ミステリートレイン
「今回が初めてなんですか?」 「ええ、まあ」 「食堂車にはもう行きました? ボンゴレパスタが美味しいそうですよ」 「へぇー。パスタいいっすねえ」 「事件解決したあとにはご一緒しませんか?」 「そうですねー世祖見つけたらですかねー」 安室に色々言い繕っていたがそろそろ論破されそう、というタイミングを見計らったように#名前2#のスマホに世祖からのショートメールが入った。 コナンからの指示だ。とにかく早く来い。珍しく命令文になっている。「それじゃあ!」と振り向かず走っていった#名前2#は後ろにいた安室がどんな顔をしていたのか知るよしもない。とにかく走り続けた。 コナンたちのいる元に行くと男の人が電車のソファに死体があった。小太りの男で確かミステリートレインの常連だったような気がする。コナンたちに話を聞くと、ミステリートレインの中で起きるミステリーツアーに参加したと思ったらそれは犯人の罠で……。空けてしまった部屋に戻ったら死体があった、と。 「銃での自殺か。またケビン小杉の時みたいな狙撃犯じゃなくて?」 「#名前2#さん、それはないでしょ…。この部屋にはここ以外に銃弾が飛んだ痕はないでしょう? つまり、この至近距離から撃たれたってことだよ」 「ほおうー」 「#名前2#さんって頭いいけど時たまバカになるよな」 「失礼だな、君たち」と言いながらも #名前2#もさすがに今の発言はバカっぽすぎたなあと思っていた。振り向くと世祖はずーっと扉しか見ていない。扉を睨みつけたまま顔をしかめてフシューッと蛇のような声を出す。 「#名前2#ー」 「どした、世祖」 「ゆがんー」 「……はあ?」 「ぅゆがんー!」 「……がむ?」 「ガムぅ?」 「世祖ちゃん、ガムが使われたのか?」 聞かれた世祖はぶんぶんと首をふった。髪の毛がばさばさと動いてひどい姿になる。世祖はそのまま#名前2#のもとに駆け寄った。べちべちと足を叩く合図は世祖がおんぶされたいという時だ。 よっこらせらとおんぶされた世祖は部屋に入ってきた小五郎を指さすと「多い! の!」と叫んだ。#名前2#がすぐにその指を下ろさせた。人を指ささないの、と言いたげな仕草だった。 「お、俺…?」 入ってすぐに「多いの!」と叫ばれた小五郎は汗をかきながら首をかしげている。そうじゃないだろ、とはその場にいるたくさんの人から言われそうな言葉だった。頭のいい人間ほど考え込むというもので、頭の悪い、つまり#名前2#のような男は特に推理などせずに「扉が多いのか?」などと見当違いなことをしゃべっていた。 「扉が多いぃ? んな訳ねーだろぅが! ここは列車だぞ? 隠し扉もねーんだから」 「んー、でも世祖が言ってるんだし何かあるんすよ扉に。それじゃあ俺、行きますね」 ミスリードではないにしろ、きちんとヒントを掠めていく辺りが世祖と一緒にいることの優秀さを出している。#名前2#はそれに気付かず世祖を背中にえっちらおっちらと歩き出す。世祖は本丸にいた時よりも重くなっていた。安室さんから逃げる時大変かもな、と#名前2#は脳内でデッドオアアライブの鬼ごっこを想像する。世祖の力を使わないと仮定したら結構危なそうだった。 「それで、結局あれはなんだったんだ?」 「ちぇー、ん! うがー!」 「ああ、チェーンロックの話か。なら密室殺人のタネはチェーンってことか」 「うん」 「んで、犯人は分からないけどとりあえずここには殺人犯がいるってことだな」 「うん」 「……え、これ世祖あんまり動かない方がいいパターンじゃね?」 殺人犯が一緒にいるとなると世祖はたいていトラブルにつっこんでいく人間である。そのため#名前2#はそれを止めなければいけないのだが、まだ黒ずくめが誰が来ているのか把握していない。バーボンのみか、他にもいるのか。