 ーーそのリニューアルした水族館に行ってみようではないか!! 立ち上がった矢先に電話がきたのはまるで今日の悪運を強さを示しているようだった、と#名前2#は後に語る。 阿笠博士のもとに迷惑料としてほんの気持ちのお金と世祖を置いていき、#名前2#は電話主の安室透に会うために喫茶店コロンボに来ていた。 「ポアロじゃなくていいんすか?」と聞く#名前2#に「さすがにバイト先はちょっと……」と言われて確かになあと納得する。 まさか朝から呼び出しを食らうとは思わなかったが、沖野さんたちも刀剣男士たちも動きそうな予感はない。今回は特に警戒せずに赴くことにした。 「#名前2#くん、こちらです」 「はざいまーす」 まだ10時前なので朝の挨拶にした。にっこり笑う安室透は昨日の爆発事件に関わったような雰囲気ではない。さすが潜入捜査官。自分を隠すことに長けている。 #名前2#はとりあえずで紅茶付きのパンケーキセットを頼んだ。朝食が早くも消化されきってしまい今は何か炭水化物を腹の中におさめたかった。 「……パンケーキセットなんて意外ですね」 「そうすか? 世祖にとって作りやすいやつなんで結構食べるの慣れてますよ」 生クリームは実は苦手なのだが世祖がよく作るため慣れているという言葉が正しい。美味しいからという理由ではないことに安室は苦笑いしながらコーヒーをすすった。 「呼び出してしまってすみません。実はちょっと問題が起きまして……」 呼び出したからにはそうなんでしょうね、という言葉をパンケーキと共に飲み込んで#名前2#は笑う。彼にはあまり力を加えてもよろしくないと知っているからだ。安室透はその仕事の割に#名前2#よりも体の奥に隠れた本音により近いところにあるメンタルが弱い人間だった。 東都水族館にやってきた。世祖は歩美たちに観覧車も乗ろうね!と言われたがあんまり乗り気はしない。遊園地はあんまり好きではない。人混みが嫌いなのもそうだが「必ずやるよね?」という強制的な雰囲気があまり好きではなかった。反骨精神バリバリである。 ーー乗って空見て街見て何すんの? ここに生まれてからあまり街の景色が綺麗だとか、空が綺麗だとか心が動かされなかった。#名前2#がいれば彼は世祖よりもはしゃいだりするのだが、生憎とはしゃぐのは少年探偵団たちだ。 上空にいるということ自体が楽しい彼らと上空にいることにも慣れてしまった世祖は根本的に感動のする場所が違っている。しかし楽しそうなのには一緒にテンションを上げるのが楽しいことだと#名前2#が言っていた。 とりあえず、チケット売り場に走る元太に引っ張られながら世祖も走り出す。と、その時横目に組織の人間を見つける。#名前2#と仲が良かった人だ。どうしたのだろうか。もしかしたら任務だろうか。世祖は兎に角関わらないように彼女のことについてはスルーを決め込んだ。 組織の人間がいてコナンが関わらなかったことはない。(と世祖は思っている)世祖は#名前2#から預かった迷惑料と書かれた封筒からお金を出してチケットを買う。沖野からもらった分のチケットは子ども1人、大人1人のものしかないので子ども用チケットを5人分買って阿笠博士のもとに戻ると組織の人間……キュラソーのもとにコナンたちがいた。あ、これは巻き込まれる前に知らないフリをするのが一番だな、と。世祖は知らない人のフリをしていることにした。