いるとしたら何人いるのか。 とりあえずは部屋の中でおとなしくしていようという結論にいたり2人は進む列車の風景をじーっと見つめていた。暇だなあ、と思うとしりとりを始めて#名前2#が負ける。歌を歌ったり、手遊びをしたりして時間を潰していたら#名前2#のスマホが音を響かせた。ポッケの中でくぐもった音に世祖はううと目をしかめてさっさと見ろと促した。 メールは作戦を始めるから部屋に来いという連絡だった。#名前2#は大きくのびをしてから世祖を連れて部屋を出ていく。その姿を火傷のついた赤井に似た男がじっと見つめていた。 ベルモットからメールが届いた。このままでは自分は殺される。少年探偵団たちがいる中で、だ。大切な人が沢山出来てしまった。彼らを悲しませることも巻き込むこともしたくない。未来を奪うような、そんなこと。 哀は胸がぎゅっと縛られたように痛みが走るのも気にせず走っていた。逃げなければ。今はまだ。ここで捕まるわけにはいかない。 と、そんな彼女の前に現れたのは緊張感のない#名前1##名前2#だった。 「よっ、哀」 「#名前2#さん、どうしてここに…!?」 「ん。なんかな、この人がな」 #名前2#は笑顔のまま横にある影から人を引っ張り出す。その人は阿笠博士の隣家ー工藤邸ーに住む沖矢昴だった。出てくるつもりはなかったのか表情が少しあたふたとしている。 「…君を、保護しに来たんですよ」 ぶるり、と体が震えた。黒の組織と出会った時に起こるあの感覚である。少年探偵団たち、蘭たちのためにもここで逃げる訳にはいかない。沖矢を睨みつけて哀は自分をなんとか強く見せようと意気込んだ。哀れな小学一年生の姿は#名前2#に嫌なものを思い出させる。 「あなたたち……」 「今は眠ってください」 針が首に刺さった。コナンと同じタイプの麻酔銃をどちらかが隠し持っていたらしい。倒れる前に世祖の細い腕が哀の体を包み込んだ。#名前2#の後ろに世祖は隠れていたのだ。 「よし、世祖。お前はB室に哀と一緒にいてやんな。沖矢さんのこと苦手にしてるみたいだし、お前はケガしたらしゃれにならん。起きたらちゃんと声かけろよ。コナン呼び出すから」 「わかたー」 「人が気にしてることをよくもまあそんな大きな声で言えますね」 「? 事実ですから?」 #名前2#は至極分からない、といった顔を見せる。これで悪気はないのだから沖矢はなんとも言えない気持ちになる。 世祖を見送り沖矢と#名前2#は場所を移動することにした。哀を捕まえたのでこれでもう準備は万全だ。そう思っていたら沖矢は突然に「すみません、少し気になる人がいるので出かけてもいいですか?」と言い出した。 「はあ。どうぞご自由に」 「すみません」 気になる人。相変わらず言い方が変な人だが#名前2#は特に何も言わずに沖矢昴を送り出した。少し小走りに行ってしまった彼を見ながら#名前2#は「新しい恋人か?」と思うのだった。 コンコンと部屋の扉をノックすれば「はーい」と可愛らしい声が返ってきた。失礼しますと声をかけて入るとキラキラしたオーラを隠したスターがいた。憧れの藤峰有希子だなあと思う反面、子どもを思う母親だなあとも思う。自分の子どものために敵の足止め役をするのだから。 「それで俺はこのあとどうすればいいんすか?」 今回の作戦のキーパーソンを買って出た有希子に尋ねるとフェイクの血糊とジャケットを手に持った元銀幕のスター女優はにっこりと笑って「スプリッツァーのお出番よ」と言った。 ぱちりと#名前2#にスマホが渡される。もう自分がスプリッツァーの口になっていることは知らされているのか。それを知ってなお協力してくれる工藤家の両親は大変肝が据わっている。 「これで、バーボンに連絡を?」 「そうよ。変声機ならもう内蔵されてるから大丈夫。いつものスプリッツァーよ」 これもコナンの策であろうか。面倒な、と#名前2#は顔に出していたがその少年の親と少年に命を助けられた男が目の前に変装してでもいるのでさすがに声には出さない。#名前2#は変装のやり方を1通り頭に叩き込むとコナンにメールを送る。こちらの準備はオーケーだ。そちらの事件が解決次第始めよう。そんな文面で送った。すぐにメールの返事が届いた。もう世祖たちと合流しているらしい。 「準備はいいかしら?」 「もちろんです」 有希子はベルモットを止めるため5号車に。#名前2#はバーボンを呼ぶため8号車に。上手くやんなさいよ、とでも言いたげに有希子が#名前2#の背中を叩く。行動開始の合図だった。 危ないことはキッドに任せておけ、とコナンから連絡が来ていたが流石にそれは遠慮した。年下に危ない目に遭わせてのうのうと過ごすつもりはない。#名前2#は準備のために早足に歩き出した。目指したのは最後尾の貨物列車だ。何かの煙が廊下を充満し始めた。急がなければ。 扉に仕掛けられてないか確認。中を簡単に確認。怪しそうな布をめくるとよく見たことのある爆弾が何個も設置されている。嫌な予想が頭をよぎる。ため息をつきながら#名前2#はスマホを取り出した。メール画面を立ちあげると素早く文字を打ち込んでいく。 ーーシェリーは私が預からせていただきました。獲物をいただく代わりにスプリッツァーの秘密を教えます。ーー 送信できたのを確認して壁によりかかった。バーボンたちはこの策に乗ってくるだろうか。これで乗ってこないと今度こそ沖野さんに手配してもらった刀剣男士たちが動くことになる。それだけは出来れば避けたかった。コナンの周りにいる人間がひどいコネクションで繋がっているというのにここにまた化学物質を詰め込むのはさすがにどうかと思う。そうならない事を願って#名前2#は貨物列車の連結部分に背中をよりかけた。 「君が……あのメールの差出人だったとは、ね」 煙の中に出てきたのは褐色の肌だった。薄い金髪に細められた青い瞳。#名前2#もニヤリと笑った。 「ちゃんと会うのは初めましてですか、バーボン」 バーボンと言い渡された安室は顔を歪めて「スプリッツァーは、君なんですか」と苦しげに聞いてきた。涙をこらえるような、感情を必死で押し込めるような表情だ。それが演技なのか、本心なのか。 #名前2#は冷静にバーボンという男を見て「それは質問ですか?」と聞く。バーボンが頷いて#名前2#はにっこりと笑った。 「大正解、スコッチと同じところまで来ましたね」 「……馬鹿にしてるのか。なんで、あいつの名前を知っている」 「わあ、怖い。同じ組織の仲間としていたでしょう」 「確かにスコッチはスプリッツァーのことを調べていたがッ!」 「それと一緒に彼はシグマという男を調べてませんでしたか?」 「……まさか」 「では二度目の挨拶です。初めましてバーボン。俺の名前は#名前1##名前2#。父親は沖野という政府の職員です。海外ではシグマという名前を使っていますが」 「……息子を、コマにしたのか」 「元からそのつもりで親子の縁を結びました。コマというよりは共犯ですよ」 そこまで聞いて安室さんは突然笑いだした。俺はそれについていけない。おかしい、ここはもっと驚くべきところなのに。 「そうか、スコッチは全部、分かってたのか」 「彼は知りすぎてしまった。スプリッツァーを調べ過ぎればボスに疑われる。彼のことは、」 「いいです、謝らなくても。彼を殺したのはライです。貴方が気に病む必要はありません」 「……シェリーのことは、いいんですか」 「君が出てきたということは沖野も動くのでしょう。彼のことは僕らの方にも聞こえてきます。手柄はゆずりましょう」 「どうもです。……ところで、ベルモットはどうしたんすか?」 「彼女なら君のことを警戒してこちらには来ないようですよ」 「それならいいんスけど…。私怨でもベルモットは仲が悪かったので……。それじゃあバーボンにある人から伝言を。『敵を、見誤るな』」 そう言うと#名前2#はフラリと安室の懐に飛び込み胸ポケットに仕込まれていた小型の爆弾を抜き取った。スイッチを入れたそれを連結部分に置くと#名前2#は貨物列車の扉をガッチリと閉めた。 「#名前2#くん!!?」 「爆弾が積まれてます! 安室さんも早く逃げてください!」 ピピピ、と無機質な音がして爆弾の光が点滅し始めた。安室は急いで廊下の壁影に体を寄せて頭を覆った。爆弾による爆風が下手に来られたらたまらない。ドガン、と重音が響いて貨物列車が橋の上に置き去りにされる。 「#名前2#くん!」と思わず叫んでしまったのはどの仮面を被っていったのか。それとも被らないままに叫んだのか。安室自身でも分かっていなかった。 爆破時間はあと5秒もない。キュインと音がすると公安ではなく沖野が差し向けた元FBIの部下たちが乗ったヘリコプターが上に迫っていた。 「はやく、これを掴め!」 「長谷、あんがと!!」 ワイヤーのはしごを片手にぐるぐると巻き付けて勢いよく回収されていく。恐ろしいほどの風圧に#名前2#の口の中は一瞬にしてからからになり、下からの爆風で最早自分がちゃんとワイヤーを掴めているのかも分からなくなった。ぶるぶると頭を振るとピッと機械音がした。ほら、と声がかけられて手を伸ばされている。 「長谷、まじでありがとー!」 「まったくだ。世祖からの命令がなかったら絶対に来なかった」 「とか言ってこれよりも無茶苦茶な作戦を命令が来る前から考えていた辺り本当にこの男は……」 爆弾がついてる車両にわざわざ飛んできたことよりも無茶な作戦とは、と#名前2#は心の中で笑う。ヘリの操縦には宗三がやってくれているらしい。運転席に彼の薄い桜のような髪の毛を見つけた。 「宗三もほんとありがとう!」 「お礼なんていりません。代わりに休暇をください」 「それは無理」 「それで、これからまた列車に戻るのか?」 「いや。列車の中に戻るのは面倒だから駅に着こうと思う。ミステリートレインが着く前にそこにいないとな」 「わかった」 小さな町駅の端っこに音もなくするすると泥棒にでもなったかのように降り立った。と、じーっと見つめる視線を感じる。 「お兄ちゃん、……」 「なんだ?」 「もしかして、魔法使いさん?」 空から急に来たでしょう?なんて。この小さな子どもはなんて面白いことを言うんだろうか。#名前2#はこそばゆくなった気持ちを押さえ込んで「お母さんやお父さんには内緒だぞ?」と笑う。 「うん! わかった!!」 「よーし、いい子だな」 世祖のために、とポッケに入れていたグミの袋を取り出して口の中に放り込む。 「これ、りんごさん味ー? ぼく、ぶどうの方がすきー」 「えっ、ああそう……」 もうひとつ、ぶどうを手のひらに出すとにっこり笑ってそのまま両親のもとに行ってしまった。 「じゃあねー、グミのお兄ちゃん!」 「おーう」 待つこと数分。ミステリートレインが到着した。どっと出てくる人混みをかき分けて、しかも少年探偵団たちに見つからないようにして動くのだからそれはもう大変であったが、何とか沖矢に背負われた世祖を見つける。視認したところ、安室やベルモット、哀もちゃんと下りてきているので作戦は成功といって言いだろう。 「沖矢さん!」 「ああ、#名前2#くん。世祖ちゃん、ずっと待ってましたよ」 「#名前2#……。疲れた…」 「ごめんごめん。沖矢さんもあざいました。今度、何かお詫びしますね」 「ほおう、それは楽しみだな」 「いや、そこは沖矢さんの口調にしときましょうよ……」 くつくつと笑う沖矢に世祖は#名前2#に隠れてべっと舌を出すのだった